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第四話 防衛機能:守衛ゴーレム


 巨体に似合わぬ速さだった。石畳を踏み砕くような音と共に、守衛ゴーレムの腕が振り下ろされる。空気が唸り、重い衝撃が一直線に迫った。


「ラフェル様とフローレンス嬢は下がってください」


 セシルが静かに言う。次の瞬間、彼の姿が消えた。いや、消えたように見えただけだ。踏み込んだ一歩があまりにも速く、視線が追いつかなかっただけだった。銀の刃が閃き、振り下ろされた石の腕を横から弾く。


 鈍い金属音が響いた。ゴーレムの腕が軌道を逸れ、石畳に叩きつけられる。地面が砕け、粉塵が舞い上がった。


「硬いですね」


 セシルは軽く息を吐く。その声はいつもと変わらない。丁寧で落ち着いた、いつもの口調だった。だが、刃の先が微かに震えている。衝撃を完全に殺しきれなかったのだろう。リューヌが隣に並ぶ。


「石人形にしては上等だね」


 低く呟くと同時に、右手に集めていた魔力を放つ。紅い光が弾けた。圧縮された魔力弾が一直線に飛び、ゴーレムの胸部へと叩き込まれる。爆ぜるような衝撃音と共に石片が飛び散った。だが――ゴーレムは止まらなかった。


『排除対象。戦闘能力確認』


 機械の声が淡々と告げる。胸部の石が崩れ落ち、その奥で刻まれていた文字が淡く光った。まるでそれ自体が動力であるかのように、砕けた部分がゆっくりと再構築されていく。


「自己修復機構までありますの……?」


 フローレンスが驚いた声を漏らす。


「迷宮の魔導回路……信じられませんわ」


 ゴーレムが再び腕を振り上げる。今度は二本同時だった。空気が裂ける。セシルがすっと目を細めた。


「リューヌ」

「分かってる」


 二人は同時に動いた。セシルは前へ。リューヌは横へ。振り下ろされた腕の間を滑り込むように潜り抜け、セシルの剣が関節部分を狙う。鋭い斬撃が走り、石の装甲に細い亀裂が走った。だが、砕けない。


「……やはり硬いですね」

「なら、砕くまで、だよ」


 リューヌが低く言う。魔力が膨れ上がった。周囲の空気が震える。吸血鬼の血に宿る魔力は、普通の魔術師とは質が違う。濃く、重く、粘るような力だった。


 次の瞬間。紅い閃光が弾けた。衝撃波が石畳を走り、ゴーレムの体を正面から打ち抜く。さすがに効いたのか、巨体が一歩後ろへ下がった。しかし――


『戦闘継続』


 淡々と告げる声。ゴーレムの体表に刻まれた文字が一斉に輝き始めた。その光を見た瞬間、フローレンスが叫ぶ。


「まずいですわ!」

「何が?」


 僕が尋ねる。


「魔力収束ですの!」


 言葉と同時に、ゴーレムの胸部に光が集まり始めた。文字が魔導陣のように組み替わり、中央へ魔力を流し込んでいく。


「砲撃型……!」


 フローレンスの声が緊張を帯びる。セシルが一瞬だけこちらを振り返った。


「ラフェル様も、少し離れてください」

「でも……」

「問題ありません」


 静かな声だった。それから、ほんのわずかに微笑む。


「この程度でしたら」


 そう言って、再び前を向いた。ゴーレムの胸部の光がさらに強くなる。次の瞬間、放たれる。そう思った時だった。


「うーん」


 のんびりした声が響いた。壁にもたれていたフリューゲルが、顎に手を当ててゴーレムを眺めている。


「思ったよりちゃんと動くね」


 完全に観戦している口調だった。リューヌが苛立ったように振り返る。


「おい」

「んー?」

「そろそろ止めろ」


 フリューゲルは少し考えるように首を傾げた。


「もういい?」

「十分だろう」

「そう?」


 フリューゲルはゆっくりと壁から体を離す。そして、ゴーレムへ向かって軽く手を叩く。乾いた音が響いた。


「はい、そこまで」


 たったそれだけだった。それだけで――ゴーレムの光が消えた。胸部に集まっていた魔力が霧のように散り、体表の文字も一斉に沈黙する。


『……』


 機械の声が途切れた。ゴーレムはそのまま、ぴたりと動きを止める。まるで糸が切れた人形のように。セシルがゆっくりと剣を下ろした。


「……止まりましたね」


 リューヌがため息をつく。


「最初からそうしてよね」


 フリューゲルは肩をすくめた。


「だって、ちょっと見てみたかったし」

「何を」

「君たちの実力」


 悪びれもせず言う。それから、にこっと笑った。


「なかなか面白かったよ」


 リューヌが呆れたように額を押さえた。その様子を見ながら、僕は改めてゴーレムを見上げる。体表に刻まれた文字列。あの形。見覚えしか無かった。胸の奥が、わずかにざわついた。


