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森崎夢叶の18きっぷ  作者: おじぃ
3月、江ノ島お出かけ

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隠れ家バーで、ほんのりと

 ICカードをタッチ。欧米の地方空港のような白を基調としたテラス風のコンコースを抜け、茅ケ崎駅北口ペデストリアンデッキに出た。飲み会帰り、遊び帰りの市民が多く、野生動物のような奇声が聴こえてくる。ロータリーを見下ろすとタクシープールは空、乗り場には長蛇の列ができている。停車中の神奈中かなちゅうバスは満員状態だ。


 昔、田舎町茅ヶ崎のバスはあまり混雑しない印象だったが、現在は空いている便などほとんど無い。


 どの店で呑もうか森崎さんと話し合い、パチンコ屋の裏にある老舗の隠れ家バーに決めた。一定年齢以上の茅ヶ崎市民ならほぼ知っている店だ。


 薄暗い蛍光灯が慎ましく照らす狭い階段を上がった雑居ビルにひっそり構える、本物の昭和レトロ。店内の床面積は一般的なコンビニの半分ほど。そこかしこに配置された山吹色の鈴蘭灯が申し訳程度に視界を確保し、壁掛けテレビは動画サイトからサザンのチャンネルを流している。いま流れているのは『愛はスローにちょっとずつ』のミュージックビデオ。


 僕らの親世代、つまり60代以上の者も世話になっているポニーテールのおじじとそのお姉さんが切り盛りするこのバー。ウォッカなどの酒瓶やアナログレコードが陳列された狭いカウンターで、おじじと客の男が世間話に華を咲かせている。


 数メートル離れたいちばん奥には中年男女4人組の客が、これまた大きな声を出している。会話の内容は大したことない。古びた木製と椅子と赤いチェックのテーブルクロスがチャーミングだ。


 僕らは双方から最も距離を取れるカウンター対向の2人がけテーブル席を選んだ。古びた木製と椅子と赤いチェックのテーブルクロスがチャーミングだ。


 森崎さんは椅子を静かに引き、後脚と笠木の継ぎ目にバッグを掛けてしなやかに腰を下ろした。僕も続き、メニュー表を森崎さんに向けた。


「ふふふ、90度にしとこうよ」


 森崎さんは可笑しそうに「お気遣いありがとう」と、メニュー表の上辺を壁側に向けた。僕は反対向きでも読めるから問題ないが……。


「何か飲む? お冷かソフトドリンクにしとく?」


 森崎さんがメニューを視線で追いながら言った。


「うーん、お冷とソルティドッグ、あとオイルサーデン」


 ソルティドッグとは、グラスの縁まるごと一周に塩を付け、グレープフルーツとウォッカを混ぜたカクテルだ。飲むときは塩の付いているところに口を付け、一口ごとに回しながら飲む。


「オイルサーデン、いいねぇ、なかなか通ですな」


 嫌味のないほんわかした声が、いちいち可愛い。


「一度食べてみたらハマっちゃってさ」


 オイルサーデンは、頭部と臓物を除去し加熱したイワシをオリーブオイルなどに漬け、スライスガーリックや鷹の爪で味付けした料理。


 森崎さんは「ふふっ」と笑んで


「じゃあわたしはソルティドッグと、ナポリタンは食べられる?」


 と僕に問うた。


 僕が「うん」と首肯すると、森崎さんが近くを通りかかったお姉さんを呼び止め、注文した。僕より機敏性と積極性があって、自分が少し情けない。


 お姉さんが去ると、森崎さんは頬杖を突いて僕を真っ直ぐ見つめ、蕾が開くように、じわりじわりと微笑んだ。


 僕は反射的にメニュー表へ視線を下げた。


 さっきから僕は、女性陣に弄ばれている。


 彼女らは一体、何を考えているのか。

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