■ 泣くの我慢でよくやった!
「悟君」
桜坂が悟の目をしっかりと捉えて諭すように名前を呼んだ。
これが大人だったらもう少し言葉のヤリを落とすところだが、相手にしているのはまだ子供だ。それも自分の子ではなく、人様の子供だ。
「悟君」
「・・・悟、頼む」
王が事の重大さをひしひしと感じ、確かに悟にしか出来ないことだと感じ取った。
悟の腕をしっかり持って、目線を同じになるようにしゃがみ込み、子供の目を真っ正面から捉えて一度顔に笑顔を貼りつけた。
子供の身体は小刻みに震え、そのプレッシャーからか嗚咽も涙も鼻水も漏れつつあった。
徐々に顔は歪み、今にも泣きそうな顔に変わっていった。
「迷惑だから泣かないでよ」
根上は冷たく言い放ち、泣かれたら見張りの奴が来てここから出られなくなるかもしれないし、泣き叫ばれたらうるさいからと言って目的の場所なんかに着く前に海に落とされるかもしれないと悟に向かって淡々と言った。
悟は自分のせいでみんなを巻き込むかもしれないという危惧を覚え、口を両手で覆い、大きく声を出したいのをなんとかこらえた。
「じゃ、いいわね。時間が無いからさっさとこっち来て」
根上はもう一度腕をまくり上げて、悟を一瞥すると換気口の所に向かって歩いた。
王は子供の頭を優しく撫で、大丈夫、ちゃんと上手く行くから。安心して落ち着いていればいいと励ました。
悟は王と白戸に手を引かれ、根上の座り込んだ場所へとゆっくりと歩いた。
「いい、ここから入ってまっすぐ行けば外に繋がってる。換気口の蓋は簡単に取れるから、蓋に指を食い込ませて引っ張って。音を立てないように注意してね。そうしたら外の様子を伺って、人がいなかったら出る。表に回ってここにかかっているカギを外す。それだけよ、いいわね?」
こくこくと頷く子供は真剣に根上の話を聞いていた。
震えながら深呼吸をすると王に抱きかかえられ、励まされて、根上がこじ開けた内側の換気口から小さな身体を潜り込ませ、一度皆の方を向き、誰かが行かなくていいと止めてくれるのを期待して見たが、誰一人そんな人はいない。
その逆に、皆が期待の目で自分を見ているのに気付き、子供であることをここで初めて恨めしく感じた。
外へ繋がる細い鉄の穴を外に向けて四つん這いでゆっくりと進んだ。
泣きたいのをこらえて鼻で小さくうめきながら、涙をこらえて前に進んだ。
コンテナの中では皆息を飲み、悟の気配に気を張っていた。
根上は今どの辺りに悟がいるのかを計算しながらコンテナの内側を子供の歩みに合わせて四つん這いになり、歩いた。
悟がコンテナの端っこまで来たとき、根上が内側から小さくコンテナを叩き、近くにいることを知らせた。子供はびっくりしたが、根上の声が聞こえ、無意識にコンテナの壁を叩き返した。
「よし、目の前に換気口があるでしょ?いい、ゆっくりでいいから慎重にそこに指を絡めて・・・ちょっと待って」
外に人の気配を感じた。
小声で動かないで、声も出しちゃだめだと悟に伝え、コンテナの真ん中に皆集まった。
悟は外を通る人の足を換気口越しに見て、ドキリとした。
こんな狭い鉄の中では何があっても逃げることが出来ない。
身体の幅いっぱいいっぱいなので動く余裕もなければ、後ろに戻ろうにも、振り返ることすら出来ない。
それはもう、ひたすらに恐怖でしかない。
そのすぐ後にコンテナのカギが開けられて、先ほどの外国人が姿を現した。
ざっと中を確かめると、子供の姿が無いことに気付き、中に入ってこようとした時、白戸が静かに!と声を上げた。今、寝ていますから静かにして下さい!と、自分の背中の方を差して指を口に当てた。
入り込んできた外国人は足を止め、怪訝な顔をしながらも頷き、水とパンを置いて何も言わずに外に出てカギをかけ直した。
間一髪問題をクリアし、ホッとしたのもつかの間、根上は急いで子供がいる場所へ向かい、人の気配があるかどうかを聞いた。
子供は一生懸命に外に気を向け、いないと分かると指を食い込ませ、この場から逃げ出したい一心で、音を立てないように気を張りながら、換気口を内側に引っ張った。