第百五十七話 新たな鬼
【鬼灯島】の地下洞窟。
そこに豪快な大股で入ってきた不動我が、幾つもの台座がある場所まで辿り着くと、そこにいた人物 阿弥夜に向かって手に持っていたヒョウタンを放り投げた。阿弥夜はパシッと落とすことなくそれを受け取る。
「ご苦労だったな不動我」
「ケッ、面倒な仕事だぜ」
「そう言うな。これも全ては我らが宿願のため」
「だったらもうちっと、マシな奴らを狩らせろよな」
「フッ、我ら《混沌一族》と張り合える者などいるわけがあるまい。今は十傑も存在しないのだからな」
「十傑か……ありゃあ楽しかったなぁ」
不動我は悦に入り懐かしさに顔を綻ばせている。
「また殺し合いてえもんだが、確か今はその後継者みてえのがいるんだろ?」
「ああ、【英霊器】と呼ばれているらしいな」
「そいつらは期待できねえのか?」
「しょせんは器。本物には敵うまい」
「ちっ、面白くねえ。他に誰かいねえのかよ」
好戦的な性格の《鬼》の中でも、際立って戦闘狂の不動我。かつて十傑と戦いながら、その戦いの中で笑いながら封印された唯一の存在。それほど彼にとっては楽しかった戦いだったのだろう。
「聞くところによると、この世界には僅かだが我らの足元に辿り着く存在はいるらしい」
「おお! マジかっ! どんな野郎だ!」
「皇帝を守る《五臣》と呼ばれる存在だ」
「ほほう、《五臣》ねぇ」
獰猛な笑みが不動我から漏れる。考えていることが一目で見抜けてしまうほど分かり易い。
「殺し合ってみてえなぁ。なあ阿弥夜、今すぐ行ってきてもいいか?」
「そう焦るな。近いうち、お前には存分に戦ってもらうつもりだ」
「俺様は今すぐ暴れてえんだよ!」
「不動我……我らの最優先事項を忘れたか?」
冷たい瞳で阿弥夜が不動我を睨みつける。キーンと張りつめた空気。バチバチッと周囲から放電が起き始める。ただの覇気同士のぶつかりあいで、地面に亀裂が走りゴゴゴゴゴゴと地下洞窟が揺れる。
するとフッと不動我の方から殺気を鎮めた。
「ちっ、分かってら。王子の復活が何よりも先だってんだろ?」
「そうだ。お前と多面童が集めた魂はまだ王子の復活には足りないが、それでも……」
カツカツと地面を鳴らして阿弥夜がある『前』と書かれてある一つの台座に近づき、その台座の上にある石像に向かってヒョウタンの栓を開ける。するとそこから青白い魂が次々と石像の口元に吸い込まれていく。
しばらくして、ピキピキピキッと石像にヒビが入り、一瞬光ったと思ったらバキィィィッと石を破壊して中から肉感を持った人物が現れる。
「久しぶりだな―――――――――血文殊」
血文殊と呼ばれた男。黒いサングラスをかけた飄々とした人物だ。パーマを当てたかのような癖の強い茶髪をしており、尖った耳には幾つものピアスが嵌めてある。彼も頭の上には大きな角が一つ生えている。
「ふわ~あ、いやぁ、よく寝ました寝ましたっと。こっちこそ久しぶりだね~、阿弥夜さんに不動我さん」
そう言いながらサングラスの奥で光る紅い瞳で周囲を観察。
「ん~まだ復活してない方もいるようだね~」
「そうだ。血文殊よ、お前にも魂捕獲に動いてもらいたい」
「はいよ~、王子復活のためだね」
「ああ、それと同時に、お前には脅威になりそうな……いや、脅威にはならんだろうが、質の良い魂を持つ者を探してもらいたい」
「質の良い? ん~どういうことかな?」
「かなりの魂を集めたが、それでもお前だけを復活させることしかできなかった。恐らく魂の質が低かったからだ。より良い魂を集めれば数少なくとも、王子や残りの《九鬼衆》も復活できるだろう」
