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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章

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第23話 馬車で、焼く

◆ 宿・夜明け



 目が覚めた時、部屋はまだ薄暗かった。


 窓の外から鳥の声がする。遠い。街道の方から荷車の軋む音がして、それから静かになった。


 ヨーヘイは起き上がって、収納に手を差し入れた。小瓶を取り出す。昨夜と同じ重さ。蓋を少しだけ緩めると、匂いが立った。


 変わっていない。


 発酵液の奥行きと、コガネ草油の香ばしさと、アマリュ酒の甘い揮発と、辛根が最後に鼻の奥を抜けていく。その順番が、昨夜から一ミリも動いていない。


ヨーヘイ:(本物は、翌朝も本物だ)


 フィンが毛布の端から顔を出した。鼻がひくひくしている。


ヨーヘイ:「駄目だ」


フィン:「キューン」


 蓋を締めた。フィンが鼻を一度擦って、また丸まった。


 収納に戻しながら、無意識に窓の南側へ視線が向いた。朝の光が薄く差している。フィンの耳は立っていない。解析の反応もない。昨夜の記憶が残っているだけだ。


ヨーヘイ:(今朝は静かだ)


 立ち上がった。今日は、ラルフさんだ。



◆ 朝食



 食堂に降りると、サーラが厨房からスープを持ってきた。


 テーブルにヨーヘイとリリアが並んで座っている。フィンが椅子の下に潜り込んでいる。いつもの朝だ。


 サーラがヨーヘイの前にスープを置きながら、ひと言だけ言った。


サーラ(女将):「今日は何するんだい」


ヨーヘイ:「ラルフさんに会いに行きます」


 サーラが少し間を置いた。何も言わない。でも目が、「ああ、そういう時期か」という顔をしていた。それだけで十分だった。


 リリアがスープを一口飲みながら、フィンの頭を片手で撫でている。フィンが目を細める。しばらくして、リリアが顔を上げた。


リリア:「……私も、一緒に行っていいですか」


ヨーヘイ:「もちろんです」


 フィンが「キュッ」と鳴いた。参加表明なのか食べ物への期待なのか、判断がつかない。



◆ ラルフの道具屋



 道具屋の扉を開けると、ラルフが棚の奥で在庫を確認していた。ヨーヘイとリリアが入ってきたのを見て振り返り、0.3秒で首の後ろが少し赤くなった。


ヨーヘイ:(今日も0.3秒だ。精度が上がっている)


ラルフ(道具屋):「……おかえりなさい。ベルネは、どうでしたか」


ヨーヘイ:「面白い町でした。ファスト村の三倍くらいありました」


ラルフ(道具屋):「……そうですか。無事で、よかったです」


 フィンが棚の下の段を鼻で確認しはじめた。ラルフがそれを視界の端で追いながら、カウンターの方へ歩いた。


ヨーヘイ:「ラルフさん。少し、相談に乗ってもらえますか」


ラルフ(道具屋):「……どうぞ」


 間が長い。いつもの、ちゃんと聞く態勢だ。


ヨーヘイ:「焼肉屋をやりたいと思っています。村の中で、店を構える場合——どんな感じになりますか」


 ラルフが少し考えてから、静かに話しはじめた。


ラルフ(道具屋):「……空き物件は、今ほとんどないです。あっても、月の賃料が交渉次第で読めなくて。火を使う商売は、石造りの建物でないと難しい——木造は危ないと言われます」


ヨーヘイ:「他には」


ラルフ(道具屋):「食材の調達と、提供のサイクルを一人で回すのは、冒険者を続けながらだと厳しいです。悪いことを言っているわけじゃなくて——本当に難しいんです、村での開業は」


 声が柔らかかった。否定したくて言っているわけじゃない、という気持ちが全部乗っていた。


ヨーヘイ:(正しいことしか言っていない。全部、分かっていた話だ)


 少し黙る。


 頭の中で、ベルネまでの道中がよみがえる。ベルタの馬車。3日間、街道を揺れながら走った。荷台の振動。朝の霧の中で見えた草地。あの荷台に鉄板があって、火が使えたら——どこでも焼けた。


