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【第五章】 シッポを掴め (王、白戸、根上にヨーコ)

 病院だけは分かった。

 あとはどうやってあの男を見つけ出すかだ。

 桜坂はもう今のところ使い終わったからいいとして、問題はあの二人。

 さて、どうやって情報を引き出そうかとタクシーの中で考えていた野本の携帯電話に着信が入った。

 警察からのものだ。

「はい、無視」

 座席に放り投げ、考えを巡らせていると、更に電話が鳴る。

 舌打ちをしながら画面を覗くと、そこには『幸元』と表示。

「来た。カモがネギ背負ってるといいんだけど」

 独り言はタクシードライバーにしっかりと聞こえ、バックミラー越しに野本と目が合う。

 野本はにこりと笑うと前を向いてと指で合図した。

「幸元さん、何か用事?」

「ちょっと話がありまして」

「なんの?」

「実は・・・」

 野本はビンゴ!とばかりにガッツポーズをし、行き先を幸元に指定された場所へと変更した。


 幸元は、あの男を知っていると言った。

 ついでに白戸も知っているということだ。彼女はあの男の子供が通う幼稚園の先生だ。

 子供がいたわけね、これはこっちにしてみたら好都合だけど、このお気楽主婦たちは、しれっと白を切るあたり、目ざといもんだと野本は腹で思う。

 これで、もう一つクリアできた。

 犯人であるかもしれないあの男を見つけ出すことに成功。

 しかし、警察で見たあの男・・・名前が出て来ないけど、まぁ、いいか。

 あいつが犯人じゃない可能性もまだ高い。誰かに雇われたのか、はたまた金目当ての成り行きか。

 カギはあいつが持っているから、会って話さなきゃ話にならない。

 指定された場所は幸元の家。

「あんたの旦那トレーダーだったよね?」

「質素でしょ?」

 クスリと笑った幸元は、野本の言いたいことを自分で言った。

 金はあるはずなのに、住んでいるところは普通のマンションで、誰でも住むことができるようないたって普通のファミリータイプだった。


「ここにはたまに来るだけで、こうして話があるときに使う程度です」

「・・・あぁ、そうなの。私たちのことは自宅には招かないって、そういうことね」

 嫌みったらしく言いながら椅子に座る野本に、申し訳なさそうに隣に座る白戸。

 違いますって。うちのハニーちゃんが人を招くのを嫌うんですよ。なんかこう自分のいない間に家に誰かが入るのが嫌なんだって。

 幸元は悪気はないということを全面に出し、一応、紅茶を煎れてみたりする。

「で、なんだっけ名前・・・」

「野本さん、もう歳なんじゃないですかぁ?ワンですよ。ワン・リュウユウ」

「そうそう、そんなかんじだった。で、どこ?」

「ここにはいません」

「は?じゃどこにいんのよ」意味無いじゃないここにいなきゃ。話が先に進まない。

さとる君は元気なんでしょうか?」

 野本は今更ながらに気がつく。ここには白戸もいたことを。

 やっと口をはさんだ白戸に、野本と幸元は一瞬、言葉につまったが、元気よ、ムカツクくらいねと幸元が言い、野本は、あんた子供嫌いなの?と突っ込む。

「子供なんて、うるさいだけで嫌。大嫌いよ」

「へー、そうは見えないけどね」

 野本の言葉に幸元は悲しい目を向けた。

「話を聞かせて」

 空気を切り変えたのは、やはり、野本だ。


 幸元と白戸はそれぞれに王との関わりを話した。

 幸元は旦那と王が繋がっていて、旦那は王を贔屓にしているが、その理由は分からない。でも、手を黒く染めることは無いはずだと言い切った。

 いやしかし、それはまた別の方向からも考えることが出来る。

 捕まえられるわけにはいかないということだ。

 もし王が警察の手に渡ったら、自分も芋づる式に日の当たる場所に掘り起こされる。

 それを阻止したければ、幸元の旦那は惜しげもなく金を使って、完璧に手を尽くすだろう。

