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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章 「まだ、帰らない。」

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第35話 Dグレードの、影

◆ ウラベダン入口・朝


 今日は奥まで行く。


 昨夜からそう決めていた。あの冷たさが、まだ背中に残っていた。


 ウラベダンの入口に来ると、ドルグが門柱の横に立っていた。いつもの場所だ。


ドルグ(門番):「今日も行くのか」


ヨーヘイ:「奥まで」


ドルグ(門番):「……そうか」


 それだけだった。ドルグは台帳に記録を入れた。日付と名前。毎回同じ手順だ。それが村の日常になっている。自分が「毎回来る人間」になったことを、その手順で確認する。「また行くのか」から「今日も行くのか」に変わった。いつから変わったか分からないが、変わっていた。


 フィンが先に歩き始めた。途中、一度耳が立った。


 村の南側を向いていた。一拍だけ。それからすぐに戻って、前を向いた。


ヨーヘイ:「今日はいないか」


フィン:「キュッ」


 石段に向かった。


◆ ウラベダン・2層


 2層の空気は今日も変わらなかった。


 岩の湿り気、発光苔の淡い光、足元の砂が細かく均一に敷かれた感触。2層に入って何日目かを数えなくなった。数えなくてもここの感触が分かる。それが慣れということだった。


 最初の角を曲がった瞬間、解析さんの声が来た。


解析:「……前方に3体。右の岩陰に2体、左の段差下に1体。同時に動きます」


 聞く前に来た。戦闘が始まる前に解析さんが頭の中に割り込んでくる。この感覚にはもう慣れた。でも「同時に動く」という言葉が今日は早かった。


 フィンが右前に向いていた。耳が立っている。食欲の方向じゃない。


ヨーヘイ:「リリさん、左」


リリア:「……分かりました」


 言葉が終わる前にリリアが左に動いていた。段差の角度を測るような目で足を置いている。岩場の立ち回りは1層の頃より格段に速くなっていた。


 右の岩陰から2体のイワハサミが出てきた。同時だった。


 1体目——《瞬歩》で右に踏み込んだ。岩壁を蹴った反動で体が回る。刃が腹部継ぎ目に当たった瞬間、解析さんの声が重なった。


解析:「……2体目、左ハサミが上に来ます」


 聞く前に体が動いていた。《二刀流》の左剣を上に向けた。金属が当たる感触が来た。ハサミを弾いた。そのままの勢いで右剣を返して継ぎ目に入れた。2体目が止まった。


 左から、槍の音がした。


 振り向かなかった。リリアが仕留めた音だと分かった。段差下のドウクモグラだ。


ヨーヘイ:(3体、終わったか)


 息を整えながら左を見た。リリアが槍を引いていた。問題なかった。フィンが素材の周りを回りながら鼻をひくつかせている。


解析:「……《瞬歩》と《二刀流》の連携、精度が上がっています」


ヨーヘイ:(それは報告なのか褒めなのか)


解析:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(やっぱりそっちか)


 素材を収納して、奥に向かった。


 次の角を曲がったところで、ドウクモグラが地面から出てきた。今度は1体。だが出てきた方向が悪かった。岩棚の真下——《瞬歩》で踏み込める距離じゃない。狭い。


 ドウクモグラの前脚が振れた。


 避けきれなかった。左腕の外側を掠めた。皮が切れた。大したことはないが、血が出た。


 舌打ちが出そうになった瞬間、リリアが来た。


リリア:「……少し、待ってください」


 槍をしまって、左手でヨーヘイの腕を包んだ。白い光が滲んだ。ぼんやりした光だった。昨日2層で見た光とは違う。もっと意図的な、静かな光だった。熱くも冷たくもなく、ただ傷の縁が閉じていくような感覚があった。


 数秒で止んだ。


ヨーヘイ:「……治った」


リリア:「……少しだけです。深くなかったので」


ヨーヘイ:(少しって言うけど、今のは意図的に出してたぞ)


 リリアが自分の左手を一度見た。それから前を向いた。「何でもない」とは言わなかった。それが今日と昨日の違いだった。


 ドウクモグラはリリアの槍が片付けていた。ヨーヘイが考える前に終わっていた。


ヨーヘイ:「ありがとうございます」


リリア:「……次は、狭い場所では先に教えてください」


ヨーヘイ:「気をつけます」


リリア:「……私も、もう少し速く出せるようにします」


 静かな声だった。でも決意の入っている声だった。それがリリさんらしい言い方だとヨーヘイは思った。「やってみる」じゃなく「出せるようにする」。もう迷っていない目だった。


