32 陽だまり
「僕はさあ、フィオナが幸せならそれでいいと思っていたんだよ」
「はい」
「でもいざこうなると、悲しいかな、父親ってのは複雑な気持ちになるんだ」
「はい」
フィオナとアルテリアの父であるジェイドがぶつぶつと呟きながら、テオドールに絡んでいた。それをはらはらと見つめるフィオナと、呆れたように見るアルテリア、そして楽しげに見るエレノアが居た。
テオドールとフィオナが食堂に着いたときには、ジェイドはもうすっかり出来上がっていた。珍しく昼から酒を飲んだのだという。もともと酒には強くないからこそ、すぐに酔ってしまったらしい。
その原因がテオドールとフィオナにあるのだと言ったのは、アルテリアだった。
「テオ、父様に付き合ってやってよ」
「それは構わないが……」
「まあ、登竜門みたいなものだよ」
その言葉に、テオドールはジェイドのすぐ近くの席に座った。そして、冒頭に戻る。
既にテオドールとフィオナの関係は周知の事実になっており、それに反対するものはいなかった。ジェイドもまた、反対するつもりはない。しかし、父親の性とでもいうのか、いざ娘の結婚が見えてくると、どうしても悲しさやさみしさ、悔しさと言ったものが混じった複雑な感情を抱くという。
それをどこにぶつけていいかわからないなか、酒をのんだためにこうなってしまったのだという。
テオドールはそれを見て、たしかに自分が請け負わなければならないことだろう、と頷いた。
「フィオナは小さいころからよくできた子でね、勉強はできたし、教養だってある。なにより可愛いんだ」
「はい、わかります」
「だよねえ」
「お父様、飲み過ぎです!」
たまらずフィオナが声をあげた。このままでは、きっと父親のひいき目による娘自慢が始まってしまう。それを目の前で、しかもテオドールに対して行われるなんて耐えられる気がしなかった。
しかしそんなフィオナを抑えたのは、アルテリアとエレノアだった。
「まあまあ姉さん、娘を取られる父親の嘆きくらい言わせてあげようよ」
「そうよ、面白いんだからそのままにしておきましょう」
一応は対面を保つ言い訳をするアルテリアに対し、エレノアは好奇心を隠さなかった。この状況で羞恥を感じるのは自分だけだと言うことに気付いたフィオナは、仲間がいないことを悟る。そしておそらく、テオドールもそれを面倒くさいなどとは思っていないのだ。
テオドールはというと、興味津々と言うようにジェイドの話に相槌を打っている。
「それで、花冠を作ったフィオナ嬢はどうしたんですか」
「家族の分を作ってね、一人一人に被せてくれたんだ。『パパは王様で、ママは王妃様、アルは王子様なのよ』って言ってね」
「そうなるとフィオナ嬢は姫様ですね」
「そうなんだよ! フィオナは我が家の大事なお姫様なんだ……!」
相槌を打つどころか、話の続きを促し、フィオナの幼少期の話を聞きだしていた。フィオナは耐えきれず再び「お父様!」と声をあげる。
その言葉に、ジェイドはふっと笑って、テオドールの目をまっすぐに見た。
「だからね、テオドール・ラングレー、僕たちのお姫様を連れて行くんだ、必ず幸せにしなくちゃ許さないよ」
「……はい、心得ました」
「うん、いい返事だ」
そう言ってジェイドは立ち上がった。ふらつく体を、エレノアが支える。
「それじゃあ、僕は少し休むよ」
「三人はゆっくりしてなさい」
「はあい」
「気を付けてね」
両親を見送って、フィオナは小さくため息を吐いた。やっと、あの羞恥から解放された。紅茶を飲みながら涼しい顔をしているアルテリアを軽く睨むけれど、どこ吹く風といった様子だった。
テオドールといえば、まだ話を聞き足りないのか、ちらちらとフィオナの方を見ていた。
「姉さんのデビュタントの時の話をしてあげようか」
「! ああ」
「アルテリア!」
姉の反応を楽しむためだろう、アルテリアがいたずらっ子のような顔をしてテオドールに話しかけた。紅茶を飲む手を止めて、テオドールが頷く。しかし、それを止めたのはフィオナだった。
「冗談だよ」
「冗談なのか……」
「姉さんから聞いてね」
残念そうに呟くテオドールを見て、この人はこんなにも表情豊かだっただろうか、とフィオナがはその様子をまじまじと見つめてしまう。それに気づいたのか、アルテリアがテオドールを一瞥して、フィオナに向き直る。
「もともとテオはわりとわかりやすい男だよ。ただまあ、最近はちょっと顔に出過ぎかな」
「そうよね……?」
「浮かれてるんだよ、しばらくは許してやって」
アルテリアの言葉に、少し視線を彷徨わせた後、テオドールは頷いた。
「すまない、俺の知らない貴女の話を聞けるのが嬉しくて」
「……知りたいことは、わたくしに聞いてください。父やアルは、誇張して話すので」
「誇張じゃなくて主観だって言ってよ」
「同じだわ」
先ほどまでのジェイドの話や、アルテリアの様子を見ても、フィオナがどれだけこの家で愛されているかがわかる。自分の好きになったその人が、そんな家で育ったということが、テオドールは眩しくも嬉しかった。
「はいはい、仕方ないなあ、今度は姉さんが居ないときに話すよ」
「ああ、頼む」
「もう!」
食堂に笑い声が響く。それを眺めて、テオドールがふっと微笑む。
「この家は暖かいな」
それは、独り言にも似た響きだった。その言葉に、フィオナとアルテリアが目を合わせて、それからつられるように笑った。大きな窓からは明るい陽が差し、陽だまりをつくっていた。
あと2話で完結予定です。引き続きよろしくお願いいたします。




