34 公爵様と行き遅れ(完)
テオドールは、プロポーズをしたその足で本館に居る両親に報告をした。大喜びする二人を尻目に、今度はそのままローズ家に行って報告をした。これもまた、大歓迎と言った様子だった。
アルテリアはちょうど不在だったけれど、テオドールの望みで帰ってくるのを待って報告した。呆れたように笑いながらも、「おめでとう」と言うアルテリアは、嬉しそうだった。
「フィオナ」
婚約して以来、テオドールはフィオナのことをそう呼んでいた。常々「フィオナ嬢」というのは他人行儀だと思っていたらしい。それに合わせて、フィオナも彼を「テオ様」と呼ぶようになった。
婚約期間は三か月、普通のものと比べればだいぶ短いけれど、フィオナの年齢や二人の関係から見てもそれが妥当だろうという結論だった。テオドール自体はすぐにでも結婚したいらしかったけれど、そこは公爵夫人に「女性にはいろいろ準備があるの!」と叱責されて引き下がらざるを得なかった。
フィオナにとって、その三か月は本当にあっという間だった。ドレスの採寸や、引っ越す公爵家の部屋の準備に公爵家嫡男の婚約者としての社交。どれもめまぐるしく過ぎていった。
「最近忙しそうだが、大丈夫か」
「はい、これでも楽しんでいるんですよ」
久々の二人でのランチは、結婚式を一週間前に控えた日だった。準備で顔を合わせることはあっても、こうしてゆっくりする時間はほとんどなかった。テオドールは、こんなに慌ただしいならば婚約期間をもっと長くとればよかった、なんて手のひらを返したくなったくらいだった。
「母から、貴女はよくやってくれてると聞いている」
「お義母さまがですか? 嬉しいです」
元より、フィオナはマナーや教養は完璧だった。いまさら何を勉強する必要もなかったけれど、それならばと、少し早めに公爵夫人の仕事も手伝うようになっていた。時には一緒にティールームに行くなど、さながら本当の母娘のようであり、フィオナの母が嫉妬をするくらいでもあった。
「……実は、貴女に言わなければならないことがあって」
「はい、何でしょう」
「それが……、父が、俺に爵位を譲りたいと言い出して」
「……ええと、どういうことでしょう」
気まずげにテオドールが言い出した言葉に、フィオナは首を傾げた。その言葉を理解するには時間がかかった。爵位を、譲りたい。テオドールはまだ二十歳そこそこの青年であり、公爵はまだまだ健勝の様子だった。もしかして、何かあったのだろうか、とフィオナが表情を青くする。
しかし、それを見たテオドールは、いや、と首を振る。
「何かあったわけではないんだ。母と領地に行って、のんびりしたいと言い出して」
「のんびり……、ですか……」
「父は祖父が亡くなって十九歳で爵位を継いだんだ。随分と苦労したと言うことで、俺も小さいころから父の仕事を手伝っていた。今では父の代理を名乗れることもある」
「それで、爵位を譲りたいと?」
「ああ、……おそらく、最初からそのつもりだったのかもしれない。」
フィオナは呆然としてその話を聞いていた。いつかはなると思っていた公爵夫人に、もうすぐなるかもしれないと言うことが信じられないでいた。もしかすると、公爵夫人の仕事を教えてくれていたのにも、そういう思惑があったのかもしれない。
「それは、決定事項なのでしょうか」
「ああ。……父上はもう陛下にも報告をしているらしい。本来認められることではないんだが……」
テオドールがはあ、と大きくため息をついた。本来、爵位というのは生前に継承することはできない。しかし、それはあくまで法律上そうなっているだけで、この国の実情では柔軟に取りまわされることが多いのも事実だった。
「……ということで、貴女は、俺との結婚とともに公爵夫人になる」
「それはまあ、何といえばいいか……」
