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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
3章

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第21話 ベルネ ― 丸く、なった

◆ 朝・ベルネの宿



 石畳を掃く音で目が覚めた。


 窓の外で市場の準備が始まっている。荷車の軋み、遠くで誰かが何かを呼ぶ声。昨日より早い気がする。それとも、目が覚めるのが早かったか。


 フィンが毛布の端から鼻だけ出している。耳はまだ寝ていた。


 リリアはすでに起きている。窓の外を見ている。昨日の醸造酒の棚のことを考えている顔だ。考えているのか何なのか分からないが、ヨーヘイにはそう見えた。


ヨーヘイ:「今日、酒を入れる」


 リリアが振り返った。


リリア:「……昨日の、瓶の棚のものですか」


ヨーヘイ:「そうです」


 リリアが少し考えてから言った。


リリア:「……私も、行っていいですか」


ヨーヘイ:「どうぞ」


 フィンが毛布から出てくる。耳が立った。


フィン:「キュッ」


ヨーヘイ:(市場に行くと分かるらしい)



◆ 市場・おばちゃんと醸造酒



 昨日見た棚へ向かった。


 市場は朝の方が活気がある。昨日の夕方とは匂いが違う。焼いたものより、生の食材の匂いが多い。野菜の青さ、魚の塩気、どこかから蒸したものの湯気。


 昨日の看板が見えた。「醸造酒・各種」。


 棚の前に店主がいた。


 でかかった。


 50代くらいだろうか。がっしりした体格で、エプロンをつけている。腕が太い。声がでかそうな顔をしている、と思った瞬間に本人が口を開いた。


店主おばちゃん:「あらー! いらっしゃい! 何を探してるの?」


 でかかった。声が。


ヨーヘイ:「醸造酒を探しています。料理に使いたくて」


 おばちゃんがヨーヘイをじっと見た。上から下まで、一秒も経たずに。


店主おばちゃん:「あー、料理人の目してるじゃん! 焼肉屋でもやる気なの?」


ヨーヘイ:(何も言っていない)


ヨーヘイ:(解析さん、この人は何者ですか)


解析の声:「……元冒険者、Cランク相当と推測されます」


ヨーヘイ:(なるほど)


 ヨーヘイが甘みを重視した醸造酒を探していると伝えようとした瞬間、おばちゃんが棚から瓶を一本取り出した。


店主おばちゃん:「甘みで選ぶならアマリュ酒一択だよ! これじゃなきゃ話になんないじゃん! 発酵液と合わせたら旨みが倍になるから、試してみな!」


ヨーヘイ:(……全部言われた)


解析の声:「……甘み成分の組成、発酵液との相性、良好です」


ヨーヘイ:(後からフォローしている)


解析の声:「……」


ヨーヘイ:(黙らなくていい)


 フィンが棚の瓶に鼻を近づけた。


フィン:「キュウッ!」


 鼻をそらして、ヨーヘイの足元に来た。耳が下がっている。


ヨーヘイ:(あれだけ何でも嗅ぎ当てるくせに。酒はダメか)


 リリアがおばちゃんに聞いた。


リリア:「……これを料理に使うと、何が変わるんですか」


店主おばちゃん:「まろやかになるじゃん! 角が取れてさ、全部がひとつになる感じ! ばらばらだったものが、ぎゅっとまとまるんだよね!」


リリア:「……全部が、ひとつに」


 リリアが瓶を眺めた。自分の中で何かを確かめようとしている目だ。


ヨーヘイ:(そう。それが「丸い」ということだ。言葉にするとそうなる)


 銅貨15枚払い、アマリュ酒を収納に入れた。


店主おばちゃん:「またおいで! うまいもん作ったら教えてな!」


ヨーヘイ:(教えに来ます、たぶん)



◆ 宿・試作



 部屋に戻って、卓の上に素材を並べた。


 発酵液の小瓶、刻んだガルニク草、コガネ草油、ミツノミ数粒、そしてアマリュ酒。


 全部、揃っている。


 発酵液を初めて手に入れた日のことを、なんとなく思い出した。ガルニク草の匂いに森で泣いた日も。フィンが草地で一直線に走り出した日も。昨日おばちゃんに先を越された日も——全部が今日、この卓の上に来た。


ヨーヘイ:(やるか)


 火を起こして、鍋を置いた。


 発酵液を底に張る。酸みが立ち上がってくる。ガルニク草を刻んで落とすと、刺激が重なった。コガネ草油を一筋引く。香ばしさが来て、ミツノミを三粒、指で潰して入れると、甘みが溶け込んでいく。