「……フローレンス」

「ええ」


 彼女も同じものを見ていた。ゴーレムの胸に刻まれている文字を。


「迷宮文字……」


 小さく呟く。


「でも」


 少しだけ眉を寄せた。


「あまりに、似ていますわ」

「何に?」


 僕が尋ねる。フローレンスは一瞬だけ僕を見た。そして、ゆっくり言う。

 

「ミスターラフェルの文字に」


 胸の奥のざわめきが、少しだけ強くなった。


「ラフェル様、お怪我はありませんか」


 セシルが静かに振り返り、いつも通りの丁寧な口調で確認してくる。その声音に現実へ引き戻され、僕は小さく頷いた。


「うん、大丈夫」


 答えながらも視線はゴーレムに向いたままだった。つい先ほどまで猛然と動いていたはずの巨体は、今や完全に沈黙し、ただの石像のようにそこに立ち尽くしている。


 フローレンスがゆっくりと歩み寄り、一定の距離を保ったまま手をかざした。直接触れることはせず、指先に宿した魔力で表面の文字をなぞるように観察している。


「……やはり、ただの刻印ではありませんの。完全に魔導回路として機能しているのだわ」


 その声音には、抑えきれない知的好奇心が滲んでいた。リューヌが腕を組み、わずかに顎を引く。


「さっきの修復もそれだよね」

「ええ。内部で魔力が循環する構造ですわ。外部供給がなくても動き続けるよう設計されています」


 一拍置いてから、フローレンスはわずかに目を細めた。


「理論としては存在しますけれど、ここまでの規模と精度は……少なくとも、(わたくし)は見たことがないのだわ」


 その言葉に、フリューゲルが楽しげに笑う。


「でしょ? だから言ったじゃん、特別だって」


 軽い調子でそう言いながら、ゴーレムにちらりと視線を向ける。フローレンスはその言葉を受けてゆっくりと振り返った。


「では、これは迷宮固有の技術なのかしら?」

「半分正解かな」


 フリューゲルは人差し指を立てて、少しだけ首を傾げる。


「正確には、迷宮“になった”技術」

「……どういう意味ですの?」

「そのままだよ。ここ、最初から迷宮だったわけじゃないし」


 あまりにもあっさりと告げられたその言葉が、空気の重さをわずかに変える。リューヌが目を細める。


「国だった、って話か」

「そうそう」


 フリューゲルは軽く頷き、どこか楽しそうに続けた。


「ちゃんとした国だったよ、ここ」


 その言い方は軽いが、含まれている内容は決して軽くない。僕は無意識に周囲を見渡した。


 白い建造物が整然と並び、空中に浮かぶ回廊が複雑に絡み合い、その間を天使たちが行き交っている。この光景のすべてが、かつては一つの“国”だったのだとしたら――


「……どうして、迷宮に?」


 自然と口からこぼれた問いに、フリューゲルは一瞬だけ言葉を止めた。ほんのわずかな間のあと、肩の力を抜くように笑う。


「それは、ボクが説明するより本人に聞いた方がいいかなぁ」


 あくまで軽い調子に戻しながら、前方へ視線を向ける。


「フィガロの方がちゃんとしてるし」


 セシルが一歩前に出て、静かに問いを重ねた。


「では、フィガロ様はどちらにいらっしゃいますか」

「もうすぐだよ」


 フリューゲルが指し示した先には、ひときわ高くそびえる白い塔があった。他の建物とは明らかに格が違い、空へとまっすぐ伸びるその姿は、この場所の中心であることを否応なく示している。


「中央塔。だいたいあそこにいる」


 その言葉を合図にしたかのように、僕たちは再び歩き出した。ゴーレムの脇を通り過ぎる瞬間、どうしても視界に入るその文字に、足がわずかに止まりかける。


 やっぱり、似ている。僕が書いた文字と。偶然とは、思えないほどに。


「ラフェル様?」


 セシルの呼びかけに、意識を引き戻される。


「……ううん、なんでもない。行こう」


 視線を前へ戻し、歩を進める。フリューゲルはすでに少し先を歩いており、まるで散歩でもしているかのような軽い足取りでこちらを振り返った。


 その背中を追いながら、僕は考える。この場所はただの迷宮ではない。そして、自分がここに来たことにも、きっと意味がある。


 白い塔がゆっくりと近づいてくる。その先にいるはずの存在を思い浮かべながら、僕は無意識のうちに手帳を強く握りしめていた。

今後は不定期更新になります

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