第百七十九話 助っ人たち
「……!? お、お主は……!?」
「あ、申し訳ございません皇帝様。少し失礼を」
彼女の身体を抱えると、ソージはヨヨのもとへと移動する。そこへロブたちもやって来た。
「皇帝~っ!」
リンネが泣きながら彼女に抱きつく。
「良かったですぅ! ほんとに良かったですぅ!」
「リンネ、ロブ、心配かけたぞ」
「いえ、ご無事で何よりです。それよりも……」
ロブがソージに視線を向ける。ソージはヨヨと対面して再び頭を下げていた。
「改めまして、ただいま戻りました、ヨヨお嬢様」
「必ず来てくれると信じていたわ、ソージ」
ヨヨだけでなく、隣にいるノウェムもホッとしたかのように胸を撫で下ろしている。だがその隙をついて、阿弥夜から魔力の塊のようなものが放出される。皆がアッとなっているが、そこへ巨大な何かが間に入ってくる。
「何っ!?」
阿弥夜が驚くのも無理はないだろう。自分の攻撃を防御した存在が、とてつもなく大きな怪鳥なのだから。
「ありがとうございます、シャイニー」
ソージは翼を広げてソージたちを守ってくれたシャイニーの身体を優しく撫でる。気持ち良さそうに「キュイキュイィッ!」と鳴いている。
「ソ、ソージ……まさかこの鳥は……!?」
「ええ、お嬢さま。戻っていいですよシャイニー」
すると怪鳥が光に包まれその光が徐々に収縮していく。ちょうどソージの腰辺りまでの大きさになると光が消失し、中から可愛らしい赤髪の少女が姿を現す。
「パパ! シャイね、頑張ったでしょ!」
「ええ、さすがは私の娘です」
「えへへ~!」
頭を撫でてあげると嬉しそうに顔を綻ばせている。
「シャ、シャイニー……なの?」
「あ、ヨヨママだ! ええい!」
ヨヨを見てピョンと抱きつくシャイニー。ヨヨも困惑しながらも、彼女から伝わってくる懐かしいニオイと温もりに頬を緩める。
「大きくなったわね、シャイニー」
「うん! せいちょーきだからねっ!」
「おお~まさか、今の鳥――――いや、フェニーチェがシャイニーじゃったとはのう」
ノウェムも瞬きを忘れて感心し切っている。
「そういえばソージ、ここに来たのはあなたとシャイニーだけなのかしら?」
「いいえ、真雪たちにも助っ人として向かわせています」
「助っ人?」
「はい。だからまずこの戦場を終わらせましょうか」
ソージは阿弥夜を睨みつけると、その背後からゆっくり歩を進めてやってくる存在がいた。千手童子だ。
「……キキよ、一つ聞こう」
「あら、何かしら?」
「そいつが……お前が言っていた強き者か?」
「そうよ~、ず~いぶん修業したみたいで、お姉さんはビックリかな」
「はは、希姫さんもお久しぶりですね」
ソージはハニカミながらも頭を下げる。千手童子がそんなソージを興味深そうに観察し始める。
「ふむ、確かに素晴らしい力を持っている逸材のようだ。これは面白い。これならかつてと同じ……いや、もしかしたらあのポロスとの戦いを越えることができそうだ」
歪む口元。明らかに戦いを楽しみ戦闘狂が宿す笑み。だがそれだけではない。彼の内包する力が絶大なものであることはひしひしと伝わってきている。
ここをクレーター化したことも知っている。しかもまだ本気ではないことも。
(思った以上に化け物のようだな)
無意識に身が引き締まる思いが募る。油断を少しでもしてしまえば、一気に死が待っていると思わされるほどの空気を醸し出す千手童子に背中からじんわりと嫌な汗が湧き出る。
「シャイニー、ここから希姫さん以外を避難させて下さい」
「ええ~、シャイも戦えるよ?」
「はは、だからこそあなたにはお嬢様たちを守って頂きたいんですよ」
「う~ん……分かった! じゃあね、ぜ~んぶ終わったらまた《バーニングパイ》作ってよ!」
「はいはい、いくらでもお作り致しますよ、娘のためなら」
「わ~い! んじゃ頑張るぅ~!」
すると再びシャイニーの身体が光輝き始め大きくなっていく。
「お嬢様、皆様を連れて先にここから避難を」
「ええ、分かったわ」
ヨヨがロブたちに説明し始めた時、希姫が近づいてきた。
「ねえねえソージくん、私はここに残るの?」
「当然じゃないですか、立派過ぎる戦力なんですから」
「アハハ、そ~んなに期待されてるなら踏ん張っちゃおうかな! あ、でもソージくん、あの子……千手童子くんには気をつけなさい」
「理解していますよ。それよりももう一人もかなりの使い手です。大丈夫ですか?」
「誰に言ってるの? 皇帝に武神とまで呼ばれた私だよ! 鬼なんてちょちょいのちょいなんだから!」
どう見ても言動からは一児の母とは思えないほどの子供っぽさ。いや、だからこそ純粋なまでに武を追求することができるのかもしれない。
ヨヨの指示でシャイニーの背へとロブたちが乗っていく。そしてここから離れたのを見越してソージは軽く息を吸って吐く。
