空中機動砲兵
山中の少ない平地の上空に、6機のUH-60Mブラックホークと、1機のUH-72Bラコタが滑り込む様にホバリングする。
『シェルパ3-1、赤外線スウィープ始め!砲兵展開に備え、見張りを厳にせよ!』
機首前方下部に装備されたAN/AAQ-16 FLIRが作動、赤外線によって敵の兆候を探す。もし見つけたらドアガンとして据え付けられたM134Dミニガンが火を噴くが、反応は無い。
『反応なし!支援要員、展開開始!』
敵がいない事を確認するとUH-72Bが着陸、8人の地上支援要員を下ろし、UH-72Bはすぐさま離陸。殆どタッチ&ゴーの要領で展開した地上作業支援員が上空のUH-60Mを誘導し、M119A3 105㎜榴弾砲を接地させて素早く懸架ワイヤーを解除。榴弾砲を下ろしたUH-60Mは順に付近に着陸して砲班員と砲弾を下ろしていった。
そう広くない平地を効率的に使い、榴弾砲6門を展開する即席の砲兵陣地を作った砲兵中隊は一瞬の無駄も無く砲撃準備を整える。
水準器を使用して砲を水平にし、僅かな傾きも無い事を確認した。デジタル照準装置に自隊の座標を入力、射撃指揮班からの目標の位置情報に対し、射角と方位角を調整、砲身がここからは見えない14㎞先の目標へと向く。
砲班長は互いに連携し、周囲に危険が存在しないかの最終確認を行う。全ての砲の準備が整うと、中隊長は射撃指揮班へと繋がる通信を開く。
『FDC、こちらアサマ1-2、全砲射撃準備完了』
『了解、基準砲、発射始め』
『了解』
命令を受け、“基準砲”と呼ばれる砲に、榴弾砲としては珍しい半完全装薬筒の105×372㎜R砲弾が装填される。
基準砲は名前の通り、この射撃中隊の基準となる砲だ、この1発の弾道と着弾を基準にし、中隊全砲の照準は調整される。
「装填よし!」
「撃てッ!」
砲班長の号令の直後、轟音と共に1発の砲弾が発射された。
M119A3の液気圧式駐退復座機が仕事を終えると、砲操作員が垂直鎖栓式閉鎖機を開放、まだ熱の残る空薬莢を取り出し、無造作に足元に放り投げる。薬室内が空な事を確認すると、次の射撃命令に備えて間髪入れずに次弾が装填される。
M1130 HE PFF BB砲弾は空を切り裂き、尾根を2つ超え、公国軍の頭上で炸裂。無数の砲弾の破片が雨の様に降り注いだ。
その様子を、尾根の向こうから見ていた“目がある”
『初弾、弾着確認。東に100』
OH-1B観測ヘリコプターは索敵サイトによって弾着を確認し、その情報を射撃指揮所に送信していた。
改良によってリアルタイムの情報伝達が可能となったOH-1Bの映像は射撃指揮所にも届いている、その情報を元に射撃指揮所から射撃中隊へ修正データが送られた。
修正データを元に砲の照準を調整、基準砲が再度1発を発射した。
修正射の弾着まで約50秒、各砲の砲操作要員の、引鉄を握る手に僅かに力を篭める。
そして、射撃指揮所から再度通信が入った。
『命中、同一諸元、8発、効力射始め』
「了解、全砲、撃ち方始め!」
「撃てッ!」
号令と共に砲声が轟く、砲兵中隊6門の全力射撃が開始されると、程なくして公国軍の隊列の頭上に、砲弾の雨が降り注いだ。
砲弾は地面に命中して爆発するより、空中で炸裂させて断片を浴びせる方が効果的なのは当たり前に知られているが、M1130はそれを極限まで最適化した様な砲弾だ。
事前形成 された破片は公国軍の頭上で炸裂、凄まじい数の弾片が広範囲に、致死的な速度を持って降り注ぐ。
「わぁっ!?」
「亀甲防御!亀甲___」
炸裂する砲弾はその下で血の地獄絵図を作り出していた。破片が凄まじい土埃を立てながら、公国軍の兵力を削ぎ落す。盾を使い亀甲防御の陣形を組むが、砲弾の破片の前でその程度の防御は無力だった。秒速1000mを超える鋭い破片は盾ごと兵士を容易く引き裂いていく。
高位の魔術師は防御魔術を展開したり、戦死した盾兵の盾を拾って魔術で補強する者も居て、僅かに砲弾の破片から身を守っていた。
だが防御魔術の出力が砲弾の破片の威力を殺し切れなかったり、補強すべき盾にありつけなかったり、そもそもその発想に辿り付けなかったものは他の歩兵と同じ結末を辿った。
高級将校や将軍は魔物調教師に命じて重装トロールを集結させ、円陣を組ませて砲弾の破片から身を守っていた。分厚い鎧を着た重装トロールは、今この場で唯一彼らを砲弾の破片から守れる存在だった。
「小隊長!最終弾です!」
「了解!撃て!」
各砲から最終弾が発射される。1門に付き8発、基準砲の初弾を合わせて中隊で合計50発の砲弾が発射された。
「各砲、速やかに撤収作業開始!」
小隊長の命令一下、砲の撤収作業が始まる。
