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第14話 ライフルとアブノーマル

「で、さっきのが儀式だったのか?」


 俺の声は、今度は裏返らなかった。


「はい……」とライフルが言いかけて、すぐに、「いえ、違いました。本当の儀式はこれからでした」と言い直す。

「何をするんだ?」


 ライフルはコップを置く。グラスにはもう半分ほどしか、水が入っていなかった。

 すでに太陽は沈み、部屋は薄闇に包まれ、外からこぼれる、街灯の微かな光が光源。


「私を好きなようにしてください。どんなことでも結構です。アマドさんが望むままに、私を好きなように苛めぬいて下さい」


 ライフルは制服のボタンを一つ、二つとはずしていった。ショートカットの髪が頬に影を落とした。

 俺は立ち上がり、照明紐を引っ張る。

 白い明かりが部屋を照らし出す。

 ライフルはまぶしかったらしく、目を瞬かせた。


「アマドさん、まぶしいです。おまけに、明かりの下だと、私……恥ずかしいです」


 ライフルの胸ははだけ、ハーフシャツが露出していた。


「アリスと支配にも同じことをしたのか?」


 ライフルは正座を崩しており、膝を擦り寄せている。


「いえ、これはアマドさんだけです。特別枠として、アマドさんためだけに用意しました」

「そもそも、儀式は何のために必要だったんだ?」

「それは……お互いを深く知りあうことが信頼を築く上で大切だと思ったものです。だから、私を知ってもらうために―――」

「―――銃を俺に突きつけた」

「はい、銃を突きつければ、相手の本質が見えてきます。相手が信頼に足る人物かどうかは、死が寄り添った時にわかるものです。私の憧れの人がそう言っていました」

「なら、何故、脱ぐんだ?」

「それは……」ライフルは言葉を切る。間を開けて、「アマドさんが男の子だからです」


 嬉しいことやら、嬉しくないことやら。


「……制服しか、着ないのか?」

「アマドさんが、望むのなら、どんな格好でも構いません。下着姿でも、靴下だけの格好でも、下着を履かずの制服プレイでも……あ、でもこの場合のアマドさんの『……制服しか、着ないのか?』は、他の格好はないかですよね……残念ですがありません。バニィもメイドも戦闘服も、ガーターベルトもTバックも。アマドさんが着せ替えプレイが好きだと知っていたのなら、前もって用意しておきましたが……」

「好きじゃね~よ。それにだ、俺は制服プレイについて訊いたんじゃなくて、普段着でも制服しか着ないのかって聞いたんだよ」

「ああ、そんなつまらないことですか……ええ、制服しか着ません。制服三着を着まわしています。基本的に制服しか着ません、朝も昼も夜も平日も休日もいつ何時も」


 ある意味、制服マニアです、とライフルは付け加えた。


 やっぱり……。

 壁にかけられた制服が一着、畳に脱ぎ捨てられた制服がさらに一着、最後に、今ライフルが着ている制服が一着。

 計制服三着。


「パンツについては聞かないんですね。私が今どんなパンツをはいているかについて……」


 なんとなく予想がついた。

 先ほど、ライフルが窓を開けて、ハンドガンX777で鳥を撃った時、ベランダにはパンツやハーフシャツ、靴下がつるされていたからだ。


「ちなみに、今は白いパンツをはいています」

「ああ、知っていたよ」

「そうですか。やはりばれていましたか。予想通り、アマドさんは、洞察力が優れていますね。洞察力が優れている―――つまりは制服を脱がなくても私の体の曲線から、どのような体つきかわかる。ですから、あえて、脱がさずに私を想像で、もて遊んでいるんですね。そんな楽しみ方をするなんて、アマドさんは変わり者さんです。不可思議、不思議さんです」


 ライフルが言ったような趣味は俺にはなかったが、着ている制服のライン、しわ等から、何となく想像ができた。

 胸はアリスよりもないか……いや、同程度か?


「アマドさんの脳内では、今まさに、私は着せ替え人形のように、もて遊ばせているんですね」ライフルは坦々と言う。「したがって、私が制服のカッターシャツのボタンを上から三つを外し、ハーフシャツを見せただけで、アマドさんは、私の体の隠している他の部分もわかってしまったのですね。ですから、アマドさんは私に向かって強い言葉で注意をしたんですね。さすがです」


 褒められているのか、けなされているのかよくわからなかった。


「あの~、それで……私はアマドさんを満足させることが出来たでしょうか?」


 ライフルは俺の妄想に問いかけてくる。もっとも、俺はライフルの体を使って妄想などしてはいない。ライフルが妄想したと思い込んでいるだけだ。


 俺はライフルの問いかけのまともに答えるのが面倒臭かったので、

「ああ、十分満足出来たよ」と言った。


「そうですか。よかったです。なお、どのような、プレイをしたんですか? やっぱり、浣腸ですか? それとも、ろうそくですか? はたまた、鞭でピシピシと……」

「いや……」

「なら、あそこをグリグリとか、紐で体を縛って、ナイフで皮膚を裂いたりとか、首を絞めたりとか、ほっぺを噛んだりとか、私の顔面を蹴り飛ばしたりとか、もしかしたら、私の大好きな銃弾を穴という穴に詰めこんだりだとか……」