ヨーヘイ:「……1つ、聞いてもいいですか」


ラルフ(道具屋):「はい」


ヨーヘイ:「馬車で、やるというのは——どうですか。村に店を構えるんじゃなくて、馬車ごと焼肉屋にして、場所を移動しながらやる、という方法は」


 ラルフが、止まった。


 棚に手をかけたまま、動かない。3秒、本当に止まった。


ラルフ(道具屋):「……馬車を、改造する、ということですか」


ヨーヘイ:「そのつもりです。まだ全然、具体的じゃないんですが」


ラルフ(道具屋):「鉄板の固定はボルト留めか溶接か、走行中の振動で動くので最初から決めないといけなくて、煙の抜き方は幌の構造を変えないと停車中と走行中で全然違って、収納スキルがあるなら食材の動線を荷台の設計に組み込むべきで、改造はドンネさんに頼めば鉄板と煙突を一緒に——あと、火の管理は——すみません、つい」


 そこで止まった。


ヨーヘイ:(止まらなかった。包丁の話より全然長い。過去最長だ)


ヨーヘイ:「ラルフさん。続けてください」


ラルフ(道具屋):「……え?」


ヨーヘイ:「今の話、全部聞きたいです。最初から、もう一回」


 ラルフが少し間を置いた。


ラルフ(道具屋):「……本当ですか」


ヨーヘイ:「本当です。メモを取りたいので、少しゆっくりお願いします」


ラルフ(道具屋):「……分かりました。では——」


 今度は、ゆっくりになった。でも目が、さっきより少し輝いていた。


 リリアがカウンターの縁を指でなぞりながら、2人のやり取りをじっと見ている。


 ラルフが核心を4つ整理してくれた。鉄板の固定方法。煙の抜き方。収納スキルとの動線設計。改造はドンネさんへ。ヨーヘイは要点を頭に刻んだ。


 話が一段落したところで、ラルフが聞いた。


ラルフ(道具屋):「……実際に、どんな料理を出す予定ですか」


ヨーヘイ:「魔物の肉を焼いて、タレをつけて食べる、という形を考えています」


ラルフ(道具屋):「タレ、というのは」


ヨーヘイ:「……少し、嗅いでみますか」


 収納から小瓶を取り出した。蓋を少し開けて、道具屋のカウンターに置いた。


 匂いが、広がった。


 発酵液の旨味の底。その上にコガネ草油のこうばしさ。アマリュ酒の甘い揮発がふわっと来て、最後に辛根が鼻の奥をすっと抜ける。4つの層が、重なって一本になっている。口を開いていなくても、舌の奥に何かが残る感じがした。喉の奥でじんわり広がるような——それが、タレだった。


 フィンが棚の裏から飛んできた。


ヨーヘイ:(辛根が入っているのに来た)


 カウンターに鼻を近づけた瞬間、顔を引いた。前足で鼻を一度擦って、そのまま後退した。


ヨーヘイ:(分かっているなら来るな)


 ラルフが小皿の端にタレを薄く伸ばして、指の腹で一すくいした。舐めた。


 10秒、黙った。


ラルフ(道具屋):「……なんですか、これ」


ヨーヘイ:「タレです」


ラルフ(道具屋):「……これ、馬車で売るんですか」


ヨーヘイ:「そのつもりです」


ラルフ(道具屋):「……絶対に売れます」


 断言だった。ラルフが断言するのを、ヨーヘイは初めて聞いた。


 静かな間が、少し続いた。


ラルフ(道具屋):「……あと、1つ聞いていいですか」


ヨーヘイ:「どうぞ」


ラルフ(道具屋):「今の手持ちは、どのくらいですか」


ヨーヘイ:「316枚です」


ラルフ(道具屋):「……そうですか」


 間があった。


ラルフ(道具屋):「中古の荷馬車でも、状態のいいものだと銀貨15枚は最低かかります。改造費をドンネさんに頼むと、さらに銀貨3枚から8枚は見ておいた方がいい」


ヨーヘイ:「銀貨18枚以上。つまり、1,800枚以上ですね」


ラルフ(道具屋):「……はい。少なく見ても」


 ヨーヘイが頭の中で計算した。316枚。必要額の、6分の1にも届かない。


ヨーヘイ:「分かりました。稼ぎます」


ラルフ(道具屋):「……そういう顔をすると思いました」


ヨーヘイ:「どんな顔ですか」


ラルフ(道具屋):「……焦っていない顔です。それが一番、怖いです」


ヨーヘイ:(怖い、か)


