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第12話 お泊りからの帰宅

 夕闇が包みだす時間帯、俺は支配を後ろに乗せ、自転車をこいでいた。

 森林が周囲をおおい、目を凝らさないと、もう見えない砂利道を走っていた。

 蝉の鳴き声が響き渡り、アップダウンの道が続く。汗を流しながら、ペダルを踏みしめる。

 後ろに座る支配は俺の腰に抱き付き、ちょうど上り坂を越えたところで、静かに呟いた。


「もうお嫁にいけない体になってしまいました」


 俺に裸を見られたことが、よほどショックだったらしい。


「そんなことはないと思うが……」


 俺は精一杯のフォローをする。


「いえ、私、びっくりしました。まさか押し倒されて、身に着けていた水着をビリビリに破られ、お尻ペンペンまでされて、挙句の果てに……私の最も見られたくないあんなところを、あんなところを」支配の声は沈んでいる。「アマド君に観察動物のように、ジ~~~と舐めるように見られるなんて……あまりに突然なことすぎて、何と言ったらいいか……」

「……いやいや、どれもこれも、俺がしてないことじゃね~かよ」

「嘘です」支配ははっきりと言う。「アマド君は私を舐めるように見ていました。スクール水着は床に引きちぎり、私を床に押し倒し、裸の私を、裸の私を……胸はいいんです。あそこだっけ大丈夫なんです。でも、私が今、一番気にしている、最近できた脇下のほくろを、声を荒げながら見られてしまうなんて……私、どうしたらいいのか……」


 下りに入り、さわやかな風が頬を撫でる。

 支配のツインテールは波打っていた。


 俺は、支配の妄想にどう答えたら、いいのかわからかった。


「まさか、アマド君がいくら欲求不満だからって、私をレイプするなんて……」


 どうやら、支配は夢と現実の区別がついていないらしい。まあ、目が覚めたら、スクール水着がばらばらに床に散らばり、素っ裸でいたら、そう想像するのもわからなくはないが――にしても、俺がレイプだなんて。


「レイプはして、いないな」

 俺はバカみたいに真面目に返していた。

「なら、今からレイプをしてください」

「は!?」


 あまりにも支配のぶっ飛んだ言葉に返す言葉が見当たらなかった。

 何故、俺に酷いことをされたと思い込んで悲しんでいるのに、今から酷いこと(レイプ)をされることを望むのだろうか? もう何がなんだかさっぱりわからなかった。


「だってですね、私、レイプされた時のことは覚えているのに、喜びの感覚が全くないんです。あのですね、つまりは発狂してしまうような快楽が……も、もしかしたら、私、性的不感症なのかもしれません。いえ、性的不感症になってしまったのかもしれません。ですから、私にもう一度。レイプを……」

「いやいや、俺はレイプをしていないって……」

「でも、揉んだんでしょ」

「揉んでもいない!!」

 少しばかり語気が強くなった。

「なら、揉んでください!!」


 このようなおかしなやり取りを続け、日高町のメインストリートに出た時には、支配は俺の背中に躰を密着させ「お互い、深く知ることができて良かったです。私、裸を見せたことで、アマド君に近づけた気がします。心がス~と解放された気がします。いわゆるあれです、心も体も素っ裸になれたってやつです」と支配は話をまとめ、支配の水着事件は幕を閉じた。


 俺は支配を家まで送るために、メインストリートを南に走り、工業地帯に出た。

 ここは、古い工場が密集した日高町エリア3。縦横無尽に走ったパイプ類が、残照に輝いていた。見える範囲には民家はなく、工場から吐き出される煙が、高い煙突から、モウモウと、空高くへと伸びていた。

 空気には薬品臭が混じり、目がチクチクした。


 この健康にはあまりよくないエリア3の先には、研究施設が立ち並ぶエリア4しかない。その先には、ただ砂漠が広がっているだけだ。支配の家はこの辺りにあるのか、と俺は不思議に思った。


「ここでいいです」


 支配は、俺のTシャツの袖を掴んだので、自転車を止めた。

 俺が自転車を止めた場所は、さびれた公園の前だった。


 フェンスで囲まれてはいるものの、すぐには公園だとわからなかった。

 雑草が生い茂り、長いこと、人の手入れがされていないぽい。

 ジャングルジム、滑り台、ブランコなどの遊具には錆が浮き上がり、ふちにある小さなトイレはドアは開け放たれ、正直不気味だった。

 そんな公園なので、もちろん誰も遊んではいなかった。


「私の家、この近くなんです。ですから……」


 支配は自転車から降りる。白のブラウスが夕日に照らされ、赤く染まっていた。


「別にいいけど、家まで送っていこうか?」

「いえ、いいです。お父さんが男の子と一緒にいるのを見たら嫉妬しますので、ですから……」

「ああ……わかった」


 俺は父親がどんなものだか知らない。母親がどんなものかも知らない。物心ついた時には両親はいなかった。家族は姉一人だった。だから、支配の父親が俺と一緒にいたら、嫉妬するというのはわからなかったが、そういったものだと受け止めた。


「では……」


 支配は、俺に大きく手を振った後、走っていった。

 相変わらず不格好な走りで、途中、ドッテと転び、スカートがめくれ、ピンク色のパンツが目に飛び込んできた。


 夕日が山の稜線を紅く染め上げている。周囲の空はオレンジ。

 色をおとした山と重なるように、高層ビルのようにそびえ立つ、研究施設が見えた。窓だけが輝いていた。


 俺はそれらの研究施設で何を研究しているのかはわからない。だが、この世界を維持するために必要な何らかの研究をしているのだろう。

 自国強化のための何らかの研究を。


 俺は自転車を自宅に向けた。

 想像通りというか、予想道りというか、自宅に帰ると、姉に散々説教をされた。


 アリスの家に泊まる以前から、予想はしていたのだが、説教は一時間も続き、姉のカガミの「本当に寂しかったんだから!!」と涙しながら、俺の膝に顔をすりつける姿は、かなりきついものがあった。

 そして、その日の夜、俺は姉のカガミと一緒に寝た。下の段の俺のベッドにもぐりこんできたカガミは、俺を強く抱きしめ、すやすやと眠っていた。

 かすかなアルコール匂いと、カガミの柔らかな体から、母親を想像しようと思ったが、どうしてもできなかった。できるはずもなかった。


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