第百六十二話 フェムの説得
「ちょ、ちょっと待って……あ、あなたが天才造形師・Mだとして、何でもっと大っぴらに活動しないのよ? あなたほどの腕ならすぐにでも……」
「ええ~やだよ有名になるのなんて」
「……はい?」
フェム自身、造形師としての知識ももちろんある。テスタロッサを造ったのもフェムなのだから。しかしそれは設計を整えただけで、正確に組み立てたり、足りない部分を補足したのは専属造形師によるものだ。
フェムは人形師。《自動人形》と契約して扱うことを旨とする存在。無論人形師になるにも資質は必要になるが、最初から人形を造ることができる造形師をフェムは尊敬しているのだ。
特にテスタロッサを造るに当たって参考にしたのが、天才造形師・Mの造形理論である。Mの発案した理論は、それまでの人形たちの性能を飛躍的に向上させた画期的なものだった。
そのためフェムはMの理論を是非取り入れたいと思っていたし、Mそのものに憧れてもいた。
(そ、それがこんなぐうたら娘だったなんて……)
ショックを受けるどころではなかった。夢なら覚めてほしいものである。しかし聖王リードックや実父のブラッシュがまるで隠すように匿っていることから見て、彼女が特別な存在だということは理解できる。
ブラッシュの言う通り【英霊器】なのも確かなのだろう。何となく真雪やセイラと似通った雰囲気を感じる。
「あ、あのね……どうして有名になりたくないの? 公に出ればもっと楽な暮らしができると思うけど……」
最新の《自動人形》を生み出すきっかけを作った彼女なら、それこそその技術力を吸収したいと願い出てくる者も出てくるはず。このような地下室で暮らさなくとも、望めば大きな屋敷に住むことだって可能なはず。
だからこそ彼女がその力を存分に揮っていない事実に疑問が浮かぶのだ。
「ん~ニートにとってはこんくらいがちょうどいいかなぁ」
「え?」
「だってさぁ、家が大きいとさぁ、な~んか寂しくない?」
こんな地下室で一人っきりに過ごしている存在が何を言っているのだとフェムは思う。
「どうせ家が大きくても使う場所って決まってるしぃ~」
大きな欠伸をしてまるで惰性のように機械を動かしていく。先程からピコピコと奇妙な音が機械から出ているのだが、
(そういえばアレって何なのかしら……?)
そこで話題を変えるためにも彼女の持つ機械の正体を尋ねてみた。
「あ、そういやコレを教えてほしかったんだよねぇ。いいよ、やってみる?」
「はい? やって……みる?」
片手でほいっと軽く差し出されたので、反射的に機械を受け取る。戸惑いがちにその小さな機械に視線を落としてみる。
すると真ん中に液晶があって、そこに色とりどりの様々な形をしたブロックが上から下へと落ちてきている。
「え? な、何か落ちてきてますけど?」
「ん~これはね、こうしてぇ、ここに当てはめると」
ピコココという音とともに、下に積み重なっていたブロックたちが一気に消えた。
「き、消えたけど!? え? もしかして壊れたの!?」
「違う違う。これはこうやってブロックを消していくゲーム。まあ、遊びだよ遊び」
「は、はぁ……」
何が面白いのかフェムにはサッパリだった。確かに見たこともない機械であり、緻密に設定されていると思われる映像のクオリティなどには驚かされたが、それでもただのブロックを消すことに楽しさを覚える理由が分からない。
「最初は難しいかもねぇ。でも初心者にはうってつけのゲームなんだけどなぁ」
それから彼女のサポートにより一時間、そしてまた一時間と過ぎていき、気づいたら……
「やったわっ! ついに二万点を越えたわよっ!」
「おお~やるやるぅ~」
