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【第八章】 逃げろ


 静まりかえったコンテナの中に携帯のバイブレーター音が響き渡った。

 桜坂は手にしたバッグを床に置き、中の方から素早く携帯電話を引っ張り出した。

 持ってるならもっと早く出しなさいよと根上が小さく唸ったものの、着信画面に表示されている文字に皆一様に胸の衝撃を走らせた。

 田ノ木からだ。

「貸して」

 根上は桜坂の手から携帯を奪い取るや否や、通話ボタンをスライドさせて勝手に電話に出た。

「田ノ木さん、根上です」

 コンテナの中では小声で話してもそれなりに響くので細心の注意をして話さなければならない。外の奴らに聞かれてはこの計画は全て水の泡になる。

 根上は小さくかすれる声で、今誰がコンテナの中にいてこの船がアフリカに行く船だということ、この船に乗せられている外国人などを知らせた。

 そして既にこの船は出航している旨も合わせて伝えた。

 ここから出られるのは時間の問題だけれども、動き出している船の上じゃ何もできないし、逆に捕まるのも時間の問題ということだ。


 さきほど外国人が水とパンを置いて行ったことを伝えると、次はもしかしたらトイレの為に外に出してくれるかもしれない。運がよければ、そして少しでも人間としての感情があるならばの話だがとも付け加えた。

 そもそも海に落とす計画なら、最初からそんなことはしない。

 水もパンも出しはしない。しかし、それが与えられたということは、もしかしたらの話だけれど、生かしておく気があるのかもしれない。

 という憶測もできるわけだ。

 何人かその中に居た方がいいかもしれないという話も出た。

 時間を稼げと言われた根上だが、どの辺りでコンテナを投げ捨てるのかが分からないし、それがいつなのかも分からないということも言った。

 武器も持っていない。かろうじて持っているのは腿に仕込んでいるナイフのみだ。

 とにかく、その船を特定して情報を掴んだら急いで向かうから、それまでなんとかしの

げと無理難題を突きつけて電話は唐突に切れた。


 再びコンテナの中に真っ暗な闇が戻り、静まりかえった。

 誰も何も言葉を発せなかった。

 それとほぼ同時にコンテナの扉が力無く開き、細長い新しい光が差し込んできた。

 一斉に扉の方を見ると、そこには半べそをかいて震えながら突っ立っている悟の姿が目に入った。

 身体は埃で黒くなってしまい、鼻水は垂れ流したままだ。

 泣くなと根上に威嚇されてからずっとこらえている嗚咽は今も健在で、下唇を噛みしめ、鼻から呼吸をしながら、耐えていた。

 根上は一番最初に駆けだして悟を抱きかかえ、悟の耳元で小さくありがとう、よくやった。さすが男の子だと褒めると、悟を王の元に返し、外の様子を伺い、みんなを外に出るように誘導した。

 悟を抱きしめてやりたい気持ちは分かるがそれは後にして。

その分さっき私がやったと早口でまくし立てると、皆呆気に取られたが、だから悟を抱きしめたわけかと、みな納得した。

 田ノ木にはコンテナの中に何人か残れと言われたが、そんなことをしている時間はないように思われたからだ。

 幸いに、この船には数百というコンテナが積まれていた。その全てがアフリカに行くとは限らない。途中何回か違う国に寄って積荷を下ろして行き、最終目的地がアフリカなだけだ。

 逃げ場所はいくらでもあるってことだ。

 桜坂の携帯を奪い取り、自分の胸ポケにしまい、先頭に根上、その後に桜坂、白戸、悟、最後尾に王の並びで、辺りを警戒しながら足音を立てずに、コンテナの隙間、道無き道を手探りで探りながら、船の上にどこか隠れる場所がないかを探した。



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