第百六十三話 成長への旅路
クロウテイルの屋敷。ヨヨの執務室では、【サフィール国】の魔王ノウェムがソファでソージが入れた紅茶を呑みながら、小人のプッコロとともにほんわかしていた。
実際ノウェムから聞いた《裁軍》の【鬼灯島】調査失敗の報で、ほんわかしている場合ではないのだが、ノウェムは慌てても仕方ないと言いおっとりとした時間を過ごしていた。
ソージは窓の外を憂鬱そうに眺めているヨヨの横顔を見る。
「お嬢様、今後世界はどうなっていくと思われますか?」
ヨヨはスッと目を閉じると、しばらく沈黙が流れる。ソージは彼女が発言するまでジッと待つ。ノウェムの紅茶をすする音が聞こえ、プッコロはヨヨの返答に興味あるのか彼女を見つめている。
「……皇帝が【英霊器】を集結させて、《鬼》の討伐のために動くはずだと思うわ。もちろんその中には真雪も入る」
だからこそソージとヨヨは何もせずに座して待つことなどできない。真雪は家族であり、ソージが守りたい人でもある。正直にいえば、そのような危険なことを彼女にはしてほしくないのだが、真雪は人々が困っているのを黙って見ているような人物ではない。
どんな危ないことでも、人のためになることを進んで行う彼女なので、今回も最後まで【英霊器】としての役目を全うするつもりだろう。
「しかしかつての十傑すら封印することしかできなかった相手を、【英霊器】は倒すことができるのでしょうか?」
それが一番不安材料。かつての十傑は、その絶大な力をもって《鬼》を封印することができた。だが逆にいえば、倒すことができずに封印しかできなかったということ。
それほどの相手。そんな相手にたとえ十傑の力を備えているからといって、真雪たちが勝利を得られるとは限らない。下手をすれば十傑と同じ末路――――死んでしまうかもしれないのだ。
それだけは何としても防がなくてはならない。真雪の命を守るためにも、ソージは自分の力を存分に発揮して、彼女を支えようと思っている。
「そういえば、希姫様も【オウゴン大陸】へと向かうのでしょうね」
希姫というのはヨヨの母親のことだ。今は【日ノ国】というところで暮らしているのだが、彼女は驚くことに真雪と同じ【英霊器】なのだ。つまり異世界人。
初めて聞いた時はソージも言葉を失っていたが、バルムンクをも凌ぐ彼女の強さの根源が【英霊器】にあるとしたら納得もできる。
「母はどうかしらね。結構面倒臭がりだし、案外すっぽかすかもしれないわね」
「え……皇帝の勅命をですか?」
「立場は確かに皇帝の方が上だけれど、あの生きる規格外を敵に回したくないのも事実だろうし、皇帝とはいえ強く言えないかも」
生きる規格外とは、実の娘にとんでもない言われようではある。しかしながら確かに彼女の言葉を的を射ている表現でもある。一度会ってその実力を味わってみれば分かるが、その片鱗だけでも腰を抜かしてしまう者だって中にはいる。
「とにかく、【英霊器】集結に対して私たちができることは何もないわ。今私たちがすべきことは今後、世の中がどう動いていくか考えて、真雪を無事に生き永らえさせることよ。それには私たちも《鬼》との戦いに参加せざるを得ないけど……」
「そうですね。ただお嬢様、《鬼》の実力を実際にこの目で見た者としての意見なのですが……」
「何?」
「とても悔しいのですが、今のオレではまともに戦って勝てるとは正直断言できません」
「…………」
「ですからオレはしばらく鍛え直したいと思っているのです」
「……どこで?」
「【日ノ国】……です」
「母に師事するのかしら?」
「いえ、【日ノ国】には昔お世話になった方もおられます。その方に助言を請おうかと」
このままでは《鬼》と戦っても勝てるとは限らないし、真雪を守ることができるかも分からない。
ヨヨがソージの決意を秘めた顔を見つめていると、コンコンとノックする音がして、元執事長のバルムンクが入ってきた。
「おや、何やら深刻そうな雰囲気でございますね」
「ええバル、ソージが修業に【日ノ国】へ向かいたいと言うのよ」
