335話「光芒を前に」
シュアァァァァァァァッッッッ!!!!!
暗闇を完全に灼き尽くし、夜の世界を白日の下に晒すほどの圧倒的な閃光。
フォーマルハウトの数十キロ彼方、国境沿いの暗がりから解き放たれた"スズの兵隊"アディラ・スタンニカによる第二射の魔力弾が、大気を融解させながら、高台に立つ私とザウルを目掛けて一直線に迫り寄っていた。
「――くっ……ッ!!」
私は反射的に右手を前方へとかざし、胸の奥底で燻る"物語"の核を全力で駆動させた。
正面から相対することで、改めて突きつけられる敵の凶悪な魔力出力の圧倒的暴力。
ただの一発で巨大な正門を破砕し、街を吹き飛ばすほどの破格のエネルギー。純粋な破壊力という一点のみで測定するならば、それは私がこれまでの激闘の中で目にしてきたあらゆる魔法の中でも間違いなくトップクラスに位置するものだった。
あのプレアデス大聖堂の激闘において、"零落の聖女"エレクトリアがその"根源"の力を用いて放った極大の奥義を除けば、まさにこの世界における最強クラスの一撃と言っても過言ではない。
(――私も、"根源"で対抗する……!? ……でも……っ!)
私の脳裏に、背中から灼熱の翼を広げようとしたそのコンマ数秒の刹那、"彼女"が口にした警告の言葉が鮮烈に過った。
『――"根源"の力は、あんまり乱用しねえ方がいいぜ』
魔法については、私よりもずっと深く知り尽くした"ドロシー"――カノンの忠言。
"根源"の力とは、単に出力が跳ね上がったの便宜的な上位魔法などではない。
使用後の消耗は勿論だが、それよりも、カノンがわざわざその使用を戒めるほどに、自らの魂や存在の根幹に位置する、何か致命的なものを削り取り、消費して行使する刃なのだろうと、私は予測した。
この先に待ち受けている、"雪の女王"アダーラ、そして"かぐや姫"との決戦。
その主戦場を前にして、ここで自らの魂を無駄に摩耗させるわけにはいかない。
(単なる硝子の防壁じゃ、あんな化け物みたいな力を受け止めることなんて不可能……! ……なら、密度の違う魔法の硝子を幾重にも細かく編み上げて、多層構造で衝撃を殺すしかない……!)
私は"根源"の開放を踏み止まると、全神経を集中させて魔力の糸を繊細に編み上げた。
シュシュシュシュシュッ……!
私の前方に、髪の毛よりも細く研ぎ澄まされた何千、何万という硝子の繊維が、目眩く速度で緻密に組み上がっていく。
それは幾重もの美しい幾何学模様を描きながら複雑に交差し、鳥の巣や精緻なドレスの刺繍のごとき立体的な多層構造の曲面を形成し、私とザウルの身体を完全に包み込むように広大な防壁として完成された。
「――"硝子紡ぎの舞踏壁"!!!!」
私が編み上げた極限の衝撃吸収障壁。
その直後、幾重にも折り重なった多層硝子の表面と、飛来した巨大な魔力弾の先端が真っ正面から激突した。
ドドドドドドォォォォォンッッッッ!!!!!
大気が激しく震え、高台の石造りの柵が衝撃波だけで粉々に吹き飛ぶ。
迫り来る魔力弾は、私の編み上げた硝子の層を一枚、また一枚と惨惨たる音を立てて穿ち、粉砕していった。
パリィィィン! ギガガガガガガッ!
(……くっ、重い……っ! ギエナもセラエナも、正門の前でこんな化け物みたいな砲撃をよく防ぎ切れたわね……っ!)
衝撃を分散させるための多層構造。
弾け飛んだ端から、私は猛烈な勢いで新たな硝子の繊維を供給し続け、防壁の再生を試みた。けれど、魔力弾が持つあまりにも圧倒的な熱量と貫通能力の前に、再生の速度すら追いつかず、幾重もの障壁が呆気なく破砕されていく。
メキメキメキ……ッ!
防壁の最奥、私の目の前わずか数十センチの場所まで、魔力弾の凶悪な先端が迫り寄る。
隣にいたザウルが、私を庇おうとしたのか、咄嗟に手を伸ばしてくるのが見えた。
けれど、私と彼の肉体が光の奔流に呑み込まれるのが先か、防壁が全壊するのが先か――拮抗の天秤は、完全に絶望へと傾きかけていた。
まさに、押し切られて蒸発する――その寸前。
「――敲氷求火っ! 真っ向から力任せにぶつかってはダメです、ノクティア様!」
夜空を切り裂いて届いた、威風堂々とした張りのある声。
ドガァァァァァァンッッッッ!!!!!
崩壊しかけていた私の防壁の側方から、一筋の純白の影が強烈な旋風と共に飛び込んできた。
詰めた黒髪を揺らし、その両足に凄まじい密度の暗褐色の泥水を渦巻かせた少女――セラエナ・レイク=オーディット。
彼女は空中で見事な可憐な旋回を描くと、魔力弾の側部へ向けて、全開の魔力を込めた鋭い必殺の回し蹴りを叩き落とした。
「――"黒湖泥濘・旋脚斧薙"ッッ!!!!」
真っ向から受け止めるのではなく、角度をつけた流れるような回転蹴り。
セラエナの足先から解き放たれた泥濘の濁流と、魔力弾の推進力が斜め方向へと噛み合い、凶悪な砲撃の軌道が強引に横方向へとねじ曲げられた。
ズドドドドドォォォォンッ!
私とザウルのすぐ横を掠め去った魔力弾は、高台の後方に広がる無人の建造物へと着弾し、天を衝く巨大な爆炎とキノコ雲を吹き上げさせた。
「……セラエナ! 来てくれたのね……っ!」
硝子の散波を消し去りながら私が叫ぶと、セラエナは石畳へ着地し、胸を反らせて誇らしげに言い放った。
「ええ、電光石火! 警戒しておりましたからね! ……ザウル総議長も、お怪我はございませんか……!?」
ノクティアに手を伸ばしかけていたザウルは、伸ばしていた手をゆっくりと下ろすと、目をパチクリとさせて呆然としたように口を開いた。
「あ、ああ……。来てくれてありがとう、レオタードの君……!」
「ええ、私によく似合っているでしょう! ……じゃなくて、そんな呑気な会話をしている場合ではありません、お二人ともこちらへッ!」
セラエナは問答無用で、私の身とザウルの腰元をそのしなやかで頑丈な両腕で軽々と抱え込むと、高台の石垣から夜の闇へと迷いなく飛び降りた。
「きゃっ!?」
「おっとっと……!」
風を切り、暗い通りへと着地するセラエナ。
抱えられた去り際、ザウルは自らの真っ赤な薔薇が散ったあの高台の頂を、どこか名残惜しげにじっと見つめていたけれど、結局最後まで何も言葉を口にすることはなかった。
「――現況をセプテニア公やギエナ殿に報告した方が良いでしょう! このまま"晶潮館"へ急ぎ戻ります、いいですね!?」
二人の人間を抱えながら、疾風のごとき速度で暗い大通りを駆け抜けていくセラエナ。
私は彼女の肩越しに遠くの国境沿いの暗闇を警戒しながら、強く頷きを返した。
「ええ、分かったわ! 急ぎましょう!」
いつ飛来するとも知れない、悪夢のような三射目に対する緊張感を全身に張り詰めさせながら。
私たちは夜の静寂に包まれた水の都を駆け抜け、"晶潮館"へと急ぎ引き返すのだった。




