第百四十三話 来訪者
「なるほど、話は了解しました。微弱ながらこのグロウズ・G・ソーズマン、【ルヴィーノ国】討伐にお力をお貸し致しましょう。いえ、皇帝の敵を討つのです。こちらからお願いしたいです」
会議室にグロウズを呼び、彼にこれから【ルヴィーノ国】を討つべく編成する軍に入ってもらいたいという話をした。すると快く彼は受け入れてくれることになった。
「しかし、よそ者の私があなた方の軍に入っても構わないのですか?」
「もちろんです。それにグロウズ殿の勇名は、兵士たちも存じています」
キュレアの言う通り、グロウズという人物は平民からの成り上がりなので、同じ平民出身である兵士たちは、グロウズを尊敬こそすれ疎ましく思うことはないのだ。
「グロウズ殿には一つの部隊を引き連れる隊長として前に立って頂きたいのですが構いませんか?」
「兵士たちが納得をしているというのであれば問題はありません」
その言葉を聞いてキュレアだけでなくヨヨもホッとした。これで兵士たちの士気もグンと上がる。何と言っても平民にとっては英雄である人物が、自分たちの隊長としてともに戦ってくれるのだから心強いこと間違いなしだろう。
「一つお聞きしたいのですが、【ルヴィーノ国】へはいつ頃に攻め入る予定でしょうか?」
「今、【ルヴィーノ国】にも動きが活発化しております。故にこれ以上動かれないようにできるだけ早く攻め落とさなければなりません」
ユリンがキリッとした表情を作り説明を続ける。
「予定は三日後、かの国を襲撃します」
ユリンの言葉を聞き、その場は息を呑む音が聞こえるほどの静寂さと緊張感が支配した。一つの国を攻め落とすのは容易ではない。【サフィール国】と【トパージョ国】の連合軍でも、被害は出るだろう。しかし決して敗北することはできない戦争である。
「……分かりました。では私も全力を尽くして皇帝の敵を討ちましょう」
「グロウズ殿がそう仰って頂けることが嬉しいです。今からグロウズ殿には兵士たちと対面して頂きたいのですが……」
グロウズがユリンに頷きを見せる。
「もちろんです。是非合わせて下さい」
「急なことになり申し訳ありません。ですがお願い致します」
そうしてユリンとグロウズが会議室から去っていった。
「いよいよ戦争じゃな。何の罪もない同胞のためにも、奴らの勝手はここで止めるべきじゃのう」
「ノウェム殿の仰る通りですね。戦争は嫌ですが、国のためにも私も戦います」
ノウェムとキュレアはそれぞれ覚悟はしているようだ。そしてヨヨにとっては、ここで仕事は終了した。あくまでもヨヨの仕事は【トパージョ国】との交渉役としてノウェムに雇われただけ。
本来ならそこで屋敷へと帰ってもよかったのだが、ノウェムとキュレアから是非今後についての作戦会議に参加してほしいと言われてせっかくだからと了承したのだ。
「ヨヨ、今回のこと、本当に感謝するのじゃ! ヨヨのお蔭でこうしてキュレア王と対等に顔を突き合わせることができた。ありがとうじゃ!」
「いいえ、私としてもノウェム王とキュレア王と繋がりを持てたことは大変嬉しく思いますから」
ヨヨは二つの国と懇意にできたことが何よりの褒美でもあった。特に【ゾーアン大陸】の国と関わりを持てたことは僥倖でもあった。あまり他と関わりを持たない国なので、こうして繋がりを得られたのはメリットが大きい。
これでまた大幅に情報収集範囲が広がった。
「報酬は何でもよいぞ! 余の配下になるとかでものう」
「ふふ、それはノウェム王にとっての報酬になるのでは?」
キュレアが似合わない突っ込みをした。ヨヨも微笑を浮かべながら答える。
「報酬はそうですね。できれば【サフィール国】との繋がり維持。特に商売関係に強い者とのパイプをお願いしたいのですが」
「ふむ、ではジャンブにそのように計らうように命じておくのじゃ」
「ありがとうございます」
「あの、ヨヨ殿、よろしかったらまた一緒に合奏できればと思うのですが……」
