【第七章】 コンテナ
コンテナの中は自分一人じゃなければそれほど居心地は悪くない。
根上、王、王の息子、白戸、桜坂の5人は何時間も車の中で拘束され続け、最終的には大黒ふ頭コンテナターミナルにある海外輸送用のコンテナの中に押し込まれる形となった。言うまでもなく真っ暗なコンテナの中は、恐怖でしかない。
車から出された5人は、大黒ふ頭で待ち構えていた男らにナイフで脅されながら誘導され、歯向かう暇もなかった。
根上と桜坂は未だ気を失ったままで、正気なのは、王、白戸、王の子供だけだ。
男らは一言も話さずに自分の仕事を手際よくこなす様は、人を相手にしているのではなく、ただの荷物でも積み込んでいるかのようだ。
口の聞くことが出来る唯一の白戸は、これはどういうことか、なんでコンテナの中に入れられなければならないのかを執拗に問うてはいたが、男らは眉間に皺を寄せて首を振るだけだった。
王が何かを言いたそうに、口に貼られているテープを取ってくれと顔を白戸の方へ突き出した。
「これはどういうことだ」
白戸に素早く剥がして貰い自由になった口を何時間振りかに開いた王は、顎関節に違和感を覚えながらも男たちに言葉を投げた。
男たちは王の言った言葉に動きを止め、顔を見合わせ小声で何かを呟き合っていた。
「日本人じゃないのか」
「見て分からないか?」
王の答えとも答えじゃないとも言える返答に、これはなんだよ話と違うじゃないかと男たちはあからさまに嫌な顔をし、唾を吐いた。
王は説得するように何かを話しかけていたが、それが何語なのか理解に苦しむ白戸は何を話しているのかすら聞き取ることができなかった。
そのやりとりと傍らでじっと耳をすませる王の子供だけは顔を強ばらせ、父親と男たちの会話に集中していた。
その時、王の子供の後ろでようやく意識が戻ってきた根上が同じようにじっと耳を傾けていたのを、男らたち含め、誰一人気付かなかった。
根上はそれをいいことに、誰に知られることもなく静かに自分の手足を縛っているヒモをほどこうと、ヒモの結び方を手で探っていた。
一通り探り、ど素人が適当に結んだものだと分かると、心の中だけで口角を上げ、手の動作を悟られないように慎重にヒモを解いていった。
「何て言ってたんですか?」
コンテナの戸を閉められた後で、白戸は王がいる場所を想像して顔を向けた。
聞かない方がいいですよという素っ気ない返事に何か冷たいものを感じ、しかもどういうわけかそれ以上聞いてはいけない気にもさせられた。
「アフリカに行くんだって」
コンテナの奥の方から聞こえた声は女性の声だ。しかし、その声は桜坂ではない。ということは、残る一人は根上だ。
白戸は声が聞こえた方に顔を向けて根上かどうなのかを聞くと、それ以外に誰だと思うわけ?桜坂さんがこんな話し方する?と相変わらずの突き放した言い方で返された。
そんな根上の普通の言い方に、なぜか安堵した気持ちにもなった。
真っ暗い場所に光が差した。
目は暗がりに慣れ始めていたので、いきなりの光に瞳孔が鈍く反応した。
根上が常に携帯しているミニライトをつけ、5人の顔がそれぞれ確認できるようになると、幾分か心が落ち着きを取り戻した。
桜坂も既に目覚めてはいたが、自分が今どうなっているのかという恐怖に声を出すことができずにいた。
「さて、ここから出る方法を考えないと」
首を左右に振って骨を鳴らしながらスーツの袖を折り曲げて腕を出した根上の右腕には、ひどいやけどの跡のような黒い影が、ライトに照らされて不気味に映し出された。
4人はそこに釘付けになったが、誰一人深く入り込む者はいなかった。
「アフリカって?」
白戸が思い出したように聞き返すと、根上はコンテナの中をくまなく嗅ぎ回りながら面倒くさそうに、これからこの船はアフリカに向けて出航するってさっきの外人が言ってた。と、早口に言いながら四方を警察犬のように隅から隅まで嗅ぎ回ったり、手で触ったり叩いたりしていた。
「殺す気はなさそうね」
「いや、どうかな」
「私たちが今入っているこのコンテナは、きっと動物輸送用の特殊コンテナだと思う。ほら、そこの隅に換気用ファンが回っているでしょ。それに内部温度計も仕込まれている。まぁこれは気付かないだろうって思ったのかもしれないけど。だから、殺す気はないって言ったのよ。分かった?王さん」
自分が言ったことに反論してきた王に、今さっき調べた根拠を元にして出した答えを分かりやすく提示してやった。
「根上さん、換気ファンが付いてるって事は、上下に雨落としの穴も空いているってことなんですよ」
「そんなのもん知ってるわよ。でもそうなる前に出りゃいいだけの話でしょ。そこまで言わせないでくれる?換気口があるってことは逃げ出せるチャンスもあるってことなのよ。物はいいほうに考えないでどうするんですか」
桜坂と白戸にはなんの話なんだかさっぱり分からなかったが、この状況下では何も聞かずに、向こうから言ってくれるのを待っていた方が賢明なのではないのかという考えに二人ともなっていた。