第百五十六話 今後の動き
顔を傷だらけにしながらも、ソージは正座をしながらヨヨたちに自分が入手した不動我についての情報を伝えた。
ヨヨとノウェムとユリンは、ソージの周りに立って話を聞いていたが、キュレアだけはいまだに顔を真っ赤にしたままソージと距離をとっている。
やはり裸を見られた衝撃が忘れられないようだ。チラチラとソージを見てはボフッと顔から湯気を立ち昇らせて初心なのが明らかである。
もういい歳のはずなのに、信じられない様子ではあるが、ユリン曰く、男の人が苦手だというので、仕方のない対応なのかもしれない。
「《鬼》……それほどの存在なのね」
険しい表情のままヨヨが薄い唇を動かす。
「しかしのう、まさか山を消し飛ばすほどの力を持っておるとは……」
「確かにソージ殿の仰る通りだとすれば、《鬼》の実力はかの《五臣》にも勝っているということですか?」
ノウェムとユリンが強張った表情を見せている。
「それに最近の《金滅賊》壊滅が《鬼》の仕業だということも驚いたのじゃ。しかもその狙いが魂か……。再度聞くが、それは千手王子を復活させるためなのじゃな?」
「ノウェム王の仰る通りです。またまだ復活しきっていない《九鬼衆》復活のためでもあるようです」
説明するソージに疲れたような溜め息を漏らすノウェム。
「問題じゃな。今は世間的にも嫌われ者の《金滅賊》を狩ってくれてはいるが、その矛先が庶民に向かうのも時間の問題かもしれん」
彼女の言う通り、もし今まで集めた魂が足りないのであれば、《金滅賊》だけでなくその凶刃が何の罪もない庶民に向かう可能性が高い。
このまま放置すれば、本当に世界は混沌に包まれてしまう。
「それにそんな規格外の《鬼》をこれ以上復活させてもいけませんしね」
ユリンの懸念は、不動我のような《鬼》を増やせば、さらに被害が拡大するということ。
「ねえソージ、あなたはこれからどうする方が最善だと思うのかしら?」
「そうですね……まず最優先するべきことは、皇帝にこの情報をお伝えすることだと思います。恐らく今、グロウズ殿率いる《裁軍》の部隊が【鬼灯島】へと向かおうとしているかもしれません。その前に情報を通じておいた方が良いかと」
「そうね、ではユリン殿、お任せしても構いませんか?」
ヨヨがユリンに頼むと彼女はキュレアに報告した後、その場から去っていった。皇帝へ向けた書簡を作成するために動いたのだろう。
「そういえばソージはその不動我を見ているのよね?」
「おお、そうじゃのう。どういった容貌をしておるのじゃ?」
「では、こちらを見て下さい。記を映せ、青炎」
ソージの右手から海色の炎が出現しまるで大きなスクリーンのような形へと変化していく。
「おお! これは何じゃ!?」
「安心して下さいノウェム王。これからソージの見た記憶を映像として観ることができます」
「ほえ~そのようなこともできのか……益々お主がほしくなったぞソージよ」
それは光栄だが、ソージがノウェムに仕えることはない。ソージの主はこの世にただ一人、ヨヨだけなのだから。
青いスクリーンに映し出されるソージが【ジンバ山】で見た光景。キュレアも物珍しそうにそっと近づいてきた。
ソージは気を利かせて逆に少し離れた。
しばらく映し出されていく光景を皆が静かに見続けていた。特に《金滅賊》の者たちを次々と紙のように引き千切っていく凄惨な光景はキュレアには辛かったのか顔を青ざめて気分を悪くしていた。
ヨヨが彼女の身体を支えながら「辛かったら観なくてもいいですよ?」と尋ねたが、彼女は下唇を噛みながら首を横に振る。
「い、いいえ、これも王としての役目ですから」
頼りない印象があるキュレアだが、そこはさすが王なのか、気丈に振る舞おうとする姿は好感を持てる。
そして映像は進んでいき、最後に不動我が山を消し飛ばし、ジムから魂をヒョウタンに収めて終了した。
「ふむぅ、つまりはあのヒョウタンに人の魂を詰めることができるということじゃな」
「そのようですね。ただ一つ気になるのは、《金滅賊》の殺された方です。確か今のような殺され方の他に、もう一つございましたね?」
「確かにソージの言う通りじゃ。南の【ダダネオ大陸】いる《金滅賊》は、その殺され方は首を胴から切り離されるというものじゃ」
「つまり複数で動いているということねソージ?」
ヨヨにソージが軽く顎を引く。
