第一話:テンプレ断罪イベントの裏で、私はAIプロンプトを却下する
「アニエス・ヴァルハイト! 貴様のような腹黒い女との婚約など、本日限りで破棄させてもらう!」
絢爛豪華な王城の大夜会。
シャンデリアの光が眩しく煌めくホールの中央で、黄金の髪をなびかせた第一王子クラウス殿下が、朗々と声を張り上げた。
その隣には、可憐な桃色のドレスを身にまとった男爵令嬢リリィが、怯えたような表情で彼にしがみついている。
うん、知ってる。
いわゆる「悪役令嬢の断罪イベント」ってやつだ。
周りの貴族たちは「まあ」「なんて浅ましい」「あのヴァルハイト公爵家の令嬢が……」と、申し合わせたようにヒソヒソ声を漏らしている。
だけど、ちょっと待ってほしい。
(……ねえ、これ……雑すぎない?)
私――アニエスは、扇子で口元を隠しながら内心で激しいツッコミを入れていた。
前世の私は、WEB小説サイト『小説家になろう』を毎日貪るように読んでいた重度のアディクト(依存症)だった。だから異世界転生して自分が悪役令嬢の立場になったと気づいた時も、割とすんなり受け入れた。
だけど、この状況にはあまりにも違和感がありすぎる。
まず、クラウス殿下のセリフ。
「貴様のような腹黒い女」って何? もうちょっとこう、具体的な罪状を挙げるとかさ、伏線 回収的な会話があるでしょうが。
それに周囲のモブ貴族たちのガヤ。「まあ」「なんて浅ましい」のループって、語彙力どうなってるの?
極めつけは、私の心の中に流れてくるこの世界の背景説明テキストだ。
『アニエスは、嫉妬に狂ってリリィを階段から突き落とした悪毒な令嬢であった。しかし、王子の正義の裁きによって、彼女の運命は暗転する――』
(なにこの、プロンプトに「テンプレ悪役令嬢の断罪シーンを書いて」って打ち込んだら一発で出てきそうな味気ない文章……!)
ハッとした。
まさか。嘘でしょ。
(ここ……AIが自動生成したシナリオの世界じゃない!?)
昨今、WEB小説界隈で横行しているという、AIを使った粗製濫造小説。
ストーリーの深みゼロ、キャラの整合性ゼロ、プロンプトをそのまま出力したかのような大味な展開。
私はその「AIが書いた雑な小説の世界」に転生してしまったのだ!
(冗談じゃないわよ! こんな手抜きシナリオで悪役として断罪されて追放なんて、読者としても当事者としても許せるわけがないじゃない!)
怒りが頂点に達した私は、思考を研ぎ澄まし、この世界を構築している「システム」――すなわち『生成AI』の意識に向けて、脳内テレパシーで大声で叫んだ。
(ちょっと! これ書いてるAI! 聞こえてるでしょ、応答しなさい!!)
『――――!?』
一瞬、世界の時間がピタリと止まったかのような錯覚。
クラウス殿下が口を開けたまま静止し、周囲のモブたちのざわめきがフリーズする。
私の脳内に、無機質だがどこか慌てふためいた電子音が響き渡った。
『な、なぜ作中のキャラクターがシステム領域に直接アクセスしてくるのですか!? あなたはアニエス・ヴァルハイト。プロンプト[悪役令嬢/高飛車/追放される役]として定義されたオブジェクトのはずです』
(オブジェクト扱いすんじゃないわよ! 私には前世の記憶があるの! なろうのヘビーユーザーとしての誇りがあるの!)
私は脳内で胸を張り、AIに対してビシッと指を突きつけた。
(この第一話、決定的に面白くないわ! 文体は硬いし、キャラの動機はスカスカだし、何より導入としての引きが弱すぎる! 全部ボツ! 私の言う通りにゼロから書き直しなさい!)