 そこへ、アマリュ酒を加えた。


 ジュ、という音がした。短く、鋭い。


 最初に来たのは、甘みだった。


 アマリュ酒の糖分が熱で弾けて、ミツノミの甘みと重なって、一瞬だけ甘い匂いが部屋を抜けた。次にアルコールが飛ぶ。鼻の奥を刺す揮発の感触があって、それが消えた瞬間——旨みが来た。発酵液の深い旨みが熱で凝縮して、ガルニク草の香りを引き連れて立ち上がってくる。


 別々に来ていたものが、一本の柱になっていく。


 匂いが、立った。


 リリアが顔を上げる。フィンが鼻をひくつかせた。


 木べらで少量すくって、舌に乗せた。


 塩気が来た。旨みが後ろから追いかけてくる。甘みが薄く広がって——そこから先が、違う。途切れていたものが、後ろから来た。丸みが、旨みを包んで、最後まで連れていく。


ヨーヘイ:「……丸い」


 声が出た。


 前の二回とは違う。「近い」ではない。手が届いた感触だ。でも——これだけでは終われない。肉につけた時に何が起きるか、それを見てから判断する。



◆ 試食・《料理》Lv2到達



 収納からボルガウのタンを出す。


 薄く、均等に切る。厚みを揃えることに、今は時間をかけられる。


 鉄板を火にかける。タンの脂が端から溶け始め、透明な液体になって鉄板に広がっていく。音が弾ける。細かく、小気味よく。脂の甘い匂いが先に来た。肉が縮む前の、まだ柔らかい段階の匂いだ。


 焼き色が乗ってくる。


 タレを刷毛につけて、肉に置く。


 ジュッ、という音が来た。


 タレが熱い鉄板に落ちた瞬間、脂が跳ねた。細かい粒が空中に散って、すぐ消えた。鉄板の上でタレが踊る。発酵液の旨みが熱で凝縮して、ガルニク草の香りが上がって、ミツノミの甘みが焦げながら照りになっていく。アマリュ酒の丸みが全部を包んで、煙になって立つ。


 煙が白い。甘くて、香ばしくて、少し焦げた匂いがする。現代の焼肉屋で嗅いだ、あの匂いに近い。


 肉の表面が変わった。タレが染みて、照りが乗って、端が少し焦げている。焼き色の上にさらに色が乗った、その重なりが旨そうだ。


 匂いだけで、もう分かる。


 一口、食べた。


 噛む。


 タンの弾力が最初に来て、脂が溶けた。そこへタレが入ってくる。塩気が先に来て、旨みが後ろから追いかけてくる。甘みが薄く広がって、最後に——丸みで、全部が解けた。


 飲み込んだ後も、口の中に残っている。消えない。旨みが余韻として残り続けて、もう一口食べたくなる。


 喉が、動かなかった。


 声を出そうとしたが、出し方が分からなかった。何かが喉の手前で止まっている。押し出そうとすると、目の奥が少し熱くなった。なぜなのか、分からない。分かりたくもない。


 ひと息置いた。


ヨーヘイ:「……これだ」


 声になった。


ヨーヘイ:「……これ、が」


 続かなかった。


 視界が、少し滲んだ。奥歯を噛んだ。


解析の声:「……《料理》スキルが、Lv2になりました」


ヨーヘイ:(今かよ)

ヨーヘイ:(今じゃなかっただろ)


解析の声:「……業務の範囲内です」


ヨーヘイ:(その一言で全部持っていくな)


 おかしくて、目の奥の熱が引いた。


 リリアに「どうぞ」と渡した。


 一口、食べた。


 目が少し細くなった。何かを確かめようとしている、そういう目だ。咀嚼して、飲み込んで。


 二口目に手が伸びる。意識していない動作だ。


 三口目。今度は少し早かった。


 四口目を食べながら、ようやくこちらを見た。箸を持つ手が、わずかに震えていた。口の中でまだ余韻を追っている。


 五秒、黙った。


リリア:「……おかわり、ありますか」


ヨーヘイ:(あります)

ヨーヘイ:(いくらでも)


 フィンの前に焼いたタンを一切れ置いた。


フィン:「キュッ」


 尾が一度、揺れた。


ヨーヘイ:(それだけでいい)


 リザルトを確認しながら、もう一枚焼く。《料理》がLv2になった。


 そこで気がついた。


 さっきから何かが引っかかっている。「これだ」は本当だ。でも——何かが、まだない。


 今まで「何かが足りない」と感じていたのが、今日は違う。言葉になる。


ヨーヘイ:(辛みだ)

ヨーヘイ:(刺激が要る。この旨みを引き締める何かが、一つ足りない)


解析の声:「辛根に相当する素材が、ファスト村周辺に存在します」


ヨーヘイ:(また行くか)