 白戸は・・・これはもうそのままで、ただの先生と父兄の繋がりでしかない。

「もう帰っていいわよ白戸は」

「なんで私だけ?しかもなんかちょと嫌み」

「いいから、また連絡するわよ」

 そう言うと無理矢理白戸を玄関まで引っ張りだし、はい、さよならと言わんばかりにバッグを胸に押し込めた。


「うっわ、強引ー。大学でも学生にこんなんなんですか?超嫌われてそうなんですけど」

「うるっさいのよ、お気楽主婦が。学生はお客様ですからねぇ、そんなことしないわよっとに」

「ひっどー!そうやって傷つくことをばしばしと!白戸さんだってわざとこんなムカツク性格じゃないのにぃ」

「・・・それもひどいですよ・・・」

 小さな声で幸元に言うが、声が小さすぎて幸元の耳には届かない。

「あのね、あんたの方が素で嫌みだってこと、自覚したほうがいいわよ。さ、帰ってほら。はい、さよなら」

 あー・・・と力なく発する声は、玄関のドアが閉められたと同時に消し去られた。

 さて、振り返った野本は、玄関に置かれている姿見で自分の姿を確認している幸元を見て、残念な溜息をつく。

 しかし、下ごしらえは終わった。あとは上手に料理してやりゃぁいいだけだ。

 口角を上げて笑う野本の目に黒い光が宿った。




 強引に帰された白戸は、一台のシルバーのセダンがゆっくりと走ってくるのを横目に、引かれないように道路の耳(端っこ)の部分を歩いた。

 それは常日頃から園児達に道路を歩く時に言い聞かせている言葉だった。

 シルバーのセダンは不気味に近づき、白戸の真横で止まって声を掛けた。

「すいませーん」

「は、はい」

 こんな車に見覚えは無いけど、運転手は綺麗な女性。

 そこに気を許した白戸は、どうしました?と、聞き返した。

 後ろ。

 と、運転手が指さした方、後部座席を覗き込むとそこにいたのは、王だ。

 なぜ?王さんがここに?しかも、口をテープでがっちり貼られて、声が出せないでいる。首を振り、んーんーと鼻で声を出しているけど、それは声にならない訴えとして車内に響き、そして両腕、両足は縛られていた。

 傍らには涙を流す子供が一人、王の息子だ。

 彼もまた王と同じように拘束されている。

「乗って」

 笑顔で白戸に言う女性の手元には、鋭利な刃物がキラリと光っていた。

 ひーーーーーっと呼吸を深く肺に入れた白戸はその場に固まった。

「乗って!」

 同じ言葉も強めに言われたら、迫力がある。

 白戸は指示された助手席の扉を震える手で開けて、やむを得ず乗り込む。

 人通りは多かったが、女性と女性が話しているので、誰も不信には思わない。白戸が乗り込むと、車は速やかにその場から走り去った。




「田ノ木さん、白戸が拉致られました。王も一緒です」

 根上はこのシルバーのセダンを事件のあった日、例の4人の淑女が事件後に落ち会い、2階のレストランで食事をしている時に自分たちの車の後ろに止まっていたのを覚えていた。

 4人の姿を確認すると、すーっと横を通り抜けたセダンもめざとく確認し、そのナンバーまで手帳に書き込んでいた。

 もちろんその時の運転手が女であることも記帳済みだ。

 抜かりがない。

 それが根上の良いところだ。

 いや、むしろそれしかない。

 典型適なA型はここでいかんなく発揮されるが、その他の部分においてはB型の血が流れているのかと思うくらいに、自己中心的な考え方だった。

 こんな性格のため、友人と呼べる人はいないに等しい。

 いつも一人で行動し、群れになってつるむのを嫌う一匹メス狼だが、責任感は強く、きつい口調の裏っ側には人情がちらちら顔を覗かせたりもしている。

 4人のお気楽組がブランチをしている時だって、根上が田ノ木にかけあって迎えに行ったようなものだ。

 一人一人を警察に召還することだって簡単にできたわけだが、どうにもこうにもこの所属不明のシルバーの車が気になり、いつか何かがもしかしたらあるかもしれないと気を配っての配慮だった。

