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異世界の魔物肉、全部うまい。帰れないアラフォーパパ、冒険者しながら焼肉屋はじめました  作者: きりざく
7章「里に、火を入れる。」

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第101話 巨きい、樹。

異世界に落ちた。帰れないアラフォーパパが、異世界で戦う。

とりあえず、腹が減ったので魔物を焼いた。


面白いと思ったら、評価やブックマークをもらえると

ヨーヘイより先に作者が泣きます。

 返事は、なかった。


 いつもなら、俺が心の中で呼びかけた次の一拍には、もう声が返ってくる。名前を、数字を、危険度を。それが、来ない。糸を切ったように途切れたまま、白い森の霧の中に、俺の問いだけが宙に浮いていた。


 ひとつ、息を吸った。甘く腐った匂いが、肺の底まで貼りつく。


解析:「……申し訳、ありません。……戻りました。あの果実、あの、高みの――」


 声は、戻った。だが、掠れていた。俺の相棒の声が、こんなふうに揺れるのを、俺は初めて聞いた。


ヨーヘイ:(無理に読むな。何が分かった)


解析:「……分かりません。食物に、近い匂いがします。ですが、内部の構造が、私の記録の、外です。……あれが何なのか、私には、読めません」


 読めない。この、何でも見透かす解析さんが。俺の中で、小さな氷の粒が生まれて、背骨を滑り落ちた。だが、それをじっくり味わっている暇は、なかった。


 地の底で、どく、と、大きな鼓動が跳ねた。


 目の前の白い巨樹が、動いた。


 見上げても頂の見えない、桁外れの幹。その表面を覆う、膨らんだ無数の袋。胞子を吐き続けるそれが、いっせいに、ぐぷり、と脹らんだ。呼吸をしていた。この樹は、生きて、こちらを、見ている。


ルカ:「……来るで。みんな、下がって!」


 ルカの叫びと同時に、幹の根元から、太い蔓が鞭のようにしなって振り下ろされた。地面が抉れ、白い土煙が上がる。俺は瞬歩で横へ跳んだ。景色が一瞬伸びて、蔓の先が、さっきまで俺が立っていた場所を叩き潰す。


 一本ではなかった。二本、三本、数えるのが馬鹿らしくなる数の蔓が、うねりながら襲ってくる。その隙間から、袋が破れて、白い胞子が霧のように噴き出した。弾幕だ。息を止めろ、と本能が叫ぶ。あれを吸えば、里の人たちと同じになる。


リリア:「……皆さん、こちらへ! 道を、作ります……!」


 リリアが両手を掲げた。金色に近い光が、面になって俺たちの前に広がり、噴きつける胞子を薄く払っていく。浄めの光の帯だ。その帯の内側だけ、白い霧が晴れて、幹へ向かう一本の道ができた。


 だが、リリアの横顔は、青い。昨日、里へ落ちる胞子の津波を、たった一人で長く受け止めた。あの消耗が、まだ抜けきっていない。掲げた手が、細かく震えていた。


ヨーヘイ:「リリア、無理はするな! 道は一本でいい。ルカ、蔓を焼け!」


ルカ:「言われんでも!」


 ルカの右手から、絞った炎が唸りを上げて走った。うねる蔓の一本に食らいつき、湿った音を立てて焼き切る。焦げた匂いが、腐った甘さに一瞬だけ勝った。


 俺は、その焼けた蔓の隙間を縫って、瞬歩で幹へ肉薄した。背中から中剣を二本、抜き放つ。二刀で、幹の表皮を、狙って斬りつけた。


 手応えは、あった。木の芯を断つ、鈍く、湿った感触。白い綿のような繊維が、断面から噴き出す。


 だが。


 斬った断面が、みるみる盛り上がって、俺の目の前で、塞がっていった。まるで、何事もなかったように。


ヨーヘイ:(塞がった……だと)


解析:「ヨーヘイさん、この樹は、再生しています。表皮を斬っても、意味がありません。……根から、供給が続いています」


 根。俺は幹の足元を見た。地面を割って這い出た太い根が、里のほうへ、幾筋も伸びている。あの根が、この樹に、絶えず力を送り込んでいる。斬っても斬っても、後ろから、いくらでも湧いてくる。


 膨らんだ袋のひとつが、俺の目の前で、ぶくり、と脹らんだ。中で、何かが渦を巻いている。それが破裂して、白い胞子を、至近で浴びせてきた。俺は息を止めて跳んだが、頬を、生温いものが撫でていく。肌に触れた胞子が、ちり、と焼けるように痛む。あれが体の中に入ったら、と思うと、腹の底が冷えた。