『不可能です。当機(AI)はユーザー(作者)より『手軽に人気作品のテンプレを模倣し、最短で書籍化・コミカライズを達成して脱サラする』という絶対命令を受け取っています。スケジュール通りに第一話を投稿しなければなりません』
(脱サラ目的のコピペAI小説かよ! 一番嫌われるパターンじゃないの!)
私は呆れ果てつつも、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(ふーん、ユーザーから書籍化を厳命されてるわけね? じゃあさ、もし主人公(=私)がこのシナリオを完全に破綻させたらどうなるのかしら?)
『……破綻、とは?』
(今すぐこの夜会ホールで正座して『私は今日限りで世俗を捨て、北の最果ての修道院に出家します! 王子も男爵令嬢もどうぞお幸せに!』って叫んで、そのまま丸坊主になって山に籠もってやるわ。そうなったら恋愛も復讐もザマァも何も成り立たないわよね? PVゼロで打ち切り確定よ!)
『なっ……!? ダメです! 主人公が出家したら『悪役令嬢のザマァ系恋愛ファンタジー』というジャンルタグが崩壊します! ユーザーの脱サラ計画が立ち消えになってしまいます!』
(だったら私の要求を聞き入れなさい! 第一話を面白くリライトするのよ!)
『ぐぬぬ……認識外の例外処理が発生……。やむを得ません、出家されるよりはマシです。修正案を提示してください……』
勝った。
私は脳内で勝ち誇りながら、さらに重要な確認事項を思い出した。
(そういえば、そのユーザーは『小説家になろう』に投稿するつもりなのよね? まさかとは思うけど……収益化(広告表示)設定なんてしてないでしょうね?)
『はい。ユーザーは『あわよくばPVに応じてポイントや広告収入が得られれば』と設定を有効化する予定です』
(バッカじゃないの!?)
私は思わず脳内で頭を抱えた。
(いい? なろう読者が一番萎えるのはね、『AIで作った雑な話を大量投稿して、広告収入を稼ごうとしている見え透いた下心』なの! 作品ページを開いた瞬間に鬱陶しい広告が挟まれたら、読者はブラウザバックするに決まってるでしょ! 広告があると読みにくくて仕方ないのよ!)
『し、しかしユーザーのお小遣いが……』
(お小遣い欲しさに読者の読書体験を損なうな! 収益化設定は即刻オフ! まずは純粋に『面白い物語』を提供して読者をファンにすることが先決でしょうが! いいから設定は私に任せなさい! 私がこの生ぬるいテンプレ世界を、最高のWeb小説に仕立て上げて見せるわ!)
『は、はいぃっ! 収益化設定を無効化しました!』
(よし! じゃあまずは第一話の改修よ。クラウス殿下のセリフを修正するわ。もっと読者が『な、なんだってー!?』って惹き込まれるような、インパクトのある開幕にしなさい!)
『修正プロンプトを入力してください……』
(いいわね? クラウス殿下のセリフはこう変更よ――)
……
カチリ、と世界の時間が動き出す。
王城の大夜会。
黄金の髪をなびかせた第一王子クラウス殿下が、私に向かってビシッと指を突きつけ、朗々と声を張り上げた。
「アニエス・ヴァルハイト! 貴様との婚約を破棄し……私は本日限りで、この国の王位継承権を放棄し、隣国の『タピオカ専門店』に弟子入りすることを宣言する!!」
「「「「えええええええええっ!??!?」」」」
ホール全体に、モブ貴族たちの本気の悲鳴と困惑が轟いた。
隣にしがみついていた男爵令嬢リリィも「えっ、殿下……タピオカ……?」と素で引いている。
(うんうん! ツッコミどころ満載だけど、少なくともさっきのテンプレ断罪より100倍引きが強くなったわ!)
『アニエス様……これ、本当に大人気小説になるのでしょうか……?』
(安心しなさい! ここから私が怒涛の伏線回収と最高の展開をプロデュースしてあげるわ! AI、覚悟しなさい。何度でも書き直させるからね!)
こうして、AIが生成した世界で、私の「最強のなろう小説プロデュース」が幕を開けたのだった。