残りの砲弾をまとめ、砲身を動かない様に固定、照準器等取り外せるものを取り外して迅速にコンテナに収める。
直ぐ近くに接地したUH-60Mに砲弾や装備を運び込むと、素早く離陸して砲の上空でホバリングする。
地上作業支援員がM119のスリングポイントにスリングケーブルを取り付け、UH-60Mの機体下部にあるカーゴフックにケーブルを掛けた彼らが素早くその場を離れ、上空のUH-60Mに合図を送る。
ゆっくりと上昇するUH-60Mに吊られ、M119A3も地面を離れると、ヘリは安全に配慮しつつ、速度を上げて離脱する。
『追撃来るぞ!急げよ!』
小隊長が無線で呼び掛ける、彼は既に竜騎兵が追撃の為に接近していると通知を受けていた。
次から次に砲の回収に来るUH-60MのカーゴフックにM119A3を吊り下げていき、最後の砲の懸架が終わったのは撤収を開始してから6分が経過した所だった。
『シェルパ3-6、離脱する』
ヘリにて榴弾砲を展開して射撃、その後迅速に離脱するのが、今回公国軍を迎え撃つ為に取った“空中機動砲兵”戦術の真髄だった。
UH-60Mのメインローター音の重い残響の中、今度は別の羽音が聞こえて来る。
竜騎兵の翼竜ではない、これもヘリのものだ。
UH-72Bラコタが、UH-60Mよりも軽い羽音を立てて上空に現れる。
その軽輸送ヘリコプターは着陸すると、機内からは91式携帯型地対空誘導弾を担いだ対空分隊が下りて来た。
「では、後は頼む」
「お任せを」
対空分隊と交替で地上作業支援員を乗せたUH-72Bは軽やかに離陸すると、UH-60Mを追いかける様にその場から飛び去った。
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“鉄の雨”の後、正体を探る為に飛ばした翼竜の小隊が、1騎も戻って来ない。
「おかしい」
公国軍の将軍はそう呟く、ブレスによる火力、空を飛び回る機動力、そして銃弾を通さない鱗を持つ翼竜を操る竜騎兵は、どの国でも精鋭に属する部隊だ。
そんな部隊がやられたとはにわかに信じがたいが、同時に1つの情報を思い出した。
バスティーユ市にあった強制収容所が襲撃された時、上空警戒に当たっていた6騎の竜騎兵が、いとも簡単に撃ち落とされたあの事件を。
もしかして、我々が相手にしているのは軟弱な山岳民兵や技術の劣る王国軍では無く___王国国境の砂漠、エルスデンヌの森、そしてソヴィボルとバスティーユ、2つの収容所で惨敗を喫した、あの傭兵団なのでは無いか?
だとしたら、通常の戦い方では全滅は時間の問題だ。そう考えた将軍は新たな指示を下す。
「全部隊に伝達せよ、遊撃戦だ。1体の重装トロールに20名程度の歩兵を付けた小部隊を編制し、山の中を捜索して敵部隊を見つけ次第撃破せよ。それ以外の部隊は次の攻撃に備え、遮蔽を取れ」
将軍は山中に散るこの“鉄の雨”の正体を探り、その部隊を撃破する為、遊撃戦を指示。次の砲撃が来る前に情報を収集しつつ、部隊の遮蔽を取る事にしたのだ。
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歩兵20名に対し、魔物調教師付きの重装トロール1体、そして2~3人の魔術師の遊撃部隊が複数編成され、本隊に先行、情報収集を行う。
「なぁ、聞いた話なんだがよぉ」
「何だ?」
若干の残雪が残る疎林地帯を進む雁行陣形の遊撃隊、その先頭で、1人の歩兵は周囲を警戒しながら隣の同僚に話しかけた。
「俺達が戦ってる敵、山岳民兵じゃないらしいぜ」
「あの攻撃から何となく察してはいたけどよ……そんな事だろうと思った」
冬前の攻勢で壊滅寸前に追い込んだ山岳民兵が、物流が極端に滞る冬の間に鉄の雨を降らせられる様な兵器を作れる訳がない事くらい、一兵卒の彼らでも理解していた。
「山岳民兵じゃないとしたら、何なんだろうな」
「噂じゃ、砂漠に現れた傭兵団がここにもいるらしいな」
彼等の中でも、砂漠の戦線で公国軍が傭兵団に撃退され、収容所が襲撃によって囚人を取り逃がしたという噂が流れていた。
そしてその1つ、砂漠の要塞での戦闘の際、同じような“鉄の雨”の攻撃があった事も。
「……まさか」
「いや、まさかな」
彼らが自らに言い聞かせる様にそう呟いた瞬間、風切り音が頭上を切り裂く。
反射的に首を竦めた瞬間に爆発音が響く。振り向くと、隊列中央に居た重装トロールの頭部が吹き飛ばされていた。
「何だと!?」
「倒れるぞ!」
重装トロールがズシンと重い音を立てて、地面に膝から崩れ落ちる。
中核である重装トロールが葬られた事で彼らに激しい動揺が走る、ニルトン・シャッフリル銃の弾丸も通さず、あの“鉄の雨”も凌いだ重装トロールが一撃で!?
