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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第90話 魔法史の雑学

 何冊目かの本を読み終えたクリスティーナは息を吐く。


 いくつかの書物を見繕って机まで戻ってきたクリスティーナとリオは手分けをしてそれらに目を通していた。

 一方でレミは一度書くものを取りに出た後は正面の席で本と自身の綴った文字を交互に見やりながら勉学に励んでいるようだった。


 何かを話すこともなく黙々と自分が積んだ本を読んでいたクリスティーナだったが、彼女の憂い気な様子を見たリオが隣の席から視線を送る。

 それに大したことではないと首を横に振りつつもクリスティーナの心は晴れないでいた。


 聖女と七人の従者、魔王と七人の幹部。

 それらに関する情報はどの書物も似たり寄ったりの内容であったものの、童謡などで語られた物語よりも詳細なことを知ることが出来た。


 読み漁った文献に記されていた内容の殆どが世間に知れ渡っている有名な話とそれに付随した話が大半ではあったが、自分の認識と史実の間に齟齬がないことを確認したり、改めて情報を精査することに役立てることが出来た。


 それに、書物を漁ったことによって新たに知れたことも少なからずあった。

 魔族に関することで言えば魔族の中でも各々が得意とする戦法があったらしいこと、そしてそれぞれの名前。魔王軍の幹部は個々の戦闘能力によって序列が振り分けられていたこと等。

 聖女に関することで言えば七人の従者の二つ名や各々が誇っていた唯一無二の才について、童話よりも詳細に記されていた。


 しかし、一番把握しておきたかった聖女の能力については曖昧な記述が多かった。

 少なくとも回復魔法や闇魔法を打ち消す魔法、他者へ強大な力を与えることが出来ることは知れた。だが、それらの発動条件や使い方については一切言及がなく、七人の従者へ能力を授ける過程や条件も曖昧。


 聖女にしかわからない範疇の話だろうことを鑑みれば仕方のない結果ではあるのだが、クリスティーナの求めていた情報を全て網羅できたかと言えば答えは否だろう。


 だがそれもあくまで想定内。寧ろ収穫ゼロの可能性もあった中で少なからず新たな情報を得られたという結果は喜ばしいものでもあった。


 故にクリスティーナのため息や憂いの原因はそこではない。


 聖女に関する記述を読めば読むほど感じ取ることのできる、尊き存在へ疑いなく向けられた盲目的且つ過度な期待。

 聖女へ向けられた熱く強い想いがクリスティーナへ精神の重圧となって伸し掛かっていた。


 何をせずとも備え持った力によって身勝手に評価され、寄せられる期待。美化された自分という存在。

 クリスティーナが目にした記述。正確に言えばその全てが初代聖女を讃えたものなのだが、同じ能力を備えた者として同様の感情を他者から向けられる可能性が低くはないという事実に辟易してしまう。


