第89話 とある歴史書より
入ってすぐ目に飛び込んでくるのは無数の本達だ。
壁を埋め尽くし、それだけでは足りないと余った空間という空間に本棚を詰め込んだかのような本の宝庫。
中央には大きな机が広がり、生徒達の読書や自習の為に使用されている。また図書室を利用する生徒の為に設けられた広い空間は吹き抜けとなっており、三階の様子までがよくわかる造りとなっていた。
ゆっくりと二階、三階へ視線を持ち上げればどちらも一階同様に数多くの本棚が立ち並んでいる様子が見てとれる。
出入り口付近には貸出用の大きなカウンターが設けられており、そこでは数名の司書や生徒が図書館の運営を支えているようだ。
たまたま視界に捉えた本達の状態は良好。丁寧に手入れが施されているのだろうことが察せられる。
「ここは魔導師育成に力を入れた名門校だ。生徒が学ぶ為の施設は充実している」
状態の良い本達に囲まれたクリスティーナは思わず感嘆の息を漏らす。
それを横目に捉えたリオは嬉しそうな主人の様子に柔く微笑む。
振り返ったレミは二人の様子を見て喉の奥で小さく笑った。
「大抵の文献は備えられている、フォルトゥナ全体で見ても大きな図書館だよ」
オーケアヌス魔法学院図書館。
魔法に精通した国の中で、更に優れた魔法知識を保有する魔導師育成機関に設立された図書館。
そこに集められた文献らはどれも重要且つ貴重な情報源と言えるだろう。
元より本を読んで過ごすことを好むクリスティーナに図書館のように数多の文献が保管されている場へ足を踏み入れることは喜ばしいことだ。
それに加え、魔法の名門校に入荷するに値する物として選ばれた本の数々が多くの情報を齎してくれるだろうことは十分に期待できる。
「……好きに見るだけなら構わないのよね?」
「勿論。持ち出すことは出来ないが室内でなら読んでもらって構わないよ」
先に場所を取っておこうとレミが椅子の背にローブを掛ける。
それに倣い、クリスティーナ達もその正面の席に軽い荷物を乗せる。
「具体的に探したい分野のなんかは決まっているのか?」
「そうね……。一先ず伝記や魔法史の類を見てみたいわ」
遥か昔に活躍した聖女と七人の従者、そして魔族について詳しく記されているとすれば歴史書の類だろう。
歴史というのは昔であればある程誇張され、想像されて言い伝えられていくものだ。故にかつての聖女について記された情報が全て正しいものだとは考えられないし、クリスティーナが知りたい情報全てが文献を漁るだけで得られるとも思ってはいない。
ただ、今後自身が強くなっていく為の足掛かりになる知識が少しでも得られれば、そこから自分のすべき事を見定められたならとクリスティーナは考えたのだ。
「歴史に興味があるのか」
「ええ」
自身の事情を公に出来ない以上短く肯定することしかできない。
しかし嘘ではない。クリスティーナは幅広いジャンルの本を好んで読むし、その中には歴史書の類も含まれていた。
「なら、ノアと話しも合うだろうな」
「彼も歴史が好きなの?」
「ああ。……まああいつの場合、魔法が絡んでいれば大抵の物には興味を示すが。中でも世界各地を巡った偉人の話なんかは好きだな」
貸出カウンターの傍に張り出された図書館案内図。
レミはそこまでクリスティーナ達を誘導し、歴史関係の書物が並ぶ区域を探し始めた。
「大きな脅威に立ち向かった者の話、各地で人を救いながら旅をした者の話……。そういったロマンある話が好きらしい」
彼は言葉を紡ぎながらも案内図の上へと視線を滑らせる。
そして該当の箇所を見つけ出し、そこを杖で指し示した。
「あいつは自分が見たことのないものに強い興味があるんだ。自分の身をまともに守れるだけの才があれば将来は旅に出てたかもなんて時折口にするくらいにはな……と、あった」
レミの話に耳を傾けていたクリスティーナはノアを仲間に引き入れられなかったことを口惜しく思う。
勧誘を受けた時の彼の受け答えから、クリスティーナの誘いを肯定的な視点で捉えていることはわかっていた。
優秀な魔導師を欲しているクリスティーナ達と冒険に興味のあるノア。