「では、行きますよっ!」
ソージ&希姫 VS 千手童子&阿弥夜の勝負が始まった。
「きゃっ!?」
地面に転がる真雪。ところどころに、玉のような肌が火傷を負っている。それもひとえに目の前に立ち塞っている敵――――血文殊のせいだ。
彼が扱うのは熱のようで、木々を扱う真雪とは相性が悪い相手である。先程から何度も攻撃を当ててはいるのだが、すぐに溶かされてしまって効果がない。
そこへ真雪の後方に誰かが転がってくる。
「セ、セイラッ!?」
親友の星守セイラだった。見れば背後から迫ってきている多面童の攻撃で吹き飛ばされてしまったようだ。彼女が呼び出した『四天王』たちも地面に転がってしまっている。
「どうだい嬢ちゃん、ここらで降参しちゃくんねえかな?」
血文殊からの提案。彼が性格的に最も人間らしさを持っていることは分かっている。人の痛みというのも理解してくれている彼は、戦っている間も致命傷になるような攻撃を真雪にはしてきていない。
もしかしたら彼の言う通り降参すれば、命は助かるのかもしれない。だけど戦うことを諦めてしまえば、たくさんの人が傷つき殺されてしまうことも分かっている。
鬼である血文殊。彼が優しいということは知っているが、他の者たちが彼と同じ考えを持っているとは限らない。いや、話しを聞く限りでは血文殊が異端なのだろう。
他の鬼は、人など取るに足らないゴミのように思っている者が多数。だからこそ、ここで降参を選択することなどできないのだ。
「嫌です! 私はまだ戦えますから!」
「…………死んじまうぜ?」
「死にません!」
「……!」
「だって、私はまだやりたいことがたくさんありますから!」
「だったら降参すりゃいい。そうすりゃ俺の口利きで嬢ちゃんやそこの子だって――――」
「全員ですか?」
「は?」
「全員……この世に生きているすべてのものを傷つけないって約束できますか?」
「それは……」
不可能だろう。彼だけならともかく、他の鬼がそんな条件を呑むわけがない。
「先程から口数が多いが、血文殊よ、覚悟のある者はなかなか折れない。殺してやることが慈悲でもある」
多面童の言葉に血文殊の眉が不愉快そうに歪む。
「お前は少し黙っててくれねえか? 俺は嬢ちゃんと話してんだよ」
「王子が望むのは混沌。この世に人という存在は必要無い」
多面童が首から下げている数珠が大きくなり真雪とセイラに向かって凄まじい速度で放たれる。その威力は岩を貫通するほど。人体に受ければ、その結果は容易に想像することができる。血文殊のが「待てッ!」と制止の声をかけるが無視される。
しかしその時、上空から落ちてきた衝撃波により、数珠が次々と地面に叩き落とされていく。
スタッと真雪とセイラの前に降り立つ二つの存在。
「あ、もしかして……っ!?」
突然現れた者たちを確認して真雪の眼が大きく開かれる。
「よ、久しぶりだな真雪、セイラ!」
「刃悟くんっ!?」
「あわ~、私もいるわよ~!」
「善慈さんもっ!? 二人ともどうしてここに!?」
「もっちろん、戦いにだよ!」
刃悟の身体から激しいオーラが迸る。そのオーラを感じで多面童も眉をひそめる。
「んふ~刃悟もやる気じゃな~い。なら私だって」
善慈の身体からも力強いオーラが溢れ出す。
「……でもどうやってここに?」
真雪は空を見上げるが、そこには誰もいない。どうやって二人がここまでやってきたのか甚だ疑問だった。
「うふふ、ソージちゃんと一緒に来たのよ」
「ええっ!? そ、想くんもここに来てるのっ!? 本当っ!?」
「ええ、皇帝のところにいるはずよ。そこにヨヨちゃんもいるしね」
「そっかぁ、修業上手くいったんだね……良かったぁ」
「そうですね真雪さん、セイラも嬉しいです」
喜ぶ真雪を見て面白くなさそうに口を尖らせる刃悟。
「けっ! お、俺だってこうしてお前を守りにきたってのによぉ」
「あら~、男の嫉妬は醜いわよ?」
「うっせえよ変態!」
そんな刃悟に、最初はキョトンとしていた真雪がニッコリと微笑みながら言う。
「助けにきてくれてありがと、刃悟くん。とっても嬉しいよ」
「う……そ、そうか? う、うん……ま、まあ当然のことをしただけだしな!」
「あらら? 今度は照れてるの? それとも身体が火照ってるの?」
「そうやって身体を触ろうとするなっ!」
「あはは、二人とも相変わらず仲が良いんだね!」
「よくねえっ!」
「そうね、よくはないわ。抜群に良いのよっ!」
「もう黙ってくれねえかなテメエはっ!」
いきなり現れた二人組が漫才のようなやり取りを始めてしまい、周囲は騒然となっている。
「……攻撃しても良いのだろうか……?」
さすがの多面童も躊躇うほどの空気がその場に流れていた。
次回更新は3日(土)です。