ルカ:「ヨーヘイ、右! もう一本来とる!」


 ルカの声で、俺は身をひねった。振り下ろされた蔓が、地面を叩き割る。避けた先へ、ルカが炎を差し込んで、その蔓を焼き止めてくれた。だが、彼女の肩が、大きく上下している。火魔法は、燃費が重い。撃つたびに、体の芯から力が削れていくのが、横目にも分かる。


ルカ:「……はぁ、はぁ。あかん、この数、焼いても焼いても、きりがないわ」


リリア:「ルカさん、無理をなさらないで……! わたしが、正面を、抑えます……」


 リリアの光の帯が、正面の弾幕を薄く払う。だが、その帯も、じりじりと細くなっていた。二人とも、限界が近い。俺が、早く、決めなければならない。


 ルカの炎が、また蔓を焼いた。フィンが俺の肩の上で、ぐるる、と唸り、体を低くして、幹のある一点を、まっすぐに睨んでいる。


フィン:「キュウッ」


 鋭い、警告の声だった。フィンの鼻先が指すほうへ、俺は目をやった。


 幹の中ほど、蔓の付け根のあたりに、ひときわ大きく脈打つ袋があった。他の胞子嚢よりも、深く、規則正しく、鼓動している。フィンは、あれが違う、と言っている。この従魔の鼻は、色も音も死んだこの森で、ただ一つ、迷ったことがない。


ヨーヘイ:(あれが、心臓か……いや)


 俺は、剣を握り直した。腹の底が、料理をするときの、あの静けさに切り替わっていくのが分かる。


 大きな塊を捌くとき、闇雲に刃を入れる料理人はいない。骨がある。筋がある。関節がある。順序がある。どこを先に外せば、次が外しやすくなるか。その段取りを、まず、読む。


 この樹も、同じだ。斬った先から再生するなら、再生させている“供給”そのものを止めればいい。根が力を送り、袋がそれを胞子に変えて吐く。だとしたら、あの一番深く脈打つ袋は、心臓じゃない。仕入れ口だ。根から来た力を、樹全体へ配る、元栓だ。


ヨーヘイ:「解析さん。あの、一番大きく脈打ってる袋。あれを断てば、根からの供給が、全体に回らなくなるか」


解析:「……計算します。……はい。あの器官は、根から得た力を、樹全体へ分配する結節点です。あれを失えば、末端の再生は、続かなくなります。ですが、あそこは、蔓と胞子嚢に、幾重にも守られています」


ヨーヘイ:「守りを、順番に剥がせばいい。表から、一枚ずつだ」


 下ごしらえと、同じだった。硬い皮を剥ぎ、脂を外し、筋を断ち、それから、身に刃を入れる。順番を守れば、どんな塊も、いつか裸になる。


ヨーヘイ:「ルカ! 右下の蔓の束を、まとめて焼き払え! あそこが一番、外側だ! リリアは光の道を、そのまま右上へずらしてくれ! フィンは、次に崩す袋を、鼻で教えろ!」


ルカ:「……なんや、あんた、いつもの飯作る顔になっとるやん」


ヨーヘイ:「一番、集中できる顔なんだよ。行くぞ!」


 ルカが、笑った。泣きそうな顔の、その端で、確かに笑った。そして、両手を前に突き出し、渾身の炎を、右下の蔓の束へ叩き込んだ。


 束が、燃え上がる。守りが、一枚、剥がれた。


 俺は瞬歩で駆け上がった。焼けた蔓を足場に、幹を蹴って、より高くへ。リリアの光の帯が、俺の進む先へ、するすると伸びていく。胞子の弾幕が、その光に触れて、力を失って散る。


 順序を、声に出す。厨房で、段取りを口にするのと、同じだ。


ヨーヘイ:「次は、その上の二枚だ! ルカ、下から炙って浮かせろ! 根元が乾けば、剥がれる!」


ルカ:「浮かせる、な! 任しとき!」


 ルカの炎が、胞子嚢の付け根を、下から舐めた。湿っていた根元が、ちり、と乾いて縮む。浮いた隙間へ、俺は刃を差し込んで、こじ開けるように払い落とした。二枚、まとめて。守りが、また薄くなる。


 フィンが、俺の頭上で、旋回するように、次の的を示す。


フィン:「キューン」


 あの鳴き声は、こっちだ、という合図だった。俺は迷わず、その方へ跳ぶ。フィンが指す的は、一度も、外れたことがない。色も音も死んだこの森で、この鼻だけが、真実を知っている。