互いの利害だけに着目するならば一致している。だからこそ余計にままならない現状がもどかしかった。
「歴史関連は全てここに集められているな。ぼくは別の場所で本を探すから、互いに読みたい物を見繕ったらさっきの机で合流しよう」
「わかったわ」
レミの提案に頷きを返し、今一度教えられた方向を確認してからクリスティーナとリオはその場を離れた。
***
世界は東西南北四つの大陸とその中間地点に位置する島国で形成されている。
東西の大陸では主に人族が、世界最大の南大陸ではエルフや獣人などの亜人族が住まい、大陸を越えた交易の中継地点として島国を統括する海洋国家が発展した。
しかし其の昔、北の大陸は発見されていなかった。
北大陸の存在を人々が認知したのは魔王が誕生してからのこと。
突如として現れた魔王、そしてその配下である魔族と魔物。邪悪なるものの誕生と同時に世界は北大陸を中心として瘴気に包まれた。
瘴気は生物や植物へ病と恐れを齎しただけでなく、それに侵された地では魔物が生まれるようになった。
世界へ大災害を齎し、混沌へと陥れた邪悪なる者達は人類へと更なる猛攻を続けた。
人ならざる者らは知性と実力あるものを将とし、軍を成し、大陸へと攻め入った。
中でも武力、魔法に於いて強力な手腕を持っていたのは魔王と、彼の腹心であった七人の魔族。
『怠惰』、『嫉妬』、『暴食』、『強欲』、『憤怒』、『色欲』、『傲慢』。七つの悪しき心を模したかのような邪悪なる者達。
時に外部から圧倒的な武力で押し切り、時に内側へ潜り込んで紛争を誘発させる。
闇を司る魔法を得意とした彼らはその魔法を巧みに操り、着実に戦況を優位に進めていった。
いくつもの国々があらゆる企てによって陥落し、世界全土が魔王に支配されるのも時間の問題。誰もがそう考え、やがて訪れる絶望に嘆いたその時。
魔王へ立ち向かうべく現れたのが一人の少女だった。
『神は今の世界の在り方を嘆いておられます。故にそのお力の一端を私へ預けたのです』
後に聖女と呼ばれることになる少女は神の啓示を受けたことを明らかにする。
『飢え、病気、暴力、恐怖に怯える貴方方を救いましょう。この世界が再び光を浴びる為、私はこの身を捧げると誓いましょう』
戦と災害に苦しむ人々を助け、諸悪の根源である魔族を討ち滅ぼす為に少女は旅をする。
彼女が神から授かった祝福の力は怪我を治し、瘴気を打ち消し、闇の魔法を弾き返した。
例えどんなに枯れた地も彼女が踏めば花が芽吹き、曇り空にも太陽が姿を現し、人々の昏き顔にも明るみが指す。
世界へ光を灯しながら、少女は北の大陸を目指して旅を続ける。
そしてその旅路で彼女は仲間に出会う。
『勤勉』、『忍耐』、『節制』、『救恤』、『慈悲』、『純潔』、『謙譲』。魔王の腹心らと相反する、人としての美しさを聖女に見出された存在。
彼らは聖女に認められたことで彼女を通じ、神からその力の一端を分け与えられた。
それぞれが突出した才を誇る七人の仲間。
彼らを引き連れた聖女は北の大地へ足を踏み入れ、その中央に聳え立つ王城、その玉座に鎮座した魔王の首を討ちとることに成功する。
長を失ったことにより戦況は一転。聖女の勇姿と彼女が切り開いた活路によって希望を見た人々は各地に散らばっていた魔王軍を撃退していく。
この戦により魔王軍は壊滅。軍の主力は魔王の腹心である七人の魔族を除いて全て討ち取られた。
残った七人の魔族も再び軍を率いるだけの力を持たず、聖女の力を恐れて姿を晦ました。
この戦を最後に、世界中を満たしていた瘴気は薄れていき、人々は安寧を再び手に入れたのだ。
世界に再び平和が訪れたが、それでも尚神はこの世界を気に掛けていらっしゃる。
故に聖女が亡くなる度、新たな聖女が生まれる。
聖なる存在が消えると同時に、その力を受け継いだ新たな存在を神が生み出す。
残った魔族らが再び世界を混沌へと誘うことがないように。
例えその兆しが視えたとしても、人類が再び脅威に立ち向かえるように。
故に今も尚、聖女様は世界のどこかにいらっしゃるのだ。
例え今その存在が明らかとなっていなくとも、この世が悪に染まろうとしたその時は再び姿をお見せになることだろう。