 生憎と、クリスティーナは歴史書に描かれているような清廉潔白な存在ではない。

 自らに有益でない選択を取るつもりはないし、今となっては他者の為に無理に自身を押さえ込むつもりも、聖女という立場を理由に義務感を背負うつもりも毛頭ない。


 しかし本人の意思と関係なく寄せられるだろう聖女に向けた強い思い。それを認識してしまったクリスティーナは胸焼けしそうな心地がした。


 悶々とした気持ちを抱えながら新たに本を開くも文字列に集中することは出来ず、ページを捲ることもせずに暫し呆けることとなる。


「魔族について調べてるの?」


 そんなクリスティーナの耳を突如として穏やかな声が擽った。

 リオのものでもレミのものでもない声に驚き、クリスティーナは咄嗟に声がした方へと振り向いた。


「やあ」


 視界に入るのは静かに揺れる白い生地。

 相手の目が自分の存在を捉えたことを察知してから、ノアは片手を挙げた。


「ごめんよ、急にいなくなったりして」

「……いいえ」


 不意を衝かれ、早まる心臓の動きを感じながらクリスティーナは冷静さを取り繕った。

 一方で驚かせた当の本人はそんなクリスティーナの動揺に気付いた様子もなく、開かれていた本を後ろから覗き込む。


「昨日の件があったから気に掛けてる? それともこの辺の年代の歴史に興味があるとか?」

「どちらも、かしら」

「そっか。俺も聖女様の話とかは結構好きなんだよね」


 お揃いだとノアは無邪気に笑みを零す。


「一時期それ関連の本を結構な量漁ったことがあってね。史実でも創作でも、冒険ものとかは読んでいて心が躍るよね」


 彼はぱらぱらとほんのページを捲り、目に留まった文を気まぐれに読み始める。

 視線を本へ向けながらも、潜めた声で彼はお喋りを続けた。


「ちょっとマイナーな話とか雑学程度の補足も出来ちゃうくらいには嵌ってたなぁ」

「例えば?」

「聖女の従者である七人も聖女同様に、同じ世に二人以上が同時に存在することはない。とかね」


 例えば、と彼は人差し指を立てる。


「聖女が亡くなっても従者達は彼女から授かった力を行使し続けることが出来る。そして先代聖女によって選ばれた従者が生きていた場合には新たな聖女が選ぶことのできる従者の数は更に制限される。そういうルールがあるのでは? という説がある」


「先代聖女によって選ばれた『勤勉』の従者が存命だった場合、新たな聖女は『勤勉』の従者を選ぶことが出来ない……六人にしか力を授けることが出来ないということですね」


「そう。まああくまで一説によると、くらいの豆知識だけどね」


 黙々と読書に勤しんでいたはずのリオはどうやらクリスティーナとノアの会話にも耳を傾けていたようだ。

 読書と会話を器用に同時進行させている従者の言葉にノアは頷いた。


「あとは、聖女の従者は実は六人しかいないんじゃないか、とかね」

「本当なの?」

「諸説あるよ。ただ、俺個人としては全然あり得る話だなと思ってる」


 童謡でも当たり前のように七人と定義付けられていた従者の人数が違う可能性。その話に食いついたクリスティーナの様子を見てノアは得意げに笑みを深める。


「どんな書物を漁っても『純潔』に関する記述が少なすぎるんだ。聖女や他六人の生い立ちや魔王軍との戦いの後のことは少なからず残っているんだけど、彼についてはその辺りが抜けている」


 クリスティーナは昔よく聞かされていた聖女についての童謡を思い浮かべる。

 そして言われてみれば確かにそうかもしれないという結論に至ったのだ。


 他の従者達の突出した才に関しては童謡の中ですら語られる。しかし『純潔』についての印象は無と言っていい程に薄かった。


「まあ歴史書によると、彼は誰の目にも止まることのない速度の剣捌きを得意としていたようだし、実は誰も見えないようなものを文字に残しようがないっていうだけの理由なんだったとしたら、めちゃくちゃかっこいいなって思ったりもするんだけどね」


 従者の数が自分達の認識と合わない可能性。

 他者へ力を授ける能力とやらの詳細もわからない現状ではまだまだ先の話かもしれないが、この旅路の先、戦力が集まってきた才に従者が七人揃わない可能性を思い出せるよう、頭の片隅に置いておいた方がいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、ふとノアが小さく笑いを零す。

 何がおかしいのかと問うように彼へ視線を向ければ、ノアはクリスティーナの正面を指さした。


 彼女の正面に座っているのは紙にペンを走らせていたレミだ。

 しかしその手も今や止まっており、その代わりにと彼は静かに舟を漕いでいた。

 片肘をついた状態でこくこくと上下する頭と、無防備な寝顔。


 昨晩のやり取りを思い出しながら彼の顔をよくよく観察してみれば、目の下にうっすらと隈が刻まれていることに気付く。

 もしかしたらあの後も上手く寝付けなかったのかもしれない。


 一方でノアはクリスティーナの傍から離れ、静かにレミの後ろへと回り込む。

 そして背凭れに掛けられていたローブを彼の肩に掛けてやるとその隣の席へと腰を下ろした。


「もう少し話してよっか」

「構わないわ」


 レミの寝顔を覗き込みながらノアがもう暫くの滞在を提案する。

 彼の眠りを妨げないようにという気遣いだろう。

 クリスティーナとリオは息を潜めて話すノアの雑学に耳を傾けながら時間を過ごした。

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