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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第二章
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第20話 クラーク帰還 

 クラーク邸って打った時、なんか既視感があると思ったら、グラバー邸だった。お庭にハートの形の床石があるんだよ。


 というわけで、クラーク編です。

 懐かしき門構えにナーバスになる自分がいる。戦地から家に帰ったのだ。たとえ束の間でも安寧と郷愁を得るはずなのに。


 結局、正門を叩く気にはなれず、裏門に回ることにした。勝手口からこそこそと入る。

「タリサ、久しぶり」

 台所をしきる女中頭を見つけて声をかける。

 タリサは数秒、訝しげに私の顔を見つめ、ようやく誰か分かったというように目を見開いた。

「お坊ちゃま」

「もう、そんな歳じゃないよ」

「こんなに背が大きくなって。顔つきもすっかり大人びて」

 苦笑すると、タリサはみるみる顔を怒らせた。

「今までどこにいたのです。連絡ひとつ寄越さないで。旦那様も奥様もどれだけ心配したとお思いです」

 バシバシと肩を叩かれた。これではどちらが仕えているのかわからない。タリサは一目で僕と分からなかったようだが、彼女は昔も今も変わらない。肝が座った恰幅のいい外見をしていた。僕が子供の時からおばさんで、大人になった今も、変わらずおばさんなのを見ると、少しだけ安心が湧いてきた。

「本当かなあ、心配してくださるだろうか」

はは、と乾いた笑いはほとんど本心だった。タリサはひどく呆れた表情を見て、しっかりと否定をしてくれた。


 タリサはすぐに前掛けで手を拭ってから、汚れたそれをはずし、上階へと案内する。

「旦那様はお城が落ちてからも、事務官として度々お城に出向いておられますが、今日は運よくお部屋に」

「うちは改易などないのかい」

「私に、政治が分かるとお思いですか。お父上に直接お聞きなさい」

「いや、独り言だよ」

 ハイケーン領ではもっぱら、事務官より武官のほうが身分を上とみなす風潮がある。また戦の後はその直接的な脅威から、極刑の対象になりやすいのも武官である。事務官の領地内も当然のことながら兵役義務の対照ではあるものの、後方支援などの役回りがあてがわれ、目立った手柄も褒美もない代わりに、死ぬことも少なかった。レイクヤード領もこの戦中にあって穏やかであるのは、亡きレイクヤード候が事務官の家系であり、当人も事務官であったからである。

 ふと、親友の実家を思いやる、何度も訪れたあの家が荒らされてはいまいかと心配になる。それよりも先に、自領を気にかけるべきである。


「旦那様、レオナルド様がお戻りになりました」

タリサがノックと共に告げると、父の応じる声が返ってきた。

部屋に入ると、父は執務机から顔を上げ、老眼鏡を外した。目を細めて私を眺める。

「レイクヤード夫人が先触れを下さった。お前はどうして、自分で連絡をいれないのか」

 決して叱る様な口調ではない。

 薦められて、暖炉の談話椅子に腰を下ろす。父も向かいのカウチに腰を沈めた。記憶のとおり背は低く、出た腹をベルトで支えている。毛髪の量は記憶より少なく、色も白くなっているが、紛うことなき養父である。

「体調はどうだ、あまりよくは無いのに無理を押しているのだろう。グレイ君はようやく目を覚ましたようだが、お前も同じくらい過酷な状況にいたのだろう」

「いえ、あいつに比べたら」

「手を見せてみろ」

 おずおずと手を出す。そこにある包帯を解いていく父の手には大きなペンだこがあった。対して自分の手には剣だこと傷と傷。

「痛かったろうに」

 拷問の過程で故意的につけられた傷を見て心苦しそうに呟く。いたたまれなくなって、手を引っ込めた。それに、この類の拷問が始まった日に逃げ出せたから、それほど酷い状態でもない。

「なりたくて、武官になったのです。このくらい、覚悟の上です」

「なにも、武官になったことを責めているんじゃない。こんな思いをしなくても、武官として一生を終える者は多いと言っているんだ」

 目を合わせずに、早口で尋ねた。

「父上こそ領地召上げや、処罰など、酷い目にあっていませんか。長いこと、国の現状を把握できない環境にいたので」 

無理に、話題を変えると父は首を横に振った。

「まだ、統治者は城に入っていないからな。今は暫定的な処分で済んでいる。とはいえ、グレイ家を筆頭に、武官の家はもうすでに処罰が始まっているだろうが。我々も向こうの人間が城に入ってからは、領地が削られるくらいのことは覚悟せねばなるまいな」