 ライフルは楽しそうに話し続けた。表情の乏しい目が心なしか輝いていた。

 ライフルの話す内容はどれもこれもアブノーマルで、どんどん過激な内容になっていった。最後には、「やっぱり、私はアマドさんの涎を全身に塗りたくってほしいです」と一見、まともなのかまともじゃないのかよくわからないような内容で締めくくった。

もう俺の感覚はおかしくなってきている。


「で、どれなんですか?」

「え?」

「ですから、どのようなプレイをアマドさんは、私にはしたんですか?」


 まだ妄想に語りかけている。


「ああ……」あまりに過激な内容が続きすぎて、俺はほとんど聞いていなかった。とはいえ、ライフルの話が一向に終わりそうもないので、仕方がなく、


「やっぱり、浣腸が好きかな」

「なんだ。つまらない」ライフルは肩を落とす。「大したプレイをしていませんね。どうせなら、アマドさんの脳内で私の体という体を包丁で突き刺し、お腹を裂いて、内臓をミンチにするくらいしてほしかったです。臆病さんです」

「……お、おう」


 引いた。小学生高学年のかわいい女の子と大差ない見かけのライフルが、そのような強烈な言葉を平然と言うことに、俺は引くに引いた。


「まあ、冗談はこの辺にしておいて、では、アマドさんの妄想を実現させましょう」

ライフルはスカートに手を入れ、白いパンツを脱ぎ始めた。

パンツは、太ももを伝い、片脚を通り、そこで、ライフルは脱ぐのをやめる。


「…………」

「大丈夫ですよ。どんな酷いことをされても、私、体の感覚が鈍いので、浣腸だけじゃなく、本当に、そこのキッチンにある包丁で、体を切り刻まれても痛みをほとんど感じませんから……」


 ライフルは俺にお尻を向け、四つん這いの姿勢になる。スカートから視線を逸らすことなく見続けていたら、ライフルはスカートをまくり上げ、先ほどまでパンツに隠していた部分を、躊躇なくさらけだしていただろう。だが、俺は、そうされるよりも前に


「なあ、掃除をしていいか?」と訊いた。

「掃除、ですか?」


 一瞬、ライフルは俺が何を言っているのかわからないみたいだった。


「ああ、掃除だ。部屋を掃除する」

「ああ、その掃除ですか。てっきり内臓を掃除されるのかと思いました……別にいいですよ。そうですよね。このように、制服だとか、包装紙だとか、本だとか、ティッシュだとかが散らばっていると、変態のアマドさんにとって、興ざめですものね」

「……まあ、そういうことだ」


 俺はアリスの部屋同様に掃除をし始めた。

 ライフルの部屋は、アリスの夢見の部屋の10分の1ほどの広さしかなく、十分ほどで綺麗に片付いた。


「では、続きを・・・」


 ライフルが、スカートをめくり上げるも、俺は無視し、冷蔵庫に入っていた食材を使い、料理を始めた

 そして、ある時刻になった時、ライフルはむくりと立ち上がり、PTP包装に入った、5種類の錠剤を口に入れ、水で流し込んだ。


「何の薬なんだ?」

「私の命を維持するための薬です」

「何かの病気なのか?」


 俺は味噌汁をかき混ぜながら訊いた。


「……そんなものです」


 ライフルの部屋にはテーブルがなかったので、畳の上に味噌汁の入った皿二つに、ご飯が入った皿二つを置き、俺とライフルは向かい合って座った。ライフルは相変わらず正座をしていた。


「続きはしないんですか?ずっと待っているんですけど。なんだか、パンツをはいていないのって、不思議な感じがします」


 ライフルがはいていたパンツは、畳の上に脱ぎ捨てられていた。


「そうだな」


 俺は味噌汁をすする。

 白みそと赤みそのブレンドに、ネギ、もやし、豆腐、揚げといったシンプルの食材を使たものではあったが、まずくはなかった。


「食べないのか?」

「いえ……食べます」


 ライフルは味噌汁をすすった。そして、わずかばかり体を強張らせた。

 味が合わなかったのかな、と俺は思った。が、不意に、ライフルの表情の乏しい目から、涙があふれ、流れ落ちた。


「あれ? あれれ? どうしてですか? おかしいです。何で、涙が出てくるんですか?」


 ライフルは混乱しているようだった。


「まずかったか?」

「い、いえ、違います。すごく、すごくおいしいです。おいしすぎて、どうしようもなくって……」


 俺はライフルの部屋に入った時から、既製食品の袋が沢山散らばっていることに気がついていた。冷蔵庫の中身を見た瞬間、ろくな食事をとっていないとすぐにわかった。だから、多くを述べることなく、料理を作った。

