過ぎ来し方Ⅲ
周囲を警戒しつつ中央棟へと到着したゼクスは、視界にフィーアの姿を捉えた。
フィーアもゼクスの姿を視認し、手招きする。
「ゼクス!こっちよ!」
他の棟に比べて明らかに損傷の激しい中央棟は、予想通り爆心地で間違いない様だ。
積み重なる瓦礫の合間を縫って行くと、淡い緑色の光が視界に入る。
更に奥へと進むと瓦礫の山が一転、開けた空間に出た。天井は爆発で吹き飛んだのか、深い藍色が覗いている。
その中心にアインスはいた。こちらに背を向けて屈んでおり、身体には回復魔法特有の淡い緑色の光を纏っている。
「アインス、来たわよ」
「何があった?」
「実は、この子なんだけどさ……」
振り返ることなく「この子」と言い淀むアインスの足元に、小さな細い足が見えた。
ゼクスが足を進めてアインスの横に立つ。
アインスの足元を見下ろすと、そこには仰向けに横たわる幼い少女がいた。青みがかった長い黒髪の少女は、瞼を重く閉ざしたままピクリとすら動かない。微かに上下する胸が、辛うじて生きていることを証明している。
アインスは少女の胸元に右手を左手に重ねた状態で翳して、纏う緑色の光を少女に流し込んでおり、懸命な延命治療をしていることが窺えた。
ゼクスが少女を確認できる位置に立ったのを確認したアインスは、重い口を開いた。
「……なんて言ったらいいかわかんねぇから、取り敢えずこれ見てくんねぇ?」
そう言って、アインスは魔法を継続したまま、少女の胸元に翳していた手をそっと腹部の方にずらした。
「……下種どもが」
ゼクスの口から憤懣の声が漏れ出る。
アインスの手に隠れて見えなかった少女の胸元には、鮮血のような真っ赤な魔法陣が浮かんでいた。
「とんでもない禁忌を犯してくれたな」
そう。それは禁忌。
この世界において、魔法には2つの流派が存在する。
詠唱を媒介する“チャンター”と、魔法陣を媒介する“サークラー”だ。
一般的に普及している流派は“チャンター”で、水生成などの日常魔法から、戦闘で使用する攻撃・防御魔法まで、汎用性の高い流派となっている。
対して“サークラー”は、媒介する魔法陣の事前準備が必須の為、汎用性には欠けるものの、召喚魔法や結界生成などの規模の大きい魔法は“サークラー”でないと成し得ない。大規模な魔法には、規模に見合った魔力が必要となるが、勿論魔力の保有量には個人差がある。その為、この世界における“サークラー”の絶対数は少ない。
では、なぜ人体へ魔法陣を描出することが禁忌とされているのか?
人は魔法を使用するにあたって、各々の体内に存在する魔力の根源たる“核”から、体中を循環する“脈”を通じて体外へと魔力を放出する。それは、“チャンター”も“サークラー”も同じで、魔法を使用する上でのフローと言ってもいい。
しかし、人体に描出した魔法陣を発動した場合、核から直接魔法陣の描かれた箇所に向かって魔力が集まってしまう。つまり、“脈”の流れをまるで無視してしまう形となる。
そうなった場合どうなるのか。
今となっては禁忌目録となっているが、世界中に言い伝えられている、人体実験の報告書の一文がある。
―――“脈”破損により、魔力暴発。被験者は、暴発した魔力と共に無に帰した。