「やはり、オズワルド殿は」

 かつての教官である、グレイの父の安否は嫌でも気になるところだった。

「それがな」

 父は、言葉を濁す。

「城が落ちたのは、騎士団も然ることながら、軍勢のほとんどが城を空けていたのが原因だというのは、お前も知るところだな」

 そのときの現状はあまりよく分かっていないが、そうであったかと頷く。

「オズワルド殿が率いていた軍勢は、戦地で勝利を収めた所まで分かっているのだが、その後なぜか、煙のように立ち消えた」

「それでは」

「私にはなんとも、言えない。身内から見ても、消えたのだ。そんなことよりも、母とライナスに会って来なさい。腹は空いているか、皆で食事にするのもいい」

 父は窓の外を覗き、日の傾きを見る。

「昨日の晩が最後です」

「もう、夕飯の時間だ。まったく。きちんと家族に挨拶をなさい」

「……はい」


 晩餐に旅後の汚い服は許されない。風呂を浴びて、着替えをしてこいと部屋を出された。

「この家にある服はもう丈が合わないだろう」

 初陣からこちら側、ほとんどこの屋敷には帰っていない。リア様の護衛として城で寝起きしていた。今の体型に合わせた正装も城に数着あるのみだ。

「ございますよ」

「え」

「お父様はあなたが騎士学舎に入ってから、それは、それは苦労なさって武官にも繋がりを作ったようです。お坊っちゃまからはご連絡がないから、様子をお知りになりたい一心で。武官の方と仕事をするたびに、お坊っちゃまの背丈はどのくらいか、身は厚くなったか、聞いてらっしゃったようですよ」

 足が止まる。感情のの整理ができなかった。いろんな気持ちで苦しくなる。

「お坊っちゃま」

 上段で振り返るタリサの表情は、逆光で見えない。

「あなたもお父様もお母様もあなたのことを心の底から愛していらっしゃいます。そのことを認めないことが、ご家族にいかに酷かそろそろご理解した方が良いのでは」


 風呂を浴び、腕に服を通すと、筋肉の分少しきつかったが、丈はちょうどだった。


 なんだかんだ言って、正装はアド・リティーム行きを命じられるために王に謁見した時以来である。もう、一年以上経っていた。

 正装は、いつもの服に比べ機能的ではない、手首を捻りながら肩をすくめる。

「兄上っ」

 子供の声がした。

 とんっ、と腰に衝撃が走る。

「兄上、お会いしとうございました」

 腰にまとわる温みには、どうしても目を向けられない。

「ライナス、廊下を走ってはいけませんよ」

 遅れて追いかけてきた女性に会釈をした。

「お久しぶりです、母上」

「ごめんなさいね、いつもはお行儀よくしているのに」

 細い目を細め、穏やかさを絵に描いたように微笑む彼女に薄く笑みを返す。

 彼女の手前、無視もできない。

「ライナス、いい子にしてたか」

 腰に抱きつく8歳児の頭に手を乗せる。

 パッと、ヒマワリが咲くようにライナスは顔を上げる。にっと太陽のように笑う口には前歯がない。

「歯が抜けたのか」

「こっちの歯はもう、頭が出でいて、こっちの歯は一昨日抜けたんでふ」

 指を抜けた歯の根元に押し当てながら話すものだから、声がボフボフと抜ける。

 歯に当てた手をそのまま、服に押し当てるライナスに、顔が引きつった。父上がせっかく作ってくださった正装に。

「ほら、食事に行きましょう」

 母上がライナスに手を出すと、それを取り、空いている方で私の手を握った。二人の間にぶら下がるようになり、満足げに飛び跳ねるライナスにつくづく思う。


 大人気ないのは重々承知だけれど。


 嗚呼、子供は苦手だ。

一人嫌いになっちゃうと、冷静に全体見れなくなるよね。


でも、クレアはそんなに嫌いじゃなかったでしょ、君。

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