「なるほど~、質の良い魂の持ち主ってのは、総じて心身ともに強い者が多いし、そんな輩を探せばいいってことかな」
「ああ、狩れるなら狩れ。ただあまり大っぴらには動くな。まあお前なら大丈夫だろうがな」
「りょ~か~い。ならそういう感じで」
スゥーッと血文殊の存在が消えていき闇に紛れた。
「おい阿弥夜、多面童の奴は何してんだ?」
「座禅の時間だといって別の部屋にいる」
「相変わらず意味のねえことをしてやがる」
「そう言うな。奴にとっては意味のあることなのだろう」
「んじゃ愛染はどうした?」
「彼女は王子とともに地下洞窟を散策だ」
「そうかよ。それで? 俺様は今度はどこに向かって魂を狩ってくりゃいいんだ?」
「まだ《金滅賊》は他にもいる」
「またあの弱え奴らかよ……」
「泣き言はいい。早く向かえ」
「ちっ、めんどくせえなぁ」
悪態をつきながらも不動我は再び入ってきた場所から出ていった。火が消えたように静寂になったその場で、阿弥夜は誰もいない玉座を見つめる。
またその視線をゆっくりといまだ復活していない者たちへと向けていき、静かに目を閉じた。
「……まだ時間がかかるか」
阿弥夜もまた不動我同様にその場所から立ち去っていった。
【オウゴン大陸】から一つの巨大帆船が出航した。
その船に乗っているのは《皇宮》の誇る《裁軍》である。そして指揮をとっているのは《裁軍》の副隊長であるビロード・バンだ。
本来なら総隊長であるグロウズ・G・ソーズマンが指揮をとるはずだったのだが、皇帝が傍にいるようにと命じた結果、こうして指揮はビロードに引き継がれることになった。
船が目指すのは【鬼灯島】。そこには《混沌一族》が潜んでいると考えられており、調査に向かっているのだ。
精悍な顔つきを持つビロードが、部下たちに指示を出して急ぐように言う。部下たちも返事を返して忙しなく動いている。
「《鬼》か……グロウズ様がその眼で見られた物語上の存在。一体どのような輩なのか……」
船の先端に立ち、遠目に見える白い島を凝視する。あそこに《鬼》がいる。
「よぉし! 全速前進だ!」
さらに加速する船。
だがその船の上空―――――――そこには小さな黒い点が見える。よく見るとそれは人だ。しかしビロードたちはその存在に気づいていない。
船を見下ろす人物がひゅ~っと口笛を吹いている。
「おお~でっかい船だねぇ~。やっぱなが~いこと封印されてると、カルチャーショックがハンパねえやなぁ」
空中にヤンキー座りをしながら言葉を発していたのは先程目覚めたばかりの血文殊だった。黒いサングラスをクイッと右手の中指で上げると、そこから眼下を見渡す。
「こうして見ると、世界も大分変ったねぇ~。もう五百年前とは比べようもないかもなぁ」
そのまままるで地面を歩くかのようにトコトコと空を進む血文殊。雲の中を突き進み、全身を雲に包まれていると突然肺から全ての息を吐き出すと、大きく吸い込んでいく。
すると雲がドンドンと口の中へと吸収されていく。周囲にあった雲が一気に消失。
「ぷはぁ~、雲の味は五百年前と比べて少し不味くなったなぁ。ふわ~あ、まだ眠たいねぇ。仕事を言い渡されたけど、ちょっち眠るか。まあ、なんだ……あれだ、こんな良い天気なのが悪いんだ。だってそう……俺眠てえし……」
そのまま横になり太陽の陽射しを浴びながら気持ち良さそうに血文殊は目を閉じた。そして数分も経たずに寝息を立て始めた。
その間も、ビロードの船は突き進んでいく。
そしてようやく目的地である【鬼灯島】へと到着する。しかしビロードは気づかない。彼らがそこで地獄を遥かに凌ぐ光景を拝むことになることを……。