「ほう……なるほど」
バルムンクがソージを感心するような目つきで見てくる。
「ようやく本腰を入れるようになったということでございますね」
「え?」
「実は先日からヨヨ様より、ソージ殿を成長させるにはどうすればよいかご相談を承っていたのでございますよ」
「……お嬢様?」
ヨヨはソージに身体ごと後ろを向いて顔を見せないようにした。
「ヨヨ様はソージ殿のことを一番に考えられておられます。あなたが強くなりたいと仰るならば、ヨヨ様は笑顔で送り出してくれることでございましょう」
「お嬢様……」
ソージは胸に温かいものが流れてくるのを感じた。それほどソージの成長を信じて、心待ちにしてくれている彼女の想いがとても嬉しいのだ。
「ですが【日ノ国】……でございますか。ソージ殿、もしかして多音殿を頼りに?」
「はい、あの方に師事すれば、さらなる向上を期待できると判断しましたので」
「なるほど、確かに彼女ならば、今のあなたにとって一番適任かもしれませんね。分かりました。私からも挨拶状を書いておきましょう」
「ありがとうございますバルさん!」
ソージは彼の心遣いに感謝して頭を下げる。
「ふむ、それではソージはしばらくこの屋敷を離れるというわけじゃな?」
口を挟んできたのはノウェムである。ソージが「はい」と首肯すると、彼女はテーブルの上に乗っているプッコロに視線を落とす。
「では連絡係としてプッコロを連れていくがよい」
「え? プッコロさんを?」
「うむ、こやつは一定時間なら余とテレパスを繋げることができる。逐一こちらの報告も知らせてやるのじゃ」
「わ、私としてはありがたいお話ですが、プッコロさんはよろしいのですか?」
「はい! ソージ殿がよろしければ私も是非ですぞ!」
小さな顔をクシャッと潰して笑う姿が可愛らしい。
「プッコロさん……ありがとうございます。…………ヨヨお嬢様」
いまだに窓の外を向いている彼女に視線を巡らす。するとヨヨがそのままの状態で口を開く。
「ソージ、どうせならバルよりも強くなって帰ってきなさい。命令よ」
「……ほほ」
バルムンクも優しい笑顔を浮かべる。
「屋敷は心配しなくてもいいわ。あなたの代わりにはバルが残ってくれるから、あなたは強くなることだけを考えなさい」
「……はい」
「その強さが、家族を……真雪を守ってくれると信じてるわ」
「……はい」
「あなたならもっと強くなれるわ。だってあなたは私の執事だもの」
ヨヨが美しい金髪を靡かせ顔を振り向かせる。その表情は迷いも何もない、ただソージを信じているという強さが現れていた。ソージもそんな彼女の力強い顔を見て心に強く思う。強くなろうと。
「待っていて下さいヨヨお嬢様。お嬢様の執事として相応しい強さを備えてきます」
「楽しみにしてるわね、ソージ」
穏やかな微笑がソージへと送られる。ソージもまた笑みを返す。
「あ、そうそう。シャイニーも連れていくといいわ。まだ生まれたばかりの子供だし、それに、力の使い方も教えてあげなさい」
「分かりました」
それからソージは屋敷の者たちにしばらく留守になることを告げる。特にニンテやユーなどは寂しがっていたが、何とかカイナとシーが宥めてくれて助かった。
これからどれくらいかかるか分からない。《鬼》がいつ本格的に世界を攻撃するかも分からない。一日でも早く鍛えて、ヨヨのもとへと帰らねばならない。
一応ソージは、真雪当てに手紙を書き、それを渡してもらえるようにヨヨに託した。翌日早朝、皆の見送りのもと、ソージとシャイニーは【日ノ国】へと向けて出発することになった。
ニンテやユーは泣いてくれたが、彼女たちの頭を撫でてすぐに帰ってくるように言うと、泣きながらも頷いてくれた。
ヨヨからも「思う存分やってきなさい」と激励をもらい、ソージは橙炎の上にシャイニーと一緒に乗って空へと昇っていった。
「さてシャイニー、一緒に強くなりますよ。覚悟はいいですか?」
「うん! パパといっしょにつおくなるぅっ!」
こうして二人は空の彼方へと消えていった。




