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翌日私は神殿奥の寝所で目が覚めた。
先に起きていたイリヤが私に飲み物や果物を運んできた。
何でも【契りの日】から2日間二人きりで過ごすそうだ。
そこは聞かされていなかった。
食料や飲み物は用意されベッドもバスルームも完備された寝所だった。
快適に過ごせそうではある。
私はイリヤの顔を見たら昨晩の事を思い出して恥ずかしくなりベッドから起きられずに潜っていった。
するとイリヤが潜っている私を引きずり出した。
「いい加減諦めてくれ、もう君は僕のものになったんだから!」
「諦めてくれ?何を?」
キョトンとする私にイリヤが言った。
「マリー、君は僕から逃げるつもりだったろう?だから神殿に入るまで塔に閉じ込めたんだ。塔から見ていればわかると思って君が逃げても帰れないようにナタの街からもすぐに離れた!!」
え?私ってやっぱり塔に閉じ込められていたんですか?ずっと塔にいたのはそう言うしきたりなのかと…
「どうして私が逃げるんですか…?やっとイリヤのお迎えが来たのに…」
「どうしてって…君僕以外の男と結婚するところだったろう?君のお父さんが言ってたぞ!もう少しで"隣街のガンスキーさん"にお嫁に出すとこだったって!!何だよそれ!?僕以外の男と結婚!?僕は嫉妬で死ぬところだった!」
頭を抱えて叫ぶイリヤを見て不思議になった…。
隣街のガンスキーさん!?……誰?
…どなたでしたっけ?
ああ…そうだった再婚相手を探している人?そんな事をお父さんが言っていたけど断ってなかったの?
そしてお父さんたらそんな事をイリヤに言ったの?呆れる!!
でも父も母も皇子様の一団のお迎えを見てパニックになっていたようだから変な事を口走ってしまったのもムリないかもしれない…?
それでもイリヤにそんな事を言うのはどうかしている!!
「僕は君が隣街のガンスキーさんの処に逃げてしまわないように気が気でなかった!!どうして僕以外の男を好きになるんだよ!!でも僕はそんなやつに君を渡さない!そいつよりも僕の方が君の事を好きだからだ!」
私の手をしっかり握りしめて真剣な瞳でイリヤが熱く語った。
すごい誤解だ。
でもどさくさにイリヤの気持ちが聞けて凄く嬉しい。高揚した気持ちをおさえながらなるべく落ち着いてイリヤに言った。
「その話は父が勝手に進めようとした話で、私はその人に会ったことも無いです。」
私の答えに一瞬イリヤが「?」となったが、そのあと「本当に?」
と言う確認が10回くらい続く…
いい加減しつこいので遂に私も言った。
「だいたいイリヤの迎えが遅いからこんな話が出ちゃったんでしょう!?三年も遅れるなんてもう来ないかと思ったわよ!!」
するとイリヤが驚く。
「三年?遅い?なにそれ…?ちょうどに迎えに行ったろう?」
あれ?
「まさか私の年…知らないの…?」
「マリーは僕と同じ年だから18だろう?今年成人だ。」
え?