 俺にできることはこれくらいしかない。


 俺は部屋に招き入れてくれたライフルに対して、何かをしたかった。

 どこか嬉しかったんだ。


 でも、俺に出来ることは、掃除と料理くらいしかない。だから、掃除をし、料理を作った。

 ―――――友達として。

 ライフルは涙を流しながら料理を食べていた。

 食事を終えたライフルは、窓の外の闇をぼんやりと見つめ、呟くように言葉を零した。


「アマドさんは、変わった男の人ですね」

「そうか?」

「ええ……」


 俺は食器を洗い終え、ライフルの向かいに腰を下ろす。


「どこが?」

「……男の人は女の体に弱いと習いました」ライフルは畳に視線を落としている。「女の体で誘惑せれば、本性を出すし、最上の賜りものになると教えられました」

「どこで、そんなこと教わったんだよ」

 ライフルは俺の問いに答えなかった。変わりに、「でも、なんだか嬉しかったです。アマドさんなら信頼できると思いました。一緒にやっていけると思いました」


 俺はライフルの『一緒にやっていける』という言葉を友達としてやっていけるという意味で受け取った。


「そうか……」

「やっぱり、こんな幼児体型では魅力がなかったですか?」

「いや、そんなことはないさ」

「ロリコンではないんですね。やっぱり、謎々さんや、でか乳さんのような多少成熟した肉体の方が好みでしたか?」


 謎々とはアリスのことを言い、でか乳とは支配のことを言っているのだろう。


「いや、好みの問題じゃない」

「実は襲われる方が大好きな真性のドМさんだったとか? 確か、銃を突きつけた時も嬉しそうにしていましたし」

「していないわ!!」


思わず反論した。それに対して冷静にライフルは返す。


「なら、何故?」

 俺は静かに言う。「俺には姉がいてさ。それがまたひどく変わった姉で……小さい時からずっと一緒で、それも毎晩一緒に寝るような仲で、何というか、うまくいえないけど、女に対して、幻想的なものが持てないんだ。つまりは、その……女の体を見ても、いやらしい言い方だと欲情できないんだ」

「つまりは、EDって奴ですね」

「いや、そうじゃないんだけど、なんというか、女の裸を見せられても、見飽きているとかそういったもので……」

「経験が豊富だということですね。それもお姉さまとの」

「言い方がおかしいが、経験はない」

「童貞なんですか?」

「もちろん」


 自信を持って童貞を宣言するのは何かおかしい気がした。


「お姉さまとはどんなプレイをしたんですか? 浣腸とか、鞭とか、ナイフとか、ろうそくとか―――をしすぎてしまったのですか?」

「いや、したことはないよ。それにしたいとも思わない。興味がないんだ。興味が持てないんだ」

「なんとなく、わかります。不感症なんですね」


 ちょっと違う気がするが……。


「けれど、アマドさんが伝えたいことは何となくわかりました。つまりはこういうことですよね。あまりに性欲過多な姉に散々もて遊ばれたせいで、トラウマとなり、女の体に対して、反応しなくなってしまったと……」


 かなり違う気がするが、どこか的を得ているような気もした。


「うむ……」

「わかりました。私が何とかしてあげます。まずはアマドさんの童貞を奪って差し上げ……女の体の魅力に火を灯してさしあげます」

「いやいやいや、いいって。そんなことされたら、余計、ライフルの言うところのトラウマがひどくなるって……」

「……そうですか。残念です」


 この種のやり取りが、その後、二時間は続いた。

 時刻が10時をまわろうとした時、俺は姉の帰宅時間を考え、アパートを後にしようとした。

 玄関でスニーカーを履く。


「それじゃあな」

「はい、お互いのことを深りあえて良かったです」

「まあ、確かにな」


 ライフルは見送りに立つわけでもなく、依然正座をしている


「それじゃあな」俺は玄関のドアを開けた時、ふと思った。「そう言えばさ、俺にしたような儀式をアリスや支配にもしたのか?」

 銃を突きつけるとか、誘惑とかいった、ライフルの儀式を二人はどのように対応したのか気になった。


「いえ、数時間前に言ったように、この種の儀式はアマドさんのためだけに、特別に用意したものです」


 忘れていた。相変わらず記憶力が悪い。


「へえ~、なら、どんな儀式をしたんだ」

「もちろん、女の子同士の秘密です」


 表情をほとんど変えることなく、ライフルは言う。


「そうか……じゃあ、俺、帰るわ。それじゃあな」

「ええ」


 俺はライフルの部屋を出た。

 目の前には、夜空を背景に、影絵のように深い闇に沈んだ校舎がたたずんでいた。

 視線を落とすと、照明の輪の中に、俺の自転車だけがポツンと置かれていた。


 俺は、アパートの階段をおりた。

 途中、銃声が数発、轟いた。遠くの方で猫のこと切れる鳴き声を耳にしたような―――気がした。



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