続いて彼らを襲ったのは正確な射撃だ、魔物調教師や魔術師が優先的に狙われ、硬い地面に銃弾が跳ねる。
彼らを襲ったのは、ガーディアン山岳部隊だった。
NLAW対戦車ミサイルによって重装トロールを始末した後、小銃分隊の射撃が開始された。
ACOG TA11Fを乗せた89式5.56㎜小銃や、俗にMaximiと呼ばれることもある7.62×51㎜NATO弾仕様のMINIMI Mk.3が、公国軍の遊撃小隊に猛烈な射撃を浴びせる。
“マークスマン”の持つAR-10A4Cの射撃は更に一段上の正確さを見せた。
Schmidt&Bennderの高精度スコープと、J-COMPと呼ばれる89式小銃の消炎制退器に似たマズルデバイスのお陰で、7.62㎜NATO弾という反動の強い弾薬を使いながらも精度と速射性を両立、魔物調教師や魔術師、指揮官といった高価値目標を素早く次々と仕留めていく。
「クソッ!反撃!反撃しろ!」
倒れた重装トロールを盾にして、生き残った兵士達が反撃の為に射撃を開始する。分厚い鎧を着た重装トロールの身体を銃弾は貫通しない事にようやく気付いた様だ。
公国兵がトロールの陰に集まったが、今度は射撃がトロールに集中していく。わずかな隙間を縫って公国兵が発砲するも、その銃弾はガーディアンの兵士を捉える事は出来ず、反撃の為に顔を覗かせた公国兵が銃弾に捉えられ、血の花を咲かせた。
「迂闊に顔を出せねぇ……!」
頭を出せば撃たれる、継続的で正確な射撃は彼らを心理的に揺さぶり、その場に釘付けにするには十分だった。
「大丈夫だ、トロールが銃弾を防いでる、ここに居れば撃たれねぇ」
怯えた兵士をそう励ます言葉は、容易く打ち砕かれる。
公国兵が隠れていた場所が突如として轟音と共に爆発、爆風でトロールの陰から弾き飛ばされた。
06式小銃擲弾の攻撃だ、銃弾による直線的な射線は切れたとしても、山なりに飛翔する曲射兵器としても使える小銃擲弾は、その遮蔽の後ろを攻撃出来る。
小銃擲弾の弾頭の調整破片は公国兵の肉体を切り刻み、爆風でバラバラに吹き飛ばした。
「く、クソ……!ぐぁあっ!」
爆風によって吹き飛ばされた公国兵は唯一の遮蔽物であるトロールの陰に這って隠れようとするが、銃弾に捉えられ悲鳴を上げた。
ガーディアンの装備する銃の精度は、公国軍の装備するニルトン・シャッフリル銃の比ではない。ガーディアンの銃には光学照準器も乗っているのだから尚更だ。
その戦闘はあまりにも一方的で、そしてあまりにも呆気なく終わった。
トロールの陰に伏せていた公国兵は、銃声も、トロールの鎧で銃弾が跳ねる音も、銃弾が空気を切り裂く音も聞こえなくなっていた事に気付く。
彼は自らの耳が聞こえなくなったと思った、しかし、確かに爆発音や銃声で聴覚がマヒし、耳が遠くなっていたが、周囲の環境音は聞こえている事から、聴覚を失った訳では無いと理解した。
「攻撃が……止んだ……?」
彼の言葉が静かに周囲に響く、そしてその言葉に反応する同僚は1人も居なかった。
周囲の公国兵は全員、ガーディアンの銃弾の餌食になっていた。小銃、機関銃、狙撃銃、小銃擲弾に対戦車ミサイル、生き残った公国兵はそんな“異世界の”兵器の事はさっぱり分からなかったが、少なくとも今の公国軍に敵う代物では無かった。




