■ タヌキとメガミとマダムたち
「またここに自由すぎるおばさんたちが勢揃いですか」
新宿歌舞伎町、オールディーズライブハウスの向かいの2階にあるレストランに、野本、桜坂、幸元、白戸の4人が一番いいテラス席を陣取って優雅にブランチのシャンパンを楽しんでいる。
そんな優雅で有閑な時間を台無しにする声が一つ耳に届き、4人はあからさまに眉間に皺を寄せた。
「皺、くっきりと刻み込まれますよ」
根上は嫌みたらたらに言うとテーブルの上に鎮座する高級シャンパンにフルーツに料理をざっと見て、空いている席に腰を下ろした。
「ちょっと、あんたのことは呼んだ覚えはありませんけど?」
野本がすかさず口を挟む。
フルーツに手を伸ばす根上の手をパシンと叩き、猫を追っ払うような仕草をする。
「いいじゃないですか少しくらい!減るもんじゃないし」
「減るよね食べたら、どう考えても。計算は出来るのかしら?」
また始まる野本の嫌み攻撃を根上はスルーし、瑞々しいフルーツを素早く口に運ぶ。
舌打ちをしながら根上の頭の先から舐める野本は、毎日同じようなスーツばっかり着て、なんて趣味の悪い・・・と心で思うことを、思い切り声に出して言った。
「・・・動きやすいんですからいいじゃないですか。それに刑事はおばさんたちと違って動き回りますからね、ストレッチの利いた撥水加工のある、皺になりにくい、皺になりにくいものが一番なんです」
わざと皺になりにくいと2回言って仕返しをした。
そんなことより、なんでまたここに呼んだのよと話の核心をつく野本は、フルーツを口元に運び続ける根上の手をまた叩いた。
そうでしたとばかりにスーツの腿部分で手を拭く根上に、4人の上品な?女性は、なんてところで拭いてんのよ!っとにそれでも女性?と罵声を浴びせる。
「田ノ木さんが呼べって言ったんですよ」
雑音は無視をして話を進めた。
「で、その張本人はどこにいるわけ?」
野本がシャンパンを飲み干した後に周りを見回した。
店内にバースデーソングが流れ出し、関係の無いお客さんからも拍手と歌がテラス席まで届く。
店の中からはでっぷりとしたシェフがバースデーケーキを運んでこっちへ向かってくる。
そのケーキの上には蝋燭が数え切れない程乗っているが火はつけられていない。
そのかわりにケーキの横では小さい花火がぽんぽん上がり、観客の目を楽しませていた。
シャンパングラスを手に握り閉めたまま固まるのは野本一人。
他の3人はパーティー気分で手を叩き、歌なんぞも歌い始めている。
「あんた、まさか」
横にいる根上に耳打ちするが、根上は『なんのことです?』と、すっとぼける。
そうこうしているうちにケーキは野本の前にででんと置かれ、顔が引きつる野本は、この状況から脱出するためにはどうしたらいいかを頭の中で計算する。
が、道は無かった。
「お誕生日おめでとうございます、野本さん」
桜坂が皆を代表して挨拶し、プレゼントの包みを渡す。
「・・・なんなのよこれ。なんのマネ?」
「あ、これらいちゃんからのプレゼントです」
白戸が側に立っているシェフからワインを受け取り、野本に渡す。
「ちょっとやだ、これあんたすごいヴィンテージじゃない!」
白戸は自らの傍らに立っているシェフを自分の旦那だと紹介し、他の3人は、だったらもっと早く言いなさいよ!あの事件の時だって私たちここにいたじゃない!なんであんたはいつも後になって言うのよ!
