訃報
「それで、アンナにすごいご馳走をしてくれるっていう話はどうなったの?」
「いや、それはその、鋭意努力中というか、可及的速やかに善処しているというか……」
「またそんなこと言って。誰のおかげでミレイユさんを奴の魔の手から救えたと思ってるの?」
その日、俺は自室でアンナに迫られていた。
普段は明るくいつもにこにこしていて、頼んだことは何でも引き受けてくれるアンナだが、食べ物のことになると目が怖い。しかもアンナのおかげでミレイユを助けられたのも事実なので余計に言い返せない。
「でも見ての通りうちの財政は火の車で……」
他の家も徴兵と戦費の負担で苦しんでいるのだろうが、エクハルト家は付近に比べて税率を低く抑えている。その負担がもろに俺たちの暮らしに直撃しているという訳だった。
「いや、そこをどうにかするのがカミルの仕事でしょ?」
「それはそうだけど……」
俺が言葉に詰まった時だった。
「大変です、カミル様!」
バタン!!
そんな声とともに勢いよくドアが開け放たれ、一人の兵士が中に入ってきた。
本来ならただの兵士がノックもせずに入ってくるなと叫ぶところだが、彼の様子を見て俺は思わず息を飲む。彼は領内ではなく遠征地から帰ってきたのだろう、着ている鎧は血と泥にまみれ、全身に傷を負い、息は上がっている。
そのただならぬ様子を見てアンナは空気を読んで俺から離れ、俺も神妙な面持ちで向き直った。
「一体何事だ」
「はぁ、はぁ、先日東異との間で起きたアルポリの戦いにおいてハーゲン伯爵閣下が討死、ラルフ様もその時の傷が元でその後すぐにお亡くなりになりました!」
「何だと……?」
それを聞いた俺は思わず絶句してしまう。
兵士の様子から遠征軍で何かあったという想像はしていたが、父だけでなく兄までもがいっぺんになくなるなんてことがあるのか? 二人ともカミルの記憶を通してしか知らないが、それでも信じられない。
父は何度も戦場に駆り出されて生き延びてきただけあって、今ではすっかり熟練の将となっていた。特別に勇猛という訳ではないが、大敗しないような戦いを常に心がけていたらしい。
一方の兄は俺と違って武勇に優れ、家臣たちにも慕われていた。いくら東異相手の戦いが厳しいとはいえ、戦場で不覚をとるとは思えない。二人一緒とならば猶更だ。
「そ、それは本当か?」
「はい、本当でございます!」
そう言って兵士は俺に用件を伝えるという使命を果たしたからだろう、全身から力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。その様子を見ると嫌でも彼のもたらす報告が事実であったと思わざるを得ない。
「そんな……」
ラルフは俺より一か月ほど早く生まれた兄で、普通の兄弟ではありえない年の近さと、母が違うということもあって俺たちはどちらかというと兄弟よりは幼馴染のようにして育ったらしい。親が片方違うせいか性格も正反対で、兄は武芸を好んだが俺は書物を好み、兄は何事も真面目で俺は不真面目だった。
それでも昔のカミルはそんな兄に懐いていたらしく、彼も俺のことを何かにつけてかわいがってくれた。
俺がアストレア帝立学園への留学を希望した時も、最初父は難色を示した。理由は家の人手が厳しいことに加え、財政が厳しかったからだ。が、その時も兄は父上を説得してくれたという。
その後俺がお礼に行くと、
「気にするな。それよりお前は意外とモテるし、いい逆玉を見つけて俺を楽させてくれよ」
そう言って笑ってくれた。
それを思い出すと、直接会ったことがないというのに目じりが熱くなってくる。
すると兵士がおもむろに懐に手を入れた。
「あの、カミル様。ラルフ様が最期に書いたお手紙を預かっております」
そう言って一通の封書を取り出した。
そうか、父は戦場で討死したが、兄は遺言を書く余裕はあったのか。
「これについてはおひとりで読むようにとの言伝を受けておりますので、私はこれにて」
そう言って彼は封書を渡すと去っていく。それを聞いてアンナも軽く頭を下げると彼に続いた。
先ほどまでのアンナとの押し問答が嘘のように静まり返った部屋で、俺は震える手で封書を開く。
『カミルへ
まずは俺がついていながら父上を守りきれなかったこと、申し訳ない。国内にいた時は東異など蛮族同然のように言われていたが、彼らはなかなか優れた技術を持っていて、強い武器を使ってくる。何より俺たちは遠征軍なので兵站がない。確かに陛下の軍は強く、戦えば連戦連勝だがそのたびに物資は減っていく。そして我々は連勝するままに敵の要衝であり、食糧をため込んでいる拠点であるアルポリに誘いだされ、罠にかかって大敗したという訳だ。
