■ この世は数字の集合体
病室内では田ノ木と野本が二人で肩を並べて、無機質な病室の硬いベッドに横たわる安西のすぐ側に立っていた。
相変わらず意識は戻っていない。包帯で巻かれている姿が痛ましく、管で繋がれている姿はもはやロボットか何かを充電しているのではないかとすら感じられる。
「いつになったら目を覚ますんだろう」
野本は独り言のようにぽつりとつぶやき、安西の手をそっと握ったが握りかえされる反応は無く、力無くだらりと下がる手はただただ温かいだけだった。その温かさだけが野本を安心させる今のところの材料だ。
田ノ木は野本が自分で口を開くまでは何も言わないでおこうと決めた。
野本にはやりたいようにやらせておいて、自分から言いたくなるように仕向ける方向で動くことにした。
どうにもこうにも学者という職業の人たちはプライドと自意識が高い。
人に何かを言われてやるということをこよなく嫌う種類の人間でもある。
そもそもが、自分が人にあれこれと言う立場の人間なのだから、それはもっともな話なのかもしれない。
その上に付け加えて悪いことに、野本の場合は世界でも彼女一人にしかできない研究をしているという事実があることだ。
数字が頭の中に遊びに来るというのもまんざら冗談ではなさそうだ。ここへ来るまでの道程の中で面白いことを言っていた。
野本が見る物、食べる物、身につける物は全てが数字に見えているという。パトカーですら数字の集合体で作られていて、この世の全ては数字で繋がっている。耳に聞こえる音ですらも数字そのものだと、なんとも理解し難いことを言い、田ノ木の度肝を抜いた。
やはりその道のプロというものは人と違ってこそなれるものだ。
そしてその研究の評価は世界でも5本の指に入るわけだから、そのプライドの高さはエベレスト並みだ。
海外の大学の研究員にぜひともなってくれというオファーが毎年のように来ている。
もちろんそれは大学側の宣伝の一つにもなるし、今後野本がとんでもない研究成果を挙げたあかつきには、大々的に大学名を打って出られるというのも算段の一つになっている確かなことだ。
田ノ木は野本を始め他の3人も綺麗に調べ上げたが、安西と野本の接点だけがどうしても見つからなかった。
どこでどう繋がっているのかは、野本と安西本人だけにしか知らないことだが、その安西はいまだに意識が戻らないことには、野本を徹底的にマークするしかなかった。
根上、王、白戸の行方が分からない今、もうひとつのカギを握る野本に何もかも吐かせるしかなかったが、これはもしかしたら長くかかるかもしれないという不安が田ノ木の胸にのしかかる。
あまり長引かせるとあの3人の命も危なくなる。今のところ何も連絡が入ってこないところを見るとまだ生きているはずだ。
桜坂と幸元に連絡をしなければならないと、田ノ木は携帯電話の画面にまずは桜坂の電話番号を呼び出した。
自分の性格的に言うと、他人を待つということはそれほど長くはできないが、ギリギリまでは持久戦で耐えて事を運んでいこうと決め、喉元まで出かかっている言葉を唾と一緒に腹の中へ流し込み、病室内にもかかわらず、携帯電話の発信ボタンを押した。