 残りのコースを回った。


 2層の中ほどを過ぎると、天井が少し低くなる。岩の質が変わる。1層の砂岩から、ずっと密度の高い何かに。叩くと音が違う。岩の中にいる時間が長くなると、岩のことが分かってくる。


 その先に、初めて奥の壁が見えた。


 2層の突き当たりだ。岩が積み重なってできた自然の壁。その左手に、石段があった。下に続いている。3層への入口だ。


 リリアが先に気づいて、立ち止まった。


 グローブをもう一度、締め直していた。右手の方を。確かめるような手つきだった。それだけだった。ヨーヘイは何も言わなかった。


◆ 3層入口


 石段を降りると、空気が変わった。


 2層とも1層とも違う。温度が低いだけじゃない。空気の密度が違う。2層は岩の湿り気があった。3層は乾いている。乾いていて、冷たくて、音が全部吸い込まれていく。


 発光苔がない。


 ヨーヘイが《収納》から火起こし石を出そうとした瞬間、解析さんの声が来た。


解析:「……感知します。少し、待ってください」


 ヨーヘイは手を止めた。


 《解析》Lv2の感知範囲が稼働している。壁の向こうまで、ヨーヘイには見えない範囲まで、解析さんが見ている。その間が長かった。長すぎた。


解析:「……前方、50m先。感知範囲の外まで確認しています。動いています」


ヨーヘイ:(何が)


解析:「……」


 答えは来なかった。その沈黙が答えだった。


 その時、目が慣れてきた。


 3層は完全な闇ではなかった。岩の隙間から、どこか遠い場所の光が滲んでいる。どこから来る光なのか分からない。1層の発光苔とも違う。もっと深い場所の、別の光だ。目が慣れてくると、輪郭だけ、分かるものがあった。


 遠い。50mは遠い。でも大きかった。


ヨーヘイ:(でかい)


 大きさだけ分かった。形は読めない。輪郭がぼんやりしている。地面を這っているのか、立っているのか、それさえ分からない。息をしているかどうかも分からない。ただそこに、ある。存在しているという事実だけが、50m先の暗がりから来ていた。


 2層のイワハサミより、ドウクモグラより、上の桁の大きさだ。比べることが間違いのような大きさだ。


ヨーヘイ:(なんだあれ。なんであんな大きさのものがこの下にいるんだ)


ヨーヘイ:(なんで自然にここにいるんだ。普通じゃないだろあれ。いや、普通なのか。Dグレードってそういうことなのか)


 一歩、踏み出していた。


 気づいた時には足が動いていた。見たかった。近くで見たかった。あの輪郭の正体が知りたかった。解析さんが感知できているなら、近づけば急所の位置も分かるかもしれない。そういう計算が頭の中を走った。


 でも、動けなかった。


 踏み出した足が、戻っていた。ヨーヘイが止めたんじゃなかった。体が先に判断していた。3層の乾いた空気が肺に入った瞬間、何かが違うと全身が言っていた。匂いが違う。音の消え方が違う。この場所の深さが、今の自分には合っていない。それを、頭より先に体が知っていた。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析:「……まだです」


 それだけだった。理由はなかった。でも足は動かなかった。


ヨーヘイ:(解析さんが「まだ」と言う。それが全部だ)


 フィンが足元にいた。3層の方向を向いたまま、耳だけ後ろに倒していた。食欲の方向じゃない。もっと別の、慎重な向き方だった。


 リリアが横に来た。声はなかった。ヨーヘイと同じ方向を見ていた。その目は静かだった。怖がっている目じゃなかった。ただ、測っていた。距離と、大きさと、今の自分たちに何が足りないかを。リリアはすぐに答えを出せる目をしていた。その答えが何かは分からなかったが、今日じゃないということだけは目が言っていた。