 外資系にいた頃も、企画が通らない理由を聞いている時はこの顔だったかもしれない。問題の大きさが分かったら、次は順番を決めるだけだ。それだけのことだ。


ヨーヘイ:(Eランクの依頼を増やす。タレはサーラさんのところから少し売らせてもらう。ダンジョンは——まだ早い。準備が先だ)


 ラルフが奥へ引っ込んで、小さな封筒を持って戻ってきた。


ラルフ(道具屋):「……ドンネさんへの紹介状です。私の名前を出していただければ、話を聞いてもらえると思います」


ヨーヘイ:「ありがとうございます」


ラルフ(道具屋):「……いいものを作ってください」


 声が、いつもより少し平らだった。感情を抑えている人の声だ、とヨーヘイは思った。



◆ 道具屋を出て



 外に出ると、昼前の光が通りに落ちている。


 リリアが少し遅れてついてくる。フィンが先を歩いている。村の石畳がゆるやかにカーブして、ギルドの方へ続いている。


 しばらく黙って歩いていた。リリアが、前を見たまま言った。


リリア:「……あの、1つ、聞いていいですか」


ヨーヘイ:「どうぞ」


リリア:「馬車焼肉屋——私も、乗れますか」


 ヨーヘイが少し止まった。


ヨーヘイ:「乗ってもらわないと困ります」


リリア:「……よかった」


フィン:「キュッ」


 リリアが少し目を細めた。それだけだった。大げさなことは何も言わない。ただそう思ったから聞いた、という顔で、また前を向いて歩きはじめた。


ヨーヘイ:(前に「いつか来てみたいです」と言っていた。あの時は客として来てほしいという話だった。今は「一緒に乗る」になった)


 何かが変わった瞬間。ヨーヘイは言葉にしなかった。



◆ 夜



 部屋に戻って、寝転んだ。


 天井を見ながら、今日の話を整理する。荷台の鉄板固定。煙の抜き方。収納との動線。ドンネへの紹介状。頭の中で馬車の改造図を描いてみると、まだ空白が多い。でも枠が見えてきた。


ヨーヘイ:(解析さん。馬車の荷台に鉄板を載せて、火を使う——構造上、問題はありますか)


解析の声:「……設計次第です」


ヨーヘイ:(解析さんが「無理です」と言わない時は、できる)


ヨーヘイ:(今のスキルで、馬車の運営に使えるものはありますか)


解析の声:「《収納》は食材の出し入れ動線に。《解体》は現地処理に。《料理》は火加減の精度に、それぞれ対応できます」


ヨーヘイ:(足りないのは、金だけだ)


ヨーヘイ:(蓮。馬車で焼肉屋をやることにした。まだ計画の段階だ。でも、形が見えてきた)


ヨーヘイ:(お前が小さいころ、デパートの屋上で焼き鳥を食べた時のことを覚えているか。あの時お前が串の端っこだけ残したのを、パパは今でも覚えてるぞ)


 フィンが突然、動きを止めた。


 丸まっていた体が伸びて、窓の方に顔を向ける。尾が止まる。耳がゆっくりと立った。


ヨーヘイ:(解析さん)


解析の声:「……南側。2つの反応。昨夜より、わずかに近い」


ヨーヘイ:(昨夜より近い。動いていないのに、近い。位置を変えた)


 フィンの耳が、戻らなかった。


 ヨーヘイは静かに起き上がって、窓を閉めた。それだけで部屋が少し暗くなった気がした。


ヨーヘイ:(分かってる。今日じゃない。でも、もうすぐだ)


 明日、ドンネさんに会いに行く。ラルフさんの紹介状がある。馬車の話を、始める。


 フィンが丸まった。でも耳は、窓の方を向いたままだった。



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【第23話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(23話終了時点)

Lv:4 HP:135/135 MP:60/60


スキル熟練度:

・《解析》Lv1 熟練度 83/100(+1)★馬車設計鑑定

・《収納》Lv1 熟練度 38/100(+1)

・《採取》Lv1 熟練度 57/100(±0)

・《解体》Lv2 熟練度 9/100(±0)