と猛烈に避難を浴びせた。
だって、みなさん私の自己紹介はもういいやと途中で切り上げたり、私の話だって最後まで聞いてくれたことなかったじゃないですか。
と言い分を主張するも、既に3人は3人で白戸のことをどうしようもないと言い合っていた。
白戸は、ワインなんかあげなきゃよかったと少しばかり後悔し、
旦那に目を向けるが、旦那はただニコニコしながら見守っているだけだった。
咳払いが大げさに聞こえ、3人は静かになった。
「あーあー・・・」
マイクのテストでもするのかとばかりに発生練習をするのは、田ノ木。
「・・・ちょっと、あたしの目の前で突っ立ってられても困るのよ。歌舞伎町の景色が台無しじゃない。歌舞伎町もあれだけど、あんたのタヌキ腹よりはぜんっぜんマシ。どいて」
野本は目の前に突っ立ている田ノ木を見たとたん、きっぱりと『どけ』と言い張った。
「おお・・・どくよ」
素直に従う田ノ木に拍子抜けした野本はキョトンとし、周りの3人は視線を合わせてにたっと笑った。
「誕生日・・・おめでとう」
照れながら言う田ノ木に嫌な予感を感じた野本は・・・逃げようと席を・・・
「ちゃんと座っててくださいよ。まだ料理の途中じゃないですか」
根上に白々しく制された。
「別に、おめでとうって歳でもないんですけど」
「まぁ、あれだ、人生半分からが素敵だと言うじゃないか」
「・・・もしかしてあんた喧嘩売ってんなら、買うわよ」
「ほら」
野本の喧嘩口調に乗ってこない田ノ木に調子が狂う野本は、田ノ木が差し出した花束を見て、更に調子を狂わされた。
田ノ木が困った顔をしながら自分の背中に隠してあった花束を野本に渡した。
それは野本の好きな花ばかりを集めたものだった。
外野は野次を飛ばし、ひやかしたりもしているが、そんなことは野本の耳にも田ノ木の耳にも届いていない。
野本はどうなっているのかを理解するのに苦しみ、田ノ木はこれから言う言葉に緊張し
ている。
「あのよ・・・」
緊張する田ノ木は額に大粒の汗をかいていた。
「何よ・・・ちょっと待ってあんた・・・」
「いんだよ別に」
「は?」
「たまには俺みたいなのもいいんじゃないのか?」
「・・・」
「お前は俺を趣味じゃないのは十分承知だけど、気の迷いで一緒にいてみるのも楽しいかもしれないぞ」
何も言わず、口をぽっかーんと開きっぱなしの野本は何がどうなってこうなっているのかが分からない。
「・・・ええと・・・私には今のところ・・・旦那が・・・」
「離婚届け出してるだろ」
田ノ木の言った一言に、3人は勿論のこと黙っちゃいない。
野本さんそれどういうこと?
そういえば最初に会った時に私たちのこと、もう離婚してるんじゃないの?っていうふうに言ってましたよね?
あれってそのまま野本さんのことだったんじゃないですか!
と今更ながらに、『心外!』といった気持ちを全面に押し出して野本に詰め寄った。
誰にも言っていないことをまたもこいつに言われたということに腹が立つが、どうしてそんなことまで知っているのか・・・
役所に連絡したとか?
個人情報なんてあったもんじゃないなとふつふつと怒りがこみ上げたところに、田ノ木がそれは安西から聞いたと言い、野本の怒りをひとまず静めた。
「トキからですって?今トキがどこにいるか知ってるの?」
これだって私しか知り得ない情報の一つだ。と生唾を飲んで言葉を待った。
「この世にはな、調べても出て来ない事実だって山ほどあるんだよ」
どっかで聞いたような言葉を並べた田ノ木を、くすりと口角をあげて笑う幸元は、黙って成り行きを見守った。
「一緒にいてみて面白くなかったら、そのときに俺を捨てればいい」
しばらく考え込む野本は、それって何?プロポーズのつもり?と怖い声で言う。
「・・・これからの俺とお前の相性次第でおまえが決めればいい。まぁ、そう捉えるなら捉えてもいいけどな」
「でも私こんなタヌキみたいなおっさん趣味じゃないし」
自分のことは棚上げで田ノ木をおじさん呼ばわりする。
「・・・おっさんで悪かったな」
今までの田ノ木の態度と180度違うことに、どうしていいか分からず固まる野本は珍しく言葉が繋がらない。
しかしその内面はどきどきしていた。
信じがたいが、事実だ。
「そうか・・・分かった。悪かったな邪魔して」
答えが出ない野本のそれが答えだと思った田ノ木は肩を落とし、左手を挙げるとその場を後にしようとくるりと振り返った。