リリア:「……戻りましょう。今日は、見られました」


ヨーヘイ:「ああ」


 石段を登った。


 2層の空気が肺に入った。乾いた3層の冷たさと全然違う。湿り気がある。それが、今は暖かく感じた。


 フィンがヨーヘイの足元に来た。上を見た。


フィン:「キューン」


ヨーヘイ:「食えるかどうかは、倒してから考える」


 フィンが「キュッ」と言って先に歩き始めた。それで良かった。


◆ 帰路・ギルド


 地上に出ると、昼の光が眩しかった。


 ドルグが戻りを確認して台帳に記録した。


ドルグ(門番):「早かったな」


ヨーヘイ:「今日は確認だけ」


ドルグ(門番):「……そうか」


 ギルドに寄った。素材を解体所に持ち込んだ。


ボルド(解体担当):「今日も来たか。2層か」


ヨーヘイ:「3層の入口まで」


ボルド(解体担当):「……なるほどな」


 ボルドは素材の目方を確認しながら顎を一度引いた。それ以上は言わなかった。それで十分だった。


 換金カウンターに回ると、ミナさんがいた。目が合った。


 台帳は閉じていた。


 昨日の止まり方はなかった。今日は普通の換金だった。素材の金額、確認、銅貨が出てくる。それだけだった。でもヨーヘイは、台帳が閉じていることを確認した。昨日書いたものは、もうどこかに行っている。


 ギルドを出た。


 路地に、見覚えのある後ろ姿があった。


 エルフの耳。細い肩。背筋が妙にいい。


 シアだ。「無敵の四天王」のシアだった。宿の前の屋台に立っていた。手に器を持っていた。塩ダレの器だった。一口飲んで、止まった。もう一口飲んだ。止まらなかった。三口目を飲んでいた。


ヨーヘイ:(食欲に負けてる。まあそうなるよな)


 声はかけなかった。足を止めず、そのまま通り過ぎた。四天王がまたこの辺りに来ているなら、どこかで仕事があるのだろう。またどこかで会う気がした。


◆ 宿・夕方


 今日の塩ダレを仕込んだ。


 手順が体に入っている。塩の量、火の入れ方、素材の配分。迷いがなくなると作業が早くなる。早くなると考える時間ができる。その時間に今日の3層のことが入ってくる。


 影のことを考えていた。


 輪郭だけだった。大きさだけだった。でも確かに見た。次に入る時は、もっと近くで見る。その次の時に、倒す。それだけ決まっていれば今日は十分だ。


 フィンが厨房の隅から鼻をひくつかせた。塩の匂いを嗅いでいる。


フィン:「キューン」


ヨーヘイ:「今日の分は全部出す。お前の取り分はない」


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:(分かったのか分かってないのか)


 試食して、問題なかった。今日の分は仕上がっている。


 夕食を食べた。イワハサミの腹肉を塩で炙った。3層から戻った後の体に、塩が染みた。昨日より旨かった。疲れているせいかもしれないし、今日のダレが少し馴染んだせいかもしれない。どちらでもよかった。旨ければいい。


ヨーヘイ:(また食べた後だった。3回目だ)


 静かに数えていた。解析さんは何も言わなかった。その沈黙は、もう聞き慣れた種類の沈黙だった。


 食器を片付けた。フィンが足元で丸まった。宿の外で風が鳴っていた。


 目を閉じると、3層の輪郭が残っていた。形はまだ読めない。でも確かにいた。大きさだけ分かった。それで十分だ。


ヨーヘイ:(次は倒しに行く)


 それだけだった。それで十分だった。


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【第35話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:11 HP:235/235 MP:126/126


スキル熟練度(本話で動いたもの):

・《瞬歩》Lv1 熟練度 48/100(+3)

・《解体》Lv2 熟練度 40/100(+3)

・その他:変動なし


▼ 本話の収支

・2層定点依頼報酬:+36枚

・本話終了時手持ち:745枚


▼ 収納アイテム(変動分)

・イワハサミ素材・ドウクモグラ素材:換金済み

・塩ダレ:本日分完成


▼ 本話の出来事

・3層の入口まで降りた。Dグレードが50m先にいた。大きさだけ分かった。形は読めなかった。一歩踏み出して、体が先に止まった。

・解析さんが「まだです」と言った。それが全部だった。迷わず戻った。

・帰路、シアが塩ダレの器を止まらずに飲んでいた。

・また食べた後にLvが上がった。3回目だ。


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 3層に入りました。50m先にDグレードがいました。大きかったです。輪郭しか分かりませんでした。一歩踏み出したら体が止まりました。解析さんが「まだ」と言いました。それで全部でした。


 体が先に判断していました。怖かったとは思っていませんでした。でも足は戻っていました。それが今の自分の限界です。次に入る時は倒しに行きます。


 Lv11になりました。また食べた後でした。3回目です。気になっています。偶然が多すぎます。


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