エルフとの出会い
広場に到着すると馬車が五台停まっている。周囲には耳に特徴のある人達がいる。あの人達がエルフ族だ。
「おおっ、エルフ族だ。確かに美男美女が揃っている。顔だけでなく髪も美しい」
普通に声を出してしまった。廻りの野次馬から失笑を貰うが、気にしない。初めて見るエルフ族に興奮しないほうがおかしい。
少しの間、彼等を眺めていた。到着したばかりで慌しく炊事場の用意や、テントの設営をしている。今、話かけても邪魔になるだろうと落ち着くのを待っている。
一人の女性が俺の視線に気付き歩み寄ってきた。
「我々に何か用か?それともエルフが珍しくて見入っていたとでも言うのか?」
長い間、見ていたので気分を害したようだ。
「エルフを見たのは初めてですが、それとは別に聞きたいこともありまして、皆さんが落ち着くのを待っていました。時間があるようでしたら、俺の話を聞いていただけませんか」
「見たところ人族のようだが、エルフを始めて見たのであれば、この国の住民ではないのであろう。それであれば、我々が話をすることは無い。ドワーフとは商いを通し交流しているが、人族と交流はしていない。早々に立ち去るがいい」
踵を返して去っていこうとしている。
「薬を探しています。ポーションでは治せない怪我人が居ます。エルフ族はポーション以上の薬を作れると聞きました。それについて教えてほしいのです。持っているなら、買いたいと考えています」
彼女は振り返ったが、表情は険しさを増していた。
「何を聞いたのかは知らないが、そのような薬、エルフは知らん」
そう言って去っていった。だが、このまま引き下がるのは早いだろう。もう少し話を聞きたいと想ったので、そのまま落ち着くのを待っていた。
「貴様、ここから去れと言っただろう!いつまで我々を見ているのだ!」
先ほどの女性が声を荒げ近づいてくる。確かに帰れと言われたけど、了承した覚えはない。
「話を聞いてほしいのですが」
「薬の件なら知らないと言ったであろう!もう一度言う、我々を眺めることは許さん!早々に立ち去れ!」
彼女が声を荒げているので、他のエルフたつもこちらを見ていた。確かに見つめられるのは気分のいいものではない。獣人の村に帰ろうかと思ったのだが、彼女の後ろから一人のエルフが近づいてきた。
「フェリューナ、何大声を揚げているのだ。廻りを見ろ。何事かと注目の的になっているぞ。お前が自分で注目を集めてどうする。彼に言っていることと違うぞ。それで少年、我々エルフに何か用があるのかな?」
「薬について教えてほしく、彼女に聞いたのですが、知らないと言われました。ですが、治したい人達が居るのです。エリクサーという薬について、知っている事があれば、どんな些細なことでもいいので教えて下さい」
「エリクサーか・・・少年、時間はあるのか?あちらのテントで話を聞かせてくれないか」
「隊長!人族などと話をする必要はありません!作業を続けましょう!」
「お前が騒いでいるから作業が進まないのだが?お前は持ち場に戻り、作業を続けろ。私は少年と話をする」
「しかし!」
「くどい!」
フェリューナと呼ばれたエルフはブツブツと文句を言いながら戻っていった。
「少年、ついてきてくれ」
隊長さんの後についてテントへと向かった。
中央にはテーブルと椅子が置いてあるが、周囲には積荷であろう木箱が積み上がっていた。
「少年はエリクサーについてききたいのだな」
隊長さんの問いに頷く。
「あれはエルフの森にも実物は無い。だが、素材が揃えば作ることができるかもしれない。エルフ族でもエリクサーを作れるのは一人だけ、しかも数百年前に一度だけ作ったと言っていた。それほど貴重な品だ。治したい人達が居ると言っていたが、何があったのか教えてくれないだろうか」
俺は獣人達のことを説明した。複数の人達が手足を失ったと。
「少年、残念だがエリクサーを人数分作ることは不可能だ。素材自体が希少な品が多く、今では入手できないと言われている品もあるのだ。話を聞くだけになってしまって申し訳ないが、私では力になれそうにない」
そう言って頭を下げていた。確かに貴重な薬だ、素材も簡単に入手できないと思っていたが、エルフ族でも数百年作っていないのなら、諦めるしかないのだろうか。
「ありがとうございました」
俺は立ち上がり、帰ろうとしたが、
「少年、もう少付き合ってくれないか。少年は黒目、黒髪の出で立ちだが、異世界人なのだろうか?ドワーフ国から異世界人が入国していると我々にも連絡が来ている。少年がその人物なのではないか?」
俺は一瞬考えたが、
「はい、地球から召喚に巻き込まれ、この世界に来ました。高達達也と言います」
「やはりそうか。私はエルナンドだ。この小隊の隊長を任されている。タツヤ殿と呼ばせていただくがよろしいか」
俺は頷く
「タツヤ殿はエルフの森を訪れてはみないか?先ほどのエリクサーの話も長老達なら詳しい素材も知っている。素地については秘匿されており、我々は教えてもらえないのだ。希少なだけでなく、存在を知られると拙い品もある。考えてくれないか」