キュレアの申し出はヨヨにとっても嬉しいものだ。これで完全に繋がりを持てるということだからだ。それに音楽好きなヨヨも、ともに演奏できるのは楽しいものでもある。
「はい、是非。今度は家族とともに来訪してもよろしいでしょうか? その時に音楽会を開きたいと思うのですが?」
「はい! うわ~それは楽しみですね!」
その笑顔を見ただけで、彼女が本当に音楽が好きで楽しみにしてくれていることが理解できる。
「むむ、ヨヨ! 余の国にも家族で来るのじゃぞ!」
どうやら二人の作る空気に嫉妬したようでノウェムが膨れっ面になっている。ヨヨはそんな彼女が可愛らしく思えた。
「ふふ、もちろんですよノウェム王」
「そうか! うむ!」
嬉しそうに破顔する彼女の姿は無邪気でつい抱きしめたくなるような衝動にかられる。バルムンクもまた微笑ましいのか穏やかな笑顔を浮かべヨヨの隣で見守っていた。
だがノウェムはその笑顔を崩して何かを悩むように思案顔を見せる。
「う~む、でもできればヨヨにこのまま戦争が終わるまで一緒にいてほしいのじゃが、さすがにそこまで今回のことを背負わせるわけにはいかないからのう」
「そうですね。ヨヨ殿にはかなり有益な情報、そして彼女の執事さんにはとても大きなお仕事をして頂きました」
「そうじゃのう。キュレア王の言う通りじゃ。ここまでお膳立てをしてもらったんじゃ、この戦争、あとは余たちがきっちり決着をつけるのじゃ!」
その後はノウェムとともに【サフィール国】に戻った。出迎えてくれたジャンブに、ノウェムがヨヨの報酬のことを話すと、ジャンブもにこやかな笑顔を浮かべて「畏まりました」と言っていた。
ここ、【ゾーアン大陸】でしか採取できない鉱石や草花、食べ物なども豊富にある。それを商売に扱うことができれば、ヨヨの情報屋としての懐も大きく広がる。
また商売人と懇意になることで、ヨヨの信頼できる商人との仲介役として働くこともできるので先行投資としては十分な見返りであった。
何はともあれ、戦争が関わっているということで若干不安にも思ったが、得られたものも大きなものなのでヨヨとしては得心していた。
これからノウェムがヨヨを屋敷へと送ると言ってジャンブに注意をされていたが、ノウェムが強引に「これはこの国に連れてきた余の義務じゃ!」と言い張って、ジャンブを呆れさせていた。
結果的にすぐに返って来ることを条件に泣く泣くジャンブが折れることになった。そして帰宅準備が整いヨヨとバルムンクが、国を去ろうとしたところ、兵士が慌てた様子でジャンブに耳打ちをした。
「……何だと……!?」
眉をひそめるジャンブ。そして難しい表情のまま、ジャンブがノウェムに近づき同じように耳打ちをした。
「……何じゃと? 【ラスティア王国】の使いが来た? ……どういうことじゃ?」
その言葉を聞き、ヨヨはハッとなって目を見開いた。何故なら【ラスティア王国】というのは、簡単に聞き逃すほど聞き慣れない名前ではなかったからだ。
つい最近、自分の家族が向かった国。そして戦争。皇帝の危機。それらを踏まえた結果、ヨヨの脳裏に言い知れぬ予感が襲った。
「……ヨヨ、少し待っててほしいのじゃ」
一応国の使いだから会わないわけにはいかないはず。それに別段、ヨヨは帰宅に急いでいるわけでもないので「構いません」と言った。だが一つだけお願いをした。
「何じゃ?」
「誰が来訪してきたのかだけ、教えて下さいませんか?」
「それくらい造作もないことじゃよ」
ノウェムはその視線をジャンブへと向かわせ、説明しろと暗に言っている。ジャンブは軽く顎を引くとヨヨに説明をしてくれた。
「最近、かの国が【英霊器召喚】を成功させたことはご存知ですか?」
ジャンブのその質問を聞いて「やはり」と心の中で納得する。
「はい。もしかして来訪者は……【英霊器】ですか?」
「その通りです」
つまり今、この国に真雪とセイラがいる。そう判断できた。