いや、そんな経緯は後で誰かが伝えてくれるだろう。問題は父上だけでなく俺も深い傷を負ってしまったことだ。自分では分かるが、恐らくもう長くはないだろう。そしたらお前がエクハルト伯を継ぐことになる。お前はそういうのが嫌いそうだから俺が跡を継ぐつもりでいたが、それが叶わずに申し訳ない。かくなる上はお前にエクハルト伯家の行く末を託させてもらう。
とはいえ一つ言っておきたいのは、お前の素質は俺以上だということだ。お前は本気で俺のことを尊敬してくれていたようだし、確かに皇帝に仕えて忠勤を励み、大過なく家を保つなら俺の方が向いてる自信はある。
しかし今の帝国は相次ぐ遠征で外に軍は疲弊し、内に佞臣がはびこり、兵は傷つき、民は疲れ果てている。そのような困難な状況の中、エクハルトの民や領地を守るためにはただ今まで通りの貴族らしく忠勤を尽くすだけでは足りないだろう。
お前の評判については色々と聞いているが、俺はお前にはまだまだ眠っている才能のようなものがあると思っている。言っておくが、これは世辞や追従ではない。もうすぐ死ぬのにそんなことをしても仕方ないからな。
重ね重ね、お前を置いて旅立つことになってすまない。エクハルト伯をよろしく頼む。
ラルフ・アーノルド』
「兄上……」
最後まで兄らしい言葉の数々に、読んでいるとまるで本当の兄を失ったような悲しみに包まれてくる。
が、そんな風に何度も手紙を読み返しながら兄の死を悼んでいたところで俺はふと気づく。
遠征の戦況や兄の気持ちも大事だが、この手紙で最も重要なのは最後の部分ではないか。直接的には書かれていないが、「帝国はもうだめだ。今後家を守るためにどうするかはお前が自分で考えろ」と書いてあるように見える。というか、そうでなければわざわざ「一人で読むように」なんて言伝はしないだろう。
兄は俺と違って優等生で、普通なら皇帝に逆らうということなどは考えもしないような性格だったようだ。しかしその彼をもってしても疑問を抱くほど、今の皇帝の遠征は無茶なのだろう。そしてそれほど無茶な遠征でなければこんな、父と兄がまとめて倒れるようなことにはならないはずだ。
ならば俺はどうすれば、と考えていると、コンコンとドアがノックされる。
「あの、入ってもよろしいでしょうか」
ドアの向こうから聞こえてきたのは家臣のライナーの声だった。きっと訃報を聞いて駆け付けたのだろう。
「ああ、入ってくれ」
「失礼いたします」
入って来たライナーの目は真っ赤だった。俺はどちらかというと兄の死を悲しんだが、彼にとって父は何十年も仕えた主君だから、さぞ堪えたことだろう。彼は絞り出すような声で言う。
「まさかこのようなことになってしまうとは……。カミル様、今後我らはいかがすればいいでしょうか」
そうだ、今までは辺境貴族の留守を預かる次男という気楽な立場だったが、これから俺はこの家の当主にならなければならないのか。
そう思った俺は必死にカミルの記憶にあるこの世界や貴族についての知識を辿りながら、とりあえず今やらなければならないことを考える。
「葬儀をしようにも遺体が戻るまでは出来ないな。とりあえず、急ぎ家督継承の儀を行おうと思う。内政に関してはこれまで通りおぬしたちに任せて俺が決裁をするということでいいだろうが、軍に関することは俺は一切把握してなかったからな。そちらについても屋敷にある資料があれば全部見せてくれ。周囲への挨拶も必要だろう、挨拶先は多数になるから右筆の手配を。それから……」
俺は家督を継ぐにあたって必要だと思われることを矢継ぎ早に口にしていく。
それを聞いて最初は落ち込んでいたライナーの表情に少しずつ生気が宿ってくる。
「……という辺りをとりあえず全部頼む。ん、どうしたライナー」
話し終えた俺は思わず彼の変化が気になってしまう。
「いえ。やはりカミル様はこれまで実力を隠していただけだと分かってほっとしたのです」
「そんなつもりはないが……」
ハーゲンもラルフも俺の本当の父や兄ではなかったから冷静に対応に出来ただけなのだが、もしカミル本人だったらどうだっただろうか。とはいえ普段俺に厳しいライナーがそう思ってくれたのなら良しとするか。
それに先ほどの手紙にあった兄の評価や、前に聞いたミレイユの評価などを合わせるに、どうも俺は実力を隠しているキャラだと思われていた節があるらしい。ならばこの際それを利用させてもらうか。
「いや、そうかもしれないな。これからは実力を隠すようなことはもうしない」
「さすがカミル様。閣下の訃報は悲しいものでしたが、それを聞けば悲しみも相殺されようというものでございます」
そう言ってライナーは再び目を潤ませる。
どうやら俺は自分で思った以上に兄上の存在に甘えていたようだ。
こうしてこれまでとは打って変わって、俺の忙しい毎日が始まった。