「すぐにアナタの得点も抜いてあげるわよ!」
「それはまだ無理かなぁ~。だってボク、これ永遠にできるしぃ~」
「アタシだってさっきから失敗なしよ!」
「ああ~これからこれからぁ。ドンドン落ちるスピードが上がってくから」
「え? 何? ちょっと! 急にスピード上がったんだけど!」
「だからそう言ったでしょ~」
「ああ! ダメダメ! そっちは長い棒が必要なの! ああ! 塞いじゃダメぇぇぇぇっ!」
ドゥドゥドゥドゥドゥ~と画面がブロックで埋まりゲームオーバーを迎えてしまった。
「あ~あ、終わっちゃったねぇ。でもまあ初心者で二万三千点はなかなかだよ?」
「くぅ……卑怯だわ。急に速くなるなんて……」
「ん~でもゲーマーにとっちゃ、そのスピードが快感になるんだけどねぇ。あ、違うソフトもやってみる?」
「他にもあるの?」
「あるよ~」
彼女は赤いジャージのポケットを探っていろいろな小さなチップ上の物体を布団の上に置いた。
「へぇ、これは何?」
「それはシューティングゲームだねぇ。そっちは格闘ゲームで、これは恋愛シミュレーション」
「れ、恋愛?」
「あ、興味ある? イケメン好きなら結構ハマるかもねぇ」
「……少し話を聞きましょうか」
フェムはキラリと視線を光らせる。しかしクイクイッとフェムの後ろで座っているテスタロッサが服を引っ張ってくる。
「どうしたのテスタ?」
「…………任務忘却」
「…………あ」
ゲームの楽しさを覚えてしまい、完全にここに来た目的を忘れていたフェムだった。
「なるほどぉ~、つまりフェムフェムはボクにここから出てほしいってことだねぇ」
「フェ、フェムフェム……え、ええまあそうよ」
呼び方に疑問を感じたフェムだが、それよりも彼女に答えを聞かなければならない。
「ん~嫌だねぇ」
「どうして?」
「だってボクはここでゆ~っくり異世界生活を満喫していたいしぃ~」
「あ、あなたね、そう言うのであれば、外へ出て旅でもしたらどうなの?」
「ええ~めんどーだよぉ」
「あのねミハネ、せっかく造形師として腕があるんだから頑張りなさいよ」
「頑張るの嫌いぃ~」
ゴロゴロと布団の上を転がるミハネ。先程自己紹介したので名前はすでに交換済みだ。彼女の態度に溜め息を一つ漏らすとフェムはあることを思いつく。
「……ねえミハネ」
「ん~」
「……もしね、もしだけれど、アナタさえよければアタシの…………専属造形師にならない?」
「……どういうことぉ?」
「この子のメンテや、新しい設定追加などにあなたの手を借りたいのよ」
「…………」
「もちろん報酬だって渡すわ」
「…………またこうやって一緒にゲームできる?」
「やるわ! というかそのゲーム気に入ったわ」
「ん~そっかぁ……ああでも外に出るのめんどーだしなぁ」
「あ、その服とか髪とか、とりあえず身だしなみは整えるからね」
「ええ~めんどーだよぉ」
「ダメよ! 女の子なんだから身綺麗にしなきゃ!」
「ん~ボクはこのままが一番楽なんだけどなぁ……」
「とにかくミハネ、明日もう一度ここへ来るからそれまでに決断しておいて。ここから出てアタシの専属造形師になるか、一生こんな意味のない生活を続けるか」
フェムがスッと立ち上がると、出口へと向かっていく。そしてピタリと足を止めると、
「実はね、アタシにはアナタと同じ【英霊器】の友達がいるのよ。彼女たちにもアナタを会わせてあげたいと思ってる。だからできればアタシと来てね」
それだけ言うと部屋から出ていった。
残されたミハネは、ジッと閉じられた扉を見つめて、そして携帯ゲームに視線を移動。部屋の中をグルリと顔を動かして見回してから枕にポスッと顔を埋めた。
「……外……かぁ……」