14.バルハ領の減税〜ファビアside
「バルハ領の減税が、正式に国から認められたみたいだ」
報告書を読んだ私は、クスリと笑う。
対面に座るヘリオスへそう言いながら、手にしていた報告書を差し出した。
私がバルハ領主であるマルク=コニーと最後に話したのは、半年前。
話した翌日早朝、コニー男爵が川に投身自殺をしていると勘違いしてしまった。
あの日の事は、今でも鮮明に覚えている。
あれ以来、何故かコニー男爵が気になるようになった。
部下に頼んで報告書を上げてもらうのも、そのせいだったりする。
「コニー男爵はメルディ領から自領に戻った翌月から、海沿いの領地に赴いて廃棄する貝殻を無償で引き取っていると風の噂で聞いた」
「貝殻?
小麦畑の土壌改善の為かな?
でも小麦は、今年も例年通りに作っているみたいだけれど」
ヘリオスの言葉に首を捻る。
半年前。
メルディ領を訪れたコニー男爵は、私に融資を願い出た。
領地を持つ者として、他領との助け合いも時に必要な事はある。
だからバルハ領の小麦収穫量が今後改善し、融資した金を返せるかどうか、見込みについて尋ねた。
あの時のコニー男爵は、畑の土壌を改善する話は特にしなかった。
一応、私にも小麦栽培について幾らかの知識はある。
本で学ぶ程度だが。
バルハ領は小麦栽培を領収の主としている。
もしバルハ領が貝殻を集めているのなら、畑に埋めて土壌を改良するのかなと予想はできるのだけれど……。
報告書には、小麦についても書かれている。
例年通りに行っているとあった。
とは言え貝殻を畑に埋めても、畑の土が貝殻を吸収し、土壌が良くなるまでには、時間がかかるのではなかっただろうか。
だとすると貝殻は、別の何かに使うのかな?
「ま、俺が関わる領地じゃないから」
ヘリオスはコニー男爵、その人に興味はない。
幼馴染の私が気にかけている人物だから、気になっているようだ。
「ウォッシュナッツ?
聞いた事ないな。
……緑茶?
緑茶は……どこかで聞いた事あるな?」
報告書を片手にブツブツと呟くヘリオス。
いくら長年の付き合いがあるからと言っても、行儀悪くソファに寝転がるのはどうなんだろう。
「15年前くらいだから……私達が出会ったばかりの十歳前後の時かな。
外国から輸入されたものの、苦さのせいでこのユカルナ国じゃ流行らず、廃れたお茶があったでしょ」
「苦いお茶……ああ、思い出した」
私の言葉で、ヘリオスが起き上がった。
「ファビアが持って来て、一緒に飲んだんだ。
紅茶と同じ種類の木に生える茶葉だって言ってたよな。
飲んで、あまりの苦さに二人して吹き出した緑色のお茶だ」
ヘリオスは当時の光景を思い出して、懐かしむように笑う。
「そう、その緑色のお茶。
見た目も香りも爽やかで、凄く良かったんだけどね」
「何で他国のお茶が、バルハ領にあったんだ?」
「緑茶が流行り始めた頃、バルハ領の領民が緑茶の味を気に入って、苗を取り寄せて育ててたらしい。
ほら、ここ。
報告書に書いてあるでしょう」
ヘリオスの方に顔を寄せて、報告書に書かれてある部分を指でつつく。
「ち、近い……あ、いや。
あんな苦いお茶を気に入るって、バルハ領は領主も含めて個性的だな!」
ヘリオスが頬を染めて、何かモゴモゴ言った?
と思えば、少しテンションを上げて笑う。
情緒不安定気味かな。
でも報告書に書いてある内容は、確かにバルハ領の個性を窺わせる内容だ。
「で、それを飲料としてじゃなく、消臭に使うのか……ぶふっ。
絶対、バルハ領主は自分の加齢臭対策に使ってんだろ!
自分に使おうとして、思いついたに金貨一枚!」
ヘリオスが自信満々に賭けをし始めた。
「賭けになんてならないよ。
確かにコニー男爵の加齢臭は、対策が必要なレベルだ。
本人も自覚してたみたいだから、きっかけは自分への消臭対策だったのかもしれない。
私もヘリオスと同じ意見だから」
コニー男爵を川から引き上げる際、私の鼻腔をガツンと刺激したあの独特で強烈な臭い。
申し訳ないけど……まあ……ね……。
「ちえっ。
ファビアも、たまには賭けで羽目外せば良いのに。
金に関しては真面目だよな。
今回の賭けは自信あったのに」
「はいはい。
それ以外にも書いてある事を、ちゃんと読んでみてよ」
「ああ、ウォッシュナッツだろ?
初めて聞く名前だ」
「用途が洗濯用石鹸らしいからね。
私もヘリオスも知らなくて当然だ」
私達が洗濯物を洗う事はない。
下女の仕事だ。
「へえ……よくある石鹸と違って、肌に優しいねえ。
確かに石鹸だと肌荒れするからってので、世の女性達は保湿クリームに化粧水をこれでもかってくらい使うよな」
「そう。
特に貴族女性より、水仕事をする下女に人気が出てる」
「洗濯後の手入れじゃなく、洗剤そのものに着目してんのか。
あんまり無い発想だな」
ここに来て、ヘリオスが初めてコニー男爵をまともに褒めた。
まあ正直、褒めたというよりも単なる感想に近いのだろうけれど。
すると、どうしてか私も嬉しくなっていた。
つい頬が弛んでしまうのを自覚する。
おかしいな。
コニー男爵と会ったのは、二度。
それもまともに話したのは初めて会った日。
金の話をしただけだった。
自分の中でコニー男爵への好感度が高い事に、内心首を捻る。