まるで現実感がなく、頬に手を添えて言葉を濁すことしかできなかった。しかし、テオドールはこんな冗談を言う人ではない。この決定事項が覆ることはないのだろう。であれば、フィオナのすることは一つだった。
「承知しました。精一杯、務めさせていただきますね」
フィオナのその言葉に、テオドールは思わず、はああ、と再び大きなため息を吐いた。きっと、この話をするのに緊張していたのだろう。フィオナとしては、可能であればもっと早く行ってほしかった、という気持ちもあるけれど、言いにくいだろうことも理解している。
返事を聞いた途端、テオドールは安心したように食事を口にした。そのあまりにわかりやすい様子に、フィオナも思わず笑ってしまう。
そのランチから一週間後、二人の結婚式は、盛大に行われた。
公爵家の嫡男の結婚式ということもあり、王族からの出席もあり、多くの祝福が届いた。花嫁が「深窓の淑女」として知られるフィオナ・ローズであるということは、社交界に衝撃を与えたけれど、二人が誓いの言葉を述べる様子を見て、その関係を疑う者はいなかった。
「おめでとう、姉さん、テオ、ああ違った、ラングレー公爵殿」
「それはやめろと言っただろう」
「ふふ、アル、ありがとう」
結婚とともにテオドールが爵位を継ぐと知ったアルテリアはそれから一週間たっぷりテオドールのことを弄り続けた。いつかは自分も伯爵になるだろうけれど、それはまだ先の未来の話だ。自分よりもずいぶん早くその責任ある立場になった親友への、励ましのようなものでもあった。
「二人とも、幸せになってね。……なんて、僕が言わなくても、幸せそうだね」
純白のドレスに身を纏ったフィオナと、それに合わせたタキシードのテオドールを見比べながらアルテリアが言う。どうやら、まだ彼の「運命」には出会えていないらしい。
両親のところに行くというアルテリアを見送って、二人は再び見つめ合う。この後は披露パーティが行われる。フィオナはドレスを着替える必要があって、もう準備をしなければならない。しかし、テオドールはどうしても離れがたかった。
「テオ様、だめですよ」
「……あと少し」
「もう」
手を繋いで、指を絡ませる。控室で二人、キスをする。テオドールの腕がフィオナの腰に回って、口づけが深まっていく。それに気づいて、フィオナがとん、と軽くテオドールの胸を叩く。
「は、もう、だめって言ったのに……」
テオドールが名残惜しそうに離れて、その指も解かれる。それと同時に、コンコン、とドアがノックされる。フィオナは慌ててテオドールから離れて、「はい」と返事をした。
「奥様、準備に参りました」
「ああ、メアリ、ありがとう。……テオ様、もう行ってください」
本来であれば、テオドールは式が終わればすぐにパーティのほうに顔を出さなければならないけれど、そこは二人の時間が必要だろうと言うことで公爵夫妻が少しの間引き受けてくれた。
渋々と言ったように、名残惜しげにテオドールがドアの方に向かった。
「フィオナ」
「はい」
「……愛してる、また、あとで」
言い逃げのようにして、テオドールが部屋を出ていった。残されたフィオナは真っ赤になったまま固まり、メアリは「まあ」と小さく零した。
公爵を継いだテオドールは、それから数十年先まで筆頭公爵家の家長としてその辣腕を振るった。その隣には、穏やかな公爵夫人が居り、彼女にだけはいつまでも頭が上がらなかったという。
結婚から数年後、彼の親友が「運命」の相手と婚約したというニュースが飛び込んでくる。気が早いもので、親友が「君の子供と僕の子供を結婚させよう」と言って、追い出されたらしい。
公爵夫妻は一男二女を設け、生涯幸せに暮らした。夫人のことを「行き遅れ」と呼ぶ者は、もうどこにもいなかった。
2019年から連載を開始し、間に数年開いて、この度完結することが出来ました。
二人の物語をこれまで閲覧いただき、誠にありがとうございました。