「追え。こちらもすぐ向かう」

「もう追ってます」

 根上は覆面パトカーでシルバーのセダンの後を追いかけた。

「いいか根上、逃がすんじゃねーぞ」

「そんなの言われなくても分かってます」

 いつも通り、一言多い返事をして無線を切った。


 シルバーのセダンを運転している女性はバックミラーで根上の車を確認すると、目を細めて舌打ちをし、携帯電話を片手にどこかへ電話をかけた。

「つけられてる」

 白戸は助けが来たのかとばかりに後ろを振り返ったが、そこには王親子しか目に入らなかった。

 王と目が合った白戸は気まずくうつむき、体勢を元に戻した。

「あれは撒くから、あとよろしく」

 女性は電話を切ると、白戸の方を見てクスリと笑う。

「残念だったわねぇ、白戸さん」

 何かを知っているように白戸に話しかけ、その言葉に白戸は赤くなった。

「ちゃんとつかまってなさいよ」

 白戸が顔を上げた時、白戸は自分の体が左側の窓にぶつかる衝撃を受けた。

後部座席の二人も左に流され、窓に頭をぶつけた。

 女性はハンドルを右に切り、赤信号を無視して猛スピードで細い道を右折した。

 後ろからは根上の運転する覆面が追いかけてくる。赤色灯を作動し、ファンファンファンファンとけたたましい音を上げている。

「もう、逃げられないわよ」

 助けが来たんだ!と、ここぞとばかりに女性に言ったが、笑みをこぼされただけで、話はそれ以上続かなかった。

「好都合なのよ、こっちにはね」

 言い終わったとたん、ハンドルを左に切り、更に細い路地に入り込む。

 白戸も後ろの二人も左右に流される。白戸はシートベルトのおかげで体は固定されているが、後ろの二人は体の自由を奪われているため、為す術がない。

 サイレンが鳴り響き、「止まりなさい!」と大きな声で根上が怒鳴っている声が聞こえるが、女性はどこ吹く風だ。カーチェイスを楽しんでいるようにすら見える。

 女性は鼻歌まじりにハンドル操作をするあたり、これが始めてのカーチェイスじゃないということを感じさせる。

 大きい通りに出たところで左に曲がり、路肩に急停車させた。

 その衝撃に、今度は前のめりになり、後ろの二人は前の座席の背に顔面からぶち当たった。

 女性はというと、そんなことは知ったことではないとばかりにハザードをつけて、その場で待つ。

 耳にはまだサイレンの音が聞こえているが、少し遠い。けっこうな距離を撒いてきたようだ。

 バックミラーをじっと見ている女の口元には楽しくて仕方ないという笑みが溢れ、目は爛々と輝き、ネイルの施された長い指で、ハンドルをトントンと叩いている。

 ぬらりと出て来た根上の車を捉えると、真っ白い歯を見せてにたりと笑い、髪を後ろにはらうと、運転席のドアを開けた。

 残された3人はびっくりして目を見開きその場で固まる。

 運転席のドアが閉まるのと同時に、サイレンがぴたりと消えた。


 人通りも多いし、外野だってたくさんいるが、女は堂々と振る舞っていた。

 覆面パトカーの運転席にはぐったりとした女性の姿、

 根上は大通りに出たところで右側からトラックにぶつけられた。

 その衝撃でサイレンは消え、根上は気を失った。

 デニムにTシャツのラフな男が二人、トラックから降りてきて、慣れた手つきで根上を車から引きずり出した。

 女性は根上の内ポケから警察手帳をすっと引き抜くと、辺りにいる外野に見せ、あたかも自分が刑事であるかのように振る舞い、外野を安心させた。

 ぐったりした根上は男に抱えられて、前に停めてあるシルバーのセダンに積み込まれたが、途中で意識が戻るとやっかいなことになるので、車に積まれた時には、もちろん両手両足を縛られた。

 女性は涼しい顔をして、二人の男に「あとは宜しく」と言うと、白戸に笑いかけて、パーキングからドライブへチェンジさせ、サイドブレーキを下ろした。

「・・・あなた・・・誰なの?」

 恐怖しか感じない白戸はこの女が誰なのかを知りたかった。というか、何かを話していないと怖くて仕方がなかった。

「私?そんなことが知りたいわけ?・・・ヨーコよ」

 ヨーコ・・・

 白戸は頭の中に、『ヨーコ』という名前を叩き込み、過去に関わりがなかったかどうかを検索してみたが、その名前はどこにも見つからなかった。

「無駄よ。あなたの頭の中には私の名前は入っていないから」

 読まれている。

 白戸は一生懸命考えた自分に若干の恥ずかしさを感じながらも、これからどこに連れられて行くのか、不安でいっぱいだった。



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