「私はイリヤと同じ年で18歳よ。でも成人は15歳よ!」
二人で顔を見合わせた。
【ユベール国】の成人は15歳。
【天空浮遊皇国アルトゥル】の成人は18歳。
この三年の差が私達の中でわかっていない事だった。
無理もない…約束したのは10歳の事だ。
そんな事はお互いの常識で考えもしなかった。
ーーーー必ず成人したら迎えに来る。ーーーーーーー
そう言ってくれたイリヤの言葉に嘘はなかったんだ。
そしてこの国アルトゥルでは私は全く"行き遅れ"では無い事が分かった。
お互いの誤解が解けたあとも私達はいっぱいお喋りをした。
「君がお茶の時に喋ろうとしたときは本当に驚いた。あれで君は僕とやっぱり結婚したくないのかと腹立たしかったよ。」
「私だってイリヤが怖い顔をしているからイリヤが私と結婚したくないのかと思ったもの。イリヤのためになるなら身を引こうと思ったの。だってこの国美人ばかりでしょう?エリヴィラも凄い綺麗だし、ああいう人と結婚したかったのかと思ってました。」
「エリヴィラ?なにいってるんだ?彼女は僕の乳母だぞ!昔【ナタの街】にたまに僕を迎えに来ていただろう?」
え?そうでした?この国の人達見分けがつかなかったし…
それに乳母って……エリヴィラは何歳?凄く若く見えます。同じくらいのように見えますが、同い年にしてはしっかりしているとは思ってました…
「小さい時から僕がマリーの事を好きだったのを知っていたから応援してくれていたんだよ。」
そうだったんですか、確かにエリヴィラは親切でした。
「あ、じゃあ 私が喋ろうとした次の日にエリヴィラが言っていた"もしもの事があったら私の首も跳ぶ"って嘘!?」
「ぶふっ!!」
イリヤが吹き出して笑いはじめた。
「そんな事を言ったんだ!エリヴィラはクビに出来ないよ。エリヴィラも僕の願いを叶えようと必死だったんだね、ハハハ」
イリヤの笑い顔を見ながらちょっと感動していた。
大きくなったイリヤの冷たい表情しか見ていなかったからホッとする。
幼かったイリヤの笑顔と重なって見えた。
イリヤは変わっていなかった。
変わらず私を大事に思ってくれていたんだ。
その事が凄く嬉しい。
「イリヤの笑顔が好き…」
思わず口から言葉になって出た。
するとイリヤが一瞬で真っ赤になった。
昨日の夜にだってこんな顔はしてなかったと思う。
イリヤが急いで顔を背けた。
あれ?この仕草は…
"お茶の時間"に何度か見た気がする動きだ。
!!…"お茶の時間"に顔を背けられた訳が今分かった気がした。
彼は凄く照れ屋さんだ…。
そう言えば子供の時からそうだったかもしれない…?
8年も昔の約束を守ってくれたイリヤ…
昔と変わらずに、もしかしたらそれ以上に私を好きでいてくれるイリヤ。
私は嬉しくて嬉しくてイリヤの背中に抱きついた。
するとイリヤが私の方に向き直り私の唇に軽いキスをした。
「もし君があの時喋ってしまっても、もう一度最初からプロポーズするつもりだった。僕も君が好きだ。」
イリヤの言葉に私も真っ赤になってしまった。
「こんな…地味な街娘の私なのに…?」
その質問にイリヤが思い切り反論してきた。
「マリーは地味なんかじゃないよ!ブラウンの髪も瞳も美しい。顔もかわいい、清らかで可憐だ!一緒にいると温かい気持ちになる……身体もしっとりして凄く触り心地がいい…」
最後の方の言葉がかなり小さくなっていて聞き取りづらかった。でもしっかり聞こえてしまった。
イリヤは真っ赤になってまた照れている。今度はイリヤは下を向いた。
私の人生でここまで褒め称えられた経験がないので、もうどんな顔をしていいのかわからないまま顔が沸騰しそうになった。
更に下を向いたイリヤが耳まで真っ赤にして続けた。
「ユベール国の言葉を覚えたばかりで初めてナタの街に降りた時…僕の発音がおかしくてみんなに笑われたりバカにされた…でもマリーだけは違った。マリーは人をバカにしたり嘲ったりしない。困ってる人に親切だ。僕はずっとそんな君が好きだった…。」
イリヤの言葉に胸がいっぱいになる。
30日間喋れなかった不安は全く消えてしまった。
最初から話す事が出来たならお互いここまで不安になることはなかったはず。
「あのしきたりはどうかと思うわ。やめた方がいいと思う。」
私の提案にイリヤが笑った。
「あのしきたりは試練でもあるんだ。あれを乗り切ったから僕らはもう大丈夫って事だよ。」
そうなの?
「僕と君の子供の時にも与えられるしきたりだから…まあ君がどうしてもやめてほしいって言うなら考えないとだね。」
いきなりもう子供の話までされてしまって私はまた照れて真っ赤になってしまった。
2日後私とイリヤが神殿から出るとイリヤの両親の国皇様と皇后様が待っていてお祝いを言われた。その後は御披露目としてアルトゥルの街を回った。
どこに行ってもみんなに祝われて私はもう"行き遅れ女"でも"空の王子に捨てられた女"でも無い。
小さいときからのアダ名の通り本当に本物の"空の王子の花嫁"となった。
「僕はマリーを生涯大事に愛するよ。」
そう言ってイリヤが私のおでこにキスをした。
【誓いのキス】だ。
今度の約束もイリヤならきっと守ってくれる。
ーENDー