「はい。そのもう一人……か分かりませんが、情報を得る必要があると思います。まあ、もう【ダダネオ大陸】には不在だとは思いますが」
もしかしたら手に入れた魂を千手童子のもとに持ち帰っている頃かもしれない。もし相手の人相でも分かればいいのだが、探すのには苦労するだろう。
「……そういえばソージ、魂についての情報はプニマルに聞いたと言ったわね?」
「はいお嬢様。偶然その場に居合わせていたようで、ノビルさんも《鬼》の情報をかき集めているようです」
「なら彼女のことだから私たちよりも多くの情報を得ているはずよ。やはり今回も彼女に頼った方が良さそうかしら?」
「そうですね。ただ彼女も《鬼》の危険度は理解したはずです。あまり深く関わる可能性も低いですが……」
「彼女は頭が良いからね。引き際も分かっているわ。だけどそれでも私たちよりも知っていることがあるかもしれないわ」
ソージとヨヨが二人で会話していると、ノウェムがその間に入ってきて、ノビルとは誰か尋ねてきた。ソージがノビルについて説明すると、ノウェムはポンと手を叩く。
「おお、やはり情報屋ノビルのことだったか! その名は聞いたことがある。何でも法外な情報料を請求する悪徳情報屋らしいのう」
「はは、まあ間違ってはいませんね」
ソージは空笑いしか出てこない。確かに悪徳情報屋といえばそうかもしれない。
「ですが、その腕は確か。彼女が入手した情報は、幾つもの裏を取れた正確なものです。ですからたとえ法外な要求をしてくると分かっていても、彼女の情報を買う者たちは後を絶ちません。かくいう私も彼女と懇意にさせて頂いていますから」
「ヨヨが信頼しておるなら確かみたいじゃな。ではさっそくそのノビルから情報を買おうではないか」
「し、しかしノウェム王! 聞くところによると、その者は目が飛び出るほどの見返りを要求するのですよね? 何を対価として渡すおつもりですかな?」
今まで口を挟まなかった彼女の頭の上に乗っている小人族のプッコロが眉間にしわを寄せている。
「そうじゃのう……とりあえず本人に対価を聞いてみてからじゃな」
ノウェムの考えは正しい。まずは彼女と接触して情報料がいくらになるか聞いた方が賢い。ソージはとりあえずノウェムに、ノビルの居場所を教えた後、彼女が部下にノビルと接触するように命じた。
「そういえば、あれから崩壊した【ルヴィーノ国】を調べて何か見つかりましたか?」
ソージがノウェムに尋ねると代わりにヨヨが答える。
「城の地下に恐らく千手童子のミイラを復活させようとしていた機械を発見したのよ」
「何か重要なことが分かりましたか?」
「それがね、特にそこからは何も発見できなかったらしいの」
「そうですか……」
「だけれど魔王ガナンジュの寝室をくまなく調べたところ、隠し部屋を発見したようよ」
「隠し部屋?」
「ええ、そこには大きな金庫があって、その中には《混沌一族》に関する文献などが見つかったわ」
「それを見せて頂きましたか?」
「それがね、まずは皇帝に見せるべきだとして最初に発見したグロウズ殿が《皇宮》へと持ち帰ってしまったのよ」
「ああ……それは残念ですね」
ただ彼の行動も理解できる。この世界の破滅に関する存在の文献が発見されたのであれば、世界の支配者である皇帝にまず先に見てもらうのは自然の発想だろう。
その文献などに、もっと深く《混沌一族》のことを知る手掛かりがあっただろうが、それはまたグロウズと会うまでお預けになりそうだ。
「ではとりあえずはノビルさんの情報と、あとは……《裁軍》が【鬼灯島】で何を見つけるかですね」
ソージの言葉にその場にいる者が賛同して頷きを見せる。
「あ、ところで真雪はどうしたんです?」
ソージがこの国にいるはずの真雪の姿が見えなかったのでヨヨに尋ねる。
「彼女は今、【ルヴィーノ国】に行って調査の手伝いをしているわよ」
「そうなんですか?」
「ええ、ジッとしているのも何だからと言ってね」
「……真雪らしいです」
相変わらず自分の幼馴染はジッとしていられない性質のようだ。それに敵だったとしても【ルヴィーノ国】に横たわっている膨大な数の死体を弔ってあげたいのだろう。それは彼女の優しさからくることなのだが。
(オレもアイツに負けずに動いてみるかな)
ソージはそこから再び屋敷へと帰ると、もう少し情報を得るために近くの街などで聞き込みなどを繰り返した。