 嫌じゃなかった。むしろ楽しみだ。


 リリアが、空になった皿を見ている。それから包丁を見た。


リリア:「……少し、やってみてもいいですか」


ヨーヘイ:「どうぞ。まず薄く切ることから」


 リリアが恐る恐る刃を当てた。緊張している。手が少し固い。


ヨーヘイ:(この人が料理を覚えたら、何かが起きる気がする)


 今日はここまでだ。



◆ 出発準備・締め



 荷物をまとめながら、最後に収納を確認した。


 タレの小瓶が入っている。


 手に取った。軽い。こんなに小さい瓶に、どれだけのものが入っているか。発酵液を初めて手にした日。森でガルニク草の匂いに泣いた日。草地でフィンが一直線に走り出した日。今朝、おばちゃんに笑われた日。全部、この中にある。


 収納に戻した。


リリア:「……ベルネ、また来ますか」


ヨーヘイ:「来ます。次は依頼も受けに」


 フィンが荷台に飛び乗った。


フィン:「キュッ」


 ヨーヘイは馬車の荷台に乗りながら、心の中で短く呼んだ。


ヨーヘイ:(蓮。タレが、できた。まだ途中だけど——お前が知ってるより、旨くなる)


 ベルネの石畳が後ろに遠ざかっていった。



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【第21話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(21話終了時点)

Lv:4 HP:135/135 MP:60/60


スキル熟練度:

・《解析》Lv1 熟練度 80/100(+2)

・《収納》Lv1 熟練度 36/100(+1)

・《採取》Lv1 熟練度 54/100(±0)

・《解体》Lv2 熟練度 9/100(±0)

・《料理》**Lv2** 熟練度 0/100(Lv1から繰り上がり・+9)★タレ試作3回目・試食

・《従魔契約》Lv1 熟練度 18/100(+1)

・《瞬歩》Lv1 熟練度 9/100(±0)

・《二刀流》Lv1 熟練度 0/100


▼ 本話の収支

・アマリュ酒購入:▲15枚

・21話終了時手持ち:324枚


▼ インベントリ(21話終了時)

・蒼魔鉄中剣×1

・短剣×1(予備)

・包丁×1

・採取へら×1

・冒険者証(Fランク)

・ポーション×1

・解毒薬×1

・ガルニク草×4株(収納保管・一部使用)

・タレ完成品(土台版):少量(収納保管)★新規

・コガネ草の実:多数(収納保管)

・コガネ草油:少量(収納保管)

・ミツノミ:一袋(収納保管)

・アマリュ酒:1本(収納保管)★新規

・ボルガウ素材:毛皮×1・角×1・E魔石(中)×1

・ボルガウ肉(残):タン・ハラミ・レバー・ハツ・ミノ・シマチョウ(収納保管)

・リリア所持:木製柄+鉄穂先の槍×1


▼ 本話の出来事

・ベルネ滞在2日目

・市場でアマリュ酒(醸造酒・甘み強め)確保

・新NPC登場:醸造酒屋の店主(元冒険者おばちゃん)

・タレ試作3回目:全素材投入→「丸い」到達

・試食:ボルガウタン+タレ→「……これだ」

・《料理》スキルLv2到達(試食後)

・リリア:無言4口→「おかわり、ありますか」(全話初)

・リリア:包丁を初めて持つ(料理覚醒フラグ)

・《料理》Lv2の味覚強化:辛根の不在を認識

・ベルネを出発


▼ タレ開発状況(21話時点)

・確保済み:発酵液・コガネ草油・ガルニク草・ミツノミ・アマリュ酒(★新規)

・土台版タレ完成:「焼肉屋で出せる最低限」に到達

・未確保:辛根(しょうが相当・ファスト村周辺に存在・次話以降)

・発酵辛味ペースト(コチュジャン相当):未設計


▼ ヨーヘイの考察


 解析さん、記録します。


 アマリュ酒を手に入れました。おばちゃんが先に全部言いました。


 タレに全部入れました。丸くなりました。タンにつけて食べました。


 声が、出なかった。でも出ました。


 《料理》がLv2になりました。タイミングが絶妙に悪かったです。


 リリさんが「おかわり、ありますか」と言いました。覚えておきます。


 辛根が要ります。Lv2になったら分かりました。ファスト村に戻ったら探します。


 記録、ここまで。

【第21話】ベルネ ― 丸く、なった


「……おかわり、ありますか」


リリさんが、そう言いました。


タレが完成した回です。正確には「土台が完成した」回です。まだ辛みが足りない。でも——アマリュ酒を入れた瞬間に匂いが立って、肉につけて食べた時に「これだ」と声になりました。


《料理》スキルがLv2になりました。タイミングが絶妙に悪かったです。

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