2.
§ § §
「これで良いですわね」
とある世界の片隅で、空に上ってゆく細い煙を見つめながら少女は満足そうに微笑んだ。焚き火禁止の法律など知ったことではない。
少女が立っているのは、今や更地となった跡地だ。ここには古ぼけた安アパートがあったが、異常気象により発生した竜巻により木っ端微塵にとなった。連日ニュースを賑わせた災害で、少女は唯一の親友を失った。
「ねぇ、知ってますこと?わたくし、これでも本当に、貴女のことが大好きでしたのよ。どうしてわたくしが公立学校に、って思っていたのでしょうけれど、貴女がいたからですわ」
少女は悪役令嬢だった。
親が決めた私立の小中一貫校で、人間関係を上手く築けずに孤立していた。思えば自分にも非はあったのかもしれない。良かれと思ってしたことが裏目に出ることが多く、顔立ちが整っていることもあり、言動を勘違いされる日々は本当に辛いものだった。
実家はそれなりに名のある財閥で、両親共に厳しく、気軽に相談出来るような相手でもない。少女は自分がゆっくりと歪んでゆくような気がしたが、どうしようもなかった。
「初めて会ったのは、修学旅行先でしたわね。偶々、お互いの学校が行き先も日程も被っていて。尤も、貴女は覚えていなかったですわね。ホテルで会ったわたくしのこと。庇ったなんて、これっぽっちも思っていなかったんですもの」
その時もまた言いがかりをつけられ、女子特有の陰湿な攻撃に晒されていた。家柄ではどうしても劣るから、そのプライドを保つために大勢で攻撃する。
偶然通り掛かったのだろう。相手がお金持ちのお嬢様集団と知っても、しれっとした淡白な態度を変えずに話を聞いて論破した。少女に対しても、あの言い方は良くないよ、と淡々と言って立ち去って行った。
「貴女はわたくしの恩人で、ヒーローでしたわ」
家が貧乏だからか元々の性格か、表裏のないさっぱりとした人柄がそばにいて心地良かった。彼女との出会いで何かが変わり、見習って自分で物を考え意見を言うことを覚え、高校は親を説得して公立学校を選んだ。そこで同級生になったのは奇跡で、初めて神に感謝した。
お嬢様学校にいては知り得なかった世界を見聞きし、重度のゲーマーに足を突っ込みBLの沼に落ちたのはご愛嬌だが、ほぼ一方的にべったりと懐いた少女を彼女は淡々と受け入れてくれた。なんだかんだで親友だと思ってくれていることも知って、どれだけ歓喜したか彼女は知らないだろう。
高校の卒業式の日。彼女はこの世にいなかった。第二ボタンを交換しようと約束したのに。
「本当に酷いですわ。わたくし、貴女の花嫁姿を見て結婚式場で号泣するのが夢でしたのに。もちろん、相手の殿方はわたくしが直々にしっかりと見極めて差し上げるつもりでしたわ。絶対に貴女を幸せにしてくれる人でなければお断りですもの。だから、わたくし、妙案を思いつきましたの」
少女は来る日も来る日も泣いた。泣き腫らした。夢に描いた彼女の幸せな未来図を想って、それがもう叶わない現実に打ち拉がれた。自分も死のうとすら思った。
そうしてひたすら泣き明かして何度めかの夜、唐突に閃いた。まるで何かに取り憑かれたかのように、一心不乱に描き上げた一枚の絵。
「ふふふっ…知ってますのよ、貴女、隠しているようでしたけど、グレン様に恋していましたわね。きっとわたくしのグレン様への愛が伝わったのですわ。それでね、思ったんですの。グレン様なら、って」
彼なら、彼女を幸せにしてくれる。
「わたくしはヒロイン♂至上主義ですわ。グレン様にはヒロイン♂が一番。そう思ってましたわ。ーーでも、貴女なら、って。わたくしを救ってくれた貴女なら、グレン様に相応しいって思ったんですの。いいえ、むしろ貴女が良いって思いましたわ。ヒロイン♂には他の殿方もいらっしゃるけど、貴女を幸せに出来るのはグレン様しかいない。貴女になら、グレン様を任せられるって思いましたの」
空想だ。妄想だ。
良いではないか、願ったって。
「わたくしの大切な人達。どうか、幸せになってくださいませね。幸せにならなかったら承知しませんわ」
これは供養などではない。
きっとどこかで大切な人達が幸せに生きている。そう信じて、少女は晴れ渡った空へと笑いかけた。
《完》