・《料理》Lv2 熟練度 8/100(+1)★タレ確認・試食

・《従魔契約》Lv1 熟練度 20/100(+1)

・《瞬歩》Lv1 熟練度 10/100(±0)

・《二刀流》Lv1 熟練度 0/100


▼ 本話の収支

・収支変動なし

・23話終了時手持ち:316枚


▼ 収納アイテム(23話終了時)

・蒼魔鉄中剣×1

・短剣×1(予備)

・包丁×1

・採取へら×1

・冒険者証(Fランク)

・ポーション×1

・解毒薬×1

・ガルニク草×残量(収納保管)

・タレ完成品(辛根入り・本完成版):少量(収納保管)

・コガネ草の実:多数(収納保管)

・コガネ草油:少量(収納保管)

・ミツノミ:残量(収納保管)

・アマリュ酒:残量(収納保管)

・辛根:残量(収納保管)

・ボルガウ肉(残):タン・ハラミ・レバー・ハツ・ミノ・シマチョウ(収納保管)

・クロアシイタチ素材(未解体・収納保管)★解体は次話以降

・ラルフの紹介状(ドンネ宛)★新規

・リリア所持:木製柄+鉄穂先の槍×1


▼ 本話の出来事

・朝:タレの状態確認(昨夜と変わらない確信)

・追っ手①:南側・朝の余韻(フィン・解析ともに反応なし)

・ラルフへの焼肉屋相談(村での開業は難しい)

・馬車型焼肉屋案の初提示→ラルフ早口爆発→「続けてください」で逆転

・タレ試食:ラルフ「絶対に売れます」(断言・初)

・資金問題の認識:銀貨18枚以上(1,800枚以上)必要・手持ち316枚(約1/6)

・資金調達方向性の内心整理(Eランク依頼・タレ販売・ダンジョンはまだ先)

・ラルフの紹介状(ドンネ宛)を受け取る

・リリア「……私も、乗れますか」→ヨーヘイ「乗ってもらわないと困ります」

・夜:馬車設計確認+スキル対応確認(解析・1往復)

・追っ手②:南側・昨夜より「わずかに近い」・フィンの耳が戻らない


▼ 新情報・決定事項

・馬車型焼肉屋ビジョン:初めて言語化・ラルフとの対話で具体化

・通貨換算確認:銀貨1枚=銅貨100枚。馬車購入+改造費の目安:銀貨18〜33枚(1,800〜3,300枚)

・ドンネ(鍛冶師)への訪問:翌日予定


▼ タレ開発状況(23話時点)

・完成品:収納保管済み(変動なし)

・ラルフの評価:「絶対に売れます」(断言)

・次の課題:馬車の構造設計→ドンネへ相談


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 ラルフさんに相談しました。村で店を構えるのは難しいと言われました。正しかったです。


 馬車でやると言いました。ラルフさんが3秒止まりました。それから早口が止まりませんでした。続けてくださいと言ったら「……え?」という顔をされました。初めてそういう顔をされました。


 資金が足りません。銀貨18枚以上、最低でも1,800枚が要ります。今は316枚です。6分の1にも届きません。でも問題の大きさが分かりました。次は順番を決めるだけです。Eランクの依頼を増やします。タレは少し売ります。ダンジョンはまだ先です。


 タレを嗅いでもらいました。小皿で舐めてもらいました。「絶対に売れます」と言われました。ラルフさんが断言するのを初めて聞きました。覚えておきます。


 リリさんが「私も乗れますか」と聞いてきました。乗ってもらわないと困りますと答えました。よかった、と言っていました。


 追っ手は今夜も南側にいます。昨夜より少し近いと解析さんが言いました。フィンの耳が戻りませんでした。明日は動くかもしれません。


 明日、ドンネさんに会いに行きます。ラルフさんの紹介状があります。馬車の話を、始めます。


 記録、ここまで。


【第23話】ファスト村 ― 馬車で、焼く

「……絶対に売れます」


ラルフさんが、断言しました。


馬車で焼肉屋をやると言ったら、早口が止まりませんでした。「続けてください」と言ったら「……え?」という顔をされました。


リリアが「私も、乗れますか」と聞きました。乗ってもらわないと困ります、と答えました。


フィンの耳が、夜になっても戻りませんでした。

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