 フィンが、次の一点を指した。


フィン:「キュッ」


 俺は、その袋を二刀で払い落とした。また一枚。守りが、剥がれていく。順序が、見えている。見えていれば、断てる。


 だが、樹も、黙ってはいなかった。


 残った蔓が、いっせいに俺へ集まってきた。四方から。避けきれない。一本が、俺の脇腹を掠め、体が流れる。空中で、体勢が崩れた。


ルカ:「ヨーヘイ!」


 落ちる、と思った刹那。俺の下に、金色の光が、板のように張った。リリアだった。青い顔で、歯を食いしばって、俺の落下の先へ、光の足場を差し出していた。


リリア:「……まだ、いけます……! 行って、ください……!」


 俺は、その光を蹴った。もう一度、上へ。あの、一番深く脈打つ、元栓の袋が、目の前にあった。守りは、もう、ない。ルカが焼き、リリアが払い、フィンが導き、みんなで、剥いだ。


 あとは、俺が、刃を入れるだけだ。


ヨーヘイ:(あの家で、蓮が待ってる。だから――ここで、断つ)


 二本の剣を、交差させて、袋の“核”へ、渾身で振り抜いた。


 どぷ、と、湿った、大きな音がした。


 交差した刃が、脈打つ元栓を、両断していた。中から、どす黒い液と、白い綿が、ぶちまけられる。断面は、もう、塞がらなかった。塞ぐための供給が、断たれたからだ。


解析:「……結節点、切断を確認。根からの供給、停止しました。……再生が、止まります」


 巨樹が、震えた。


 地の底の鼓動が、一度、大きく跳ねて――そして、乱れた。頂の見えない幹に、亀裂が走る。膨らんでいた無数の袋が、いっせいに萎んでいく。うねっていた蔓が、力を失って、地に垂れた。


 崩れ始めた。この、桁外れの樹が。ずっと、里を白く塗り、みんなを病ませてきた、その大本が。


 俺は、リリアの光に受け止められて、地面へ降りた。ルカが駆け寄ってくる。狐の耳が、ぴんと立って、震えていた。


ルカ:「……倒したん? うちら、あれを、倒したん……?」


ヨーヘイ:「ああ。根は、断った」


 その時だった。


 崩れゆく樹の、頂のあたりから、ふわり、と、匂いが降りてきた。


 甘い、香りだった。


 だが、あの、腐った甘さとは、違う。熟れた果実の、まっすぐな、生きている甘さ。この森に踏み込んでから、初めて嗅いだ、命の匂いだった。俺は、思わず、顔を上げた。


 崩れる幹の、高み。そこから、ひとつ、金色の光が、こぼれ落ちてきた。


 果実だった。淡く、内側から光る、金色の果実。ゆっくりと、羽のように舞い落ちて、崩れた根の上に、ころり、と転がった。


 フィンが、俺の肩から飛び降りた。


フィン:「キュウッ」


 鼻を、ひくつかせている。まっすぐに、その果実へ向かって、歩いていく。あの、迷わない足取りで。


ヨーヘイ:(フィン……)


解析:「……あの果実。落ちて、近づいた今なら、少し、読めます。……食用、可能です。果実に、類似します。……ですが、それ以上は、やはり、私には」


 食えるのか。だが、解析さんの声は、まだ、迷っていた。読めるのは、そこまで。この果実が、本当は何なのか、それは、まだ、霧の向こうにある。


 フィンが、果実の前で、ちょこん、と座った。もう一度、匂いを嗅いで――そして、小さな口で、こく、と、それを、咥えた。


ルカ:「あっ、フィン、それ食べても平気なん!?」


 フィンは、答えなかった。ただ、金色の果実を、もぐ、もぐ、と、幸せそうに、頬張った。飲み込んで、満足そうに、ひげを震わせる。


フィン:「キュッ」


 いつもの、鳴き声だった。何も、変わらない。ただ、腹をすかせた幼い従魔が、うまいものを食べた。それだけの、光景だった。


 俺は、詰めていた息を、ゆっくりと吐いた。守れた。今日も、みんなで、届かせた。ずっと、対症でしか触れられなかった、その根に、ようやく、刃が――。


「……惜しいことを」


 声が、した。


 平たい、抑揚のない声。怒りも、喜びもない。畑の実りを見るような、あの、農夫の声。


 崩れ落ちていく巨樹の、その陰から。人の形をしたモノが、白い霧を分けて、静かに、歩み出てきた。


人型:「あれは、私の、苗床だったのに」


 その足取りに、急ぎは、ない。まるで、踏み荒らされた畑を、ただ、確かめに来ただけのように。ルカが、俺の後ろで、息を呑んだ。フィンが、果実の傍で、ぐるる、と、低く唸る。


