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それはまるで芝居がかっているかのように見えた。
今にも『カット』の声と共に、カメラを背負った誰かが現れるのではないかと周囲を伺うが、一向にその気配は感じられない。
「恍けるもなにもないよ。何を言われているのか、さっぱりわからないんだけど」
「じゃあ、どうしてここに来たの? 私をつけて来たんじゃないの?」
「誤解だよ。この場所が好きだから来ただけだ。君とは関係がない」
それでもミラノは引き下がらない。
「嘘よ」
まるで決めつけるようにミラノは言った。「そんな嘘が通ると思っているの」
「嘘と言われても……そもそも、どうしてボクが君を殺すなんてことをしなきゃいけないんだ?」
「あなたが一条家の人間だからよ」
「ごめん。やっぱり意味がわからない」
話せば話すほどにミラノの言っていることがわからない。関わらないほうが良いかもしれない、と響はミラノに背を向けた。その響をミラノは呼び止めた。
「待ちなさい」
「何?」
響はため息と共に振り返った。
「人を嘘つき呼ばわりして、このまま帰るつもり?」
「ボクを嘘つきと呼んだのは君のほうだと思うけど」
「そうだったかしら?」
「そうだよ。ねえ、こんな意味のない言い合いをしていてもしょうがないんじゃないかな」
響の言葉に、ミラノはふぅっと大きく息を吐き出した。そして、何かを決意したかのような顔でまっすぐに響を見た。
「いいわ、見せてあげる」
そう言って、おもむろにフェンスによじ登っていく。
「危ないよ」
「いいから見てて」
ミラノはそのままフェンスにかけた足に力を加えた。その身体が大きく宙を舞う。そして、そのまま落ちていった。
ゾクリと背筋が寒くなった。
次の瞬間、ドスンという重い物が落ちる音が聞こえてきた。急いでフェンスに飛びついて崖から下を覗くと、そこに倒れているミラノの姿が見えた。
慌てて来た道を戻って、坂を駆け下りていく。
ミラノが崖下に倒れている。だが、響が駆け寄っていった瞬間、そこに倒れていたミラノがムクリと起き上がった。
「どお? わかった?」
平然な顔でミラノは言った。彼女が倒れていた場所にはわずかに血の跡が見て取れた。
「大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。でも、死ぬ時はやっぱり痛いわ。だからもう二度とやらないで欲しいの。これで私を殺しても無駄だってことはわかったでしょう?」
まるで勝ち誇るかのようにミラノが言うのを見て、響はホッとした。どうやら大きなケガをしているわけでもなさそうだ。
「何を言っているのかよくわからないんだけど」
「まだ恍けるつもり? ここまでやったのに? ああ、そう、そういうことね」
「何が?」
「あなた、誰に頼まれたの?」
「頼まれた?」
「あなたはきっと詳しい事情を知らないのね」
「事情?」
「一条家というのは裏で妖怪絡みの仕事をしているらしいの」
一条家が妖かしと関わりがある家であることは、響も知っていた。だが、それをミラノの口から聞かされたことに驚いていた。
「だからって、どうして一条家が君を?」
「見たでしょ。私が妖かしだからよ。一条家は私を殺そうとして、あなたに私のことを尾行するように指示したのよ」
「何を言ってるんだ? ボクは誰にもそんな指示を受けていないよ」
一条家が妖かしに関係していることは響もよく知っていた。だが、そのことに響が何かを頼まれたことはない。
「ホント?」
疑わしそうな目をして、ミラノは響の顔を見つめた。
「本当」
「おかしいわね」
「おかしいのは、あなたのほうですよ」
その声に二人は振り返った。
そこにいたのは双葉伽音だった。