目で追う野本はどうしたらいいのかを咄嗟に考える。
「こんなこと深く考えることじゃないですよ」
野本の後ろにいた根上の一言を聞いて野本はがたんと立ち上がり、「ちょっと!」と声を張った。
その辺にあったワイングラスに入っているシャンパンをぐいっと飲み干し、
「あんたと一緒にいたらいちいちあたしが調べなくても、トキの動向も分かるってわけね」
後ろを向いている田ノ木の口元がゆっくり上がる。
「そうだな」
振り向きざまに真面目ま顔に戻り、野本を捉える。
「・・・あいつも、どうなったかが分かるのね?・・・・・いいわよ。趣味じゃないけど」
「そうか、よかったよ。ありがとう」
本当に嬉しそうに笑う田ノ木の顔を見て、野本もまた温かい気持ちになる。
外野がはやし立てる中、料理が運ばれてきて、田ノ木はいつの間にか野本の脇に座り、その横にはちゃっかり根上が座る。
「あんたあたしが離婚してるってこと、いつトキに聞いたのよ」
「あいつとは今も連絡を取り合ってるぞ。そろそろ片づく頃なんじゃないか?お前に何かしら感じ取られたら困るとぐっと我慢してたからな、病院に居るときは。そして相当ブチ切れながら日本出てったからな」
「・・・なんの情報よそれ?日本出たのは知ってるけど、いつかは知らなかったし、・・・何も知らないんだけどあたし。信じらんない!あたしのところにはメールも電話も一切ないけど!」
ほら。と見せられた携帯電話のメールには、トキからの誕生日おめでとうメールがちゃっかり届いていた。
「それはお前にだそうだ」
「あいつ、あたしを差し置いて・・・今度あったらただじゃおかない」
メールの受信が入り、ディスプレイには安西の文字。田ノ木に目をやると、勝手に見ろと言っているので、勝手に開く。
そこに書かれている文と、自撮りしたような感じで黒髪の男と二人で映っている写真のトキの顔はまた傷だらけになっているが、
その後ろにはよく見慣れた二人が地面に血だらけになり横たわっているのも目に入った。
写真なのでその二人がどうなっているのかは分からないが、少なくとも瀕死の状態なのは間違いない。
この男には見覚えがある。
髪の色は違えど、この顔は王だ。この目の色にも覚えがあった。
この二人に接点なんて無かったはず。
しかし、この写真を見る限り、二人で何かしらアクションを起こしたのは間違いない。
そんな写真を見て野本は数回瞬きをするとその写真を田ノ木に見せた。
おお、やったか。
にたっと笑った田ノ木は既にお見通しだったようで、びっくりともせずに運ばれてきた料理にフォークを突き刺していた。
「知ってたの?」
「まぁな」
自分の知らないことを知っている人に興味を持つ野本は、今目の前にいる田ノ木は、安西のことも、もしかしたら嘉元のことも、更には王のことだって・・・
極めつけに私の隠しているあれやこれやも、もっと知っているのかもしれないという気持ちが芽生え、
少なからず興味の対象として見てもいいかもしれないというふうに気持ちがシフトし始めた。
「野本さん、田ノ木さんのこと虐めないでくださいね」
根上がおもむろに野本にお願いした。
「何よそれ」
「だって、喧嘩なんかされたら被害被るのは、私ですから」
お前は自分のことしか考えてないなと文句を言われる根上は、言いたいことだけを言うと、運ばれてきた料理にフォークもスプーンも使ってここぞとばかりに食べ始めた。
今回の事件だって、他にもっと片付けなきゃならない事件だって山のようにあったのに、それ全部部下に丸投げでしたから。と根上が暴露すると、そんなことを言うんじゃない!と一喝される。
「それに・・・」
根上が意地悪そうに何かを言おうとしたのを、田ノ木が真面目な顔をして止めた。
根上は『はいはい』とでも言うように首を小刻みに振り、料理を口に運び始めた。
「結局、幸元さんの旦那にはもう一度会ってお話したかったんですけど、ヘリポートに俺たちを降ろした後にはすぐにどこかへ飛んでったからな」
田ノ木は話を変え、何か言いたそうに幸元を見るが、幸元は何食わぬ顔でサラダボールにフォークを刺していた。
結局、王が誰に命令され、もしくは依頼されて南米まで安西を追って行ったのかは田ノ木にも、幸元にですらその情報が耳に入ることはなかった。
これもきっと幸元の旦那が手を回しているに違いないと思った田ノ木だが、今後万が一の時の切り札として貸しを一つ作っておこうと決め、深く追求することはよした。