 人の形をしたモノが、こちらへ、片手を上げた。


 その指先が、俺の――胸の、まっすぐ中心へ。心臓のある、その一点へ、糸を張るように、伸びてきた――。



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【第101話 リザルト&ステータス】

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▼ ヨーヘイのステータス(本話終了時点)

Lv:31(本話は巨樹型を崩し始めたのみ・完全撃破には至らず=根の供給を断った段。人型との対峙は未決着) HP:504/504 MP:244/244


スキル熟練度(本話で動いたものだけ記載):

・据え置き。《瞬歩》Lv2・熟練度29/《二刀流》35/《料理》Lv3・熟練度5 を維持(巨樹は崩し始めのみで討伐は完了しておらず、経験の確定は次の決着へ持ち越し=数値変動なし。渾身の一撃に応じた微増を入れる場合はここに根拠を追記)


▼ 本話の収支

・異世界通貨20,581枚に増減なし(里の奥・売買なし)


▼ 収納アイテム(前話からの変動分のみ)

・エリクサーは残り0本のまま(薬は尽きている=根本を断つほかない、が推進力)/背中の中剣×2で巨樹の胞子嚢を両断(消耗・欠損なし)/落ちた金色の果実はフィンが口にした=収納には取得していない


▼ 本話の出来事

・100末の続き=途切れた解析が辛うじて戻るが、金色の果実の“正体”は読めない(「記録の、外です」)。その一拍を断ち切って巨樹型が動き、決戦が始まる

・超厚戦闘・前半=根・うねる蔓・脈打つ胞子嚢・胞子の弾幕。リリアが浄化の光で刃の通り道を作り(昨日の防衛の消耗が残る)、ルカが火魔法で蔓を焼き(燃費が重い)、ヨーヘイが瞬歩+二刀で幹へ肉薄。だが表皮を斬っても再生する=根からの供給が続く苦戦

・転換=ヨーヘイが料理人の目で「断つ順序」を読む(大きな塊を捌く関節・筋・順序)。一番深く脈打つ袋=根から得た力を樹全体へ配る“元栓(結節点)”と見抜く。剣の主役ではなく段取りの司令塔として、ルカの炎・リリアの光・フィンの探知を一本の順序に束ね、守りを一枚ずつ剥がす

・フィンが胞子嚢の弱点を鼻で指し続ける羅針盤/リリアが崩れかけたヨーヘイを光の足場で受け止める

・渾身の一撃=守りを剥がしきった元栓の“核”を二刀の交差で両断→根からの供給が停止→再生が止まり、巨樹が崩れ始める

・崩壊の高みから、生きた甘い香りとともに金色の果実がこぼれ落ちる→フィンが近づき、口にする(幼い従魔がうまいものを食べた、それだけの光景=変化はまだ起きない)

・末尾=崩れる巨樹の陰から人の形をしたモノが歩み出る→「……惜しいことを。あれは、私の、苗床だったのに」→その指先がヨーヘイの心臓へまっすぐ伸びた――


▼ ヨーヘイの考察


 斬っても、斬っても、塞がる樹だった。剣の腕だけなら、俺は、あそこで詰んでいた。だが、塊には、順序がある。筋がある。元栓がある。俺の目が拾えるのは、強さじゃない。段取りだ。それだけは、この世界に来る前から、俺の仕事だった。


 ルカが焼いて、リリアが払って、フィンが指して、俺が順を読んだ。誰か一人では、あの元栓に、届かなかった。届いたのは、四人の刃を、一本の段取りに、束ねられたからだ。


 根は、断った。里の白は、これで、止まるはずだ。あの家で、蓮が待っている。もう、あの子のいる場所を、白く塗らせはしない。守れた、と、俺は、そう思った。


 ――思った、その時に、あの声がした。惜しいことを、と。崩れる樹の陰から、人の形をしたモノが、畑を見にきた農夫の顔で、歩いてきた。あいつの指が、俺の胸へ、伸びてくる。まだ、終わっていない。まだ、何ひとつ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


最後まで読んでくれてありがとうございます。


感想・評価・ブックマーク、どれでも嬉しいです。

星ひとつでも、ヨーヘイの飯がうまくなります。


また次話でお会いしましょう。

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