その代わりと言ってはなんだが、こちらで片付けますからとヘリから降りた田ノ木に幸元の旦那が一言言った。
どういうことだと田ノ木が聞く前にヘリは上空へ舞い上がり、
額の所に手を当てて田ノ木に挨拶をすると、ヘリはそのまま飛び立って行った。
桜坂は貨物船で自分が安西にやった応急処置で自信がついたのか、以前のように嫌嫌ながら病院に行くのではなく、
今では誰よりも早く病院へ行き、と言っても小児科医なのでオペはしないが、それでも自信を持つと、仕事にも影響するんだなと自分自身で感じ取った。
旦那には感謝してもしきれないと感じ、今まで以上に旦那に娘に、大切にしていこうと心に決めた。
白戸は悟が何も言わずにどこかへ行ってしまったことを残念に思ったが、そこは気持ちを切り変えて、今いる元気な園児達と相変わらず毎日を楽しく過ごしていた。
幸元は・・・やはりきままな生活を繰り返し、たまに返ってくる旦那と旅行に行ったり食事に行ったりと、そのまま有閑に過ごしていた。
やはり興味があるのはファッションと美容。新作にはすぐに飛びつくのも、幸元らしい。
王は、事件があった日、安西を助ける為に安西の後を追ってホテルへ着いて来ていた。
ホテルに入る前に安西を拉致し、指定された場所でかくまう予定だった。
これは、嘉元の研究に反対するミャンマーにある研究所からの命令だったが、王はここで安西を拉致することに失敗する。
これには理由があって、警戒心の強い安西に上手いこと巻かれた為に見失ったわけだが、すぐさま幸元の旦那に連絡を入れると、ホテルの外に待機している車に連れ込まれるはずだからそこになんとか入れと言われ、自分も仲間の一人だとうまいこと言い、車に乗ることに成功した。
やはり金で雇われただけの素人なので、ちょっと細工をすればすぐに騙される。
そこで王が見たのは、既にめった刺しにされて瀕死状態の安西だった。
後部座席に押し込まれた安西は既に意識が無かった。
このままでは安西の命は危ないと察した王は焦り、まずはこの二人の男を始末しなければならなくなると覚悟を決めた。
助手席に座っていたアジア系の外国人が車を新宿に向けて急発進させた。
目的場所をだいぶ過ぎた辺りで過ぎ去ったことに気付くが、一度通った道は二度と通るなと命令されているため引き返すことは出来ない。
仕方なく、野本が週末に来ているというライブハウスに向かい、野本が出てくるのを待つ。
というプランBは、またしてもこの外国人たちの勘違いによって打ち崩される。
ここに捨てろと命令されたとばかりに、早く車から降ろせ!と運転席と助手席に座っている外国人が、王にまくし立てた。
いや違う、この仕事はそうじゃない!と言う王の言葉は既に耳に入っていない。
嫌な仕事は早く片付けたいという焦りがそうさせたのだろう、助手席の男は投げ捨てる気配がない王に苛立ち、自ら無理矢理に内側からロックを開け、
運転席の男は王の行動を抑える為に王の腕を掴んで動けなくさせて、助手席の男がぐったりとしている安西を半ば強引に、荷物でも押し出すかのように車から押し出した。
それをなんとか必死に食い止めようとしていたのが、王だ。
王が安西を蹴り飛ばしたように見えたが、実際はその逆で、安西を必死に車に引き戻そうとしている姿だった。
がしかし、運悪く、自分の姿を見られてしまった王は、ドアを閉め、そのまま車で走り去るしかなかったというわけだ。
レストランの向かいにあるオールディーズライブハウスは、今では元通りに営業していて、毎週金曜日の夜になるとこの4人は決まって顔を出すようになった。
1階のフロアーを陣取って4人で踊る様は、ある意味・・・怖い。
そして名物にもなっていた。
異色の4人、仕事も性格も趣味までもが違うこの4人でも、何かどこか共通するところがあって、一緒にいる。
お互い深く詮索はしない。
強要も無理強いもしない。
ただ、お互いを尊重し合うだけだ。
でもこれって一番難しい。
それでも一緒にいられるというのは、何があっても、どんなことが起こっても、この人達となら大丈夫といった深い絆があるからだろうか。
経験しなくてもいい経験をし、言いたいことを言い合い、けなされ、けなし、深い絆と優しい情で結ばれた関係は、お互いの努力があって初めて結びつくものだ。
それをこの4人の淑女たちはもうずっと前から知っていたのかもしれない。
【完】