「お誘いは感謝します。ですが、今は獣人の村で村人たちと今後について考えたいとおもいますので、機会があればこちらから伺います」
「そうか、落ち着いたら是非来てほしい。獣人達ならエルフの森の入り口まで来ることができるだろう。待っているよ」
隊長さんと握手をしてテントをでた。
「フェリューナのことは許してやってくれ。悪い奴ではないのだが、物事を見極める目が少し足りないのだ。それが補えれば私の代わりに隊長も務められるのだが」
去り際にエルナンドが呟いていた。フェリューナは思慮が不足しているようだ。悪い人とは思っていないと告げ、獣人の村へと向かった。
タツヤが去った後、エルナンドはフェリューナを呼び出していた。
「フェリューナ、タツヤ殿を観てどう思った?」
「どうとは?」
「何も感じなかったのか?と聞いているのだ」
「我々を奇異の目でみていたようなので、立ち去るよう告げましたが、それ以外は何も感じませんでしたが」
フェリューナは首を傾げているが、何も思い当たる節がないような表情だ。
「出立前も連絡事項は覚えているか?」
「はい、積荷の確認と仕入れる品の確認をいただきました。それについては滞りなく済ませています」
「それだけだったか?」
「他に何かと言われれば・・・ドワーフ国に異世界人が表れたと報告がありました。人物の特徴として、黒目と黒髪、平たい顔の少年と報告があり、接触が可能であれば接触し、森に誘えとのことでした」
「先ほどの少年の特徴は?」
「奇異の目で我々を見つめる黒目、短髪の黒髪の少年でしょうか。身長は人族の平均的なものでしたし、それくらいでしょうか」
「そうか、自分で言葉にしても気づかないのか。もう一度、自分が受けた連絡事項と発した言葉を比べてみろ」
「黒目黒髪の異世界人の少年との接触。奇異の目をした黒目黒髪の少年・・・あっ!平たい顔でした!先ほどの少年が異世界人なのでしょうか?」
「そうだ。私が確認したら認めていた。彼は高達達也、異世界から来た少年だ」
エルナンドは大きく溜息をついた。
「フェリューナ、今回は副官としての同行であったはずだ。私と副官であるお前しか知らされていない情報をぞんざいに扱うな。感情を抑え、冷静に判断する。これがお前には不足している。その点を今後は留意し、行動するように」
「・・・解りました・・・」
フェリューナは頷いていた。エルナンドに言われたことに返す言葉が見つからないのだ。
ドワーフとの交易も大切なことだったが、長老達から言われた異世界人を見抜けなかった自身は腹立たしかった。
(お前が成長すれば、私も楽ができるようになるのだが)
エルナンドはフェリューナの注意散漫な性格から一段上へと成長するのを待っていたのだ。今は自身が率いる小隊しかないが、ゆくゆくは二隊に増やしたいと長老達と話をしていた。その第一候補がフェリューナなのだが、もう一つ伸び悩んでいる。何とかせねばと思うのだが、彼女の成長を待つエルナンドが溜息をつくのも仕方のないことだった。
フェリューナは自分の仕事に戻り、積荷の確認を再開していた。収納袋に入れてある積荷をテント内に並べ、ドワーフ達が確認しやすいよう整理していた。
(少年が異世界人だったとは思わなかった。その目つきに捕らわれ、人物を観ようとしなかった。視野も狭かったのだな)
そう心で呟き、異世界人の少年の目が気になっているのだった。少年をもう一度観てみたい、フェリューナはそう思っていた。
その頃、皇国ではフォランド・ヒュナ・アムナールが皇城でツルブームと対峙していた。
「アムナール伯爵、急ぎのご帰還、ご苦労様でした。今後は伯爵領内の施政を進めていただくこととなります」
「はい、陛下からも領兵の維持について、ご配慮をいただきました。領内を安定させ、傭兵たちを頼らずに兵を維持できるよう精進します」
「この度の事件で、皇城周辺の貴族へ確認したところ、全てと言えるほどの貴族家で傭兵を雇った兵の維持が報告されました。皇国として税の引き下げをする予定です。アナール伯爵領の財政も上向くと思います」
「有難いお言葉です。父上もカームル閣下に相談すれば、このようなことにならずに済んだと思います。私は若輩、そして頼れる父も戻りません。今後、閣下のお力添えを必要とする場面もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
「私で力になれるのであれば、頼って下さい。伯爵領の安定は皇国の安定です。遠慮は無用です」
フォランドは頭を下げ、感謝の意を表していた。
「あとは獣人への補償ですが、アムナール侯爵家として、どのような対応を考えているのでしょうか」
「それは・・・判断が難しいのですが、保証金を支払おうと考えています。金額について思案の最中ですが、陛下は何か仰ってましたか」
「陛下も頭を抱えておりました。伯爵の言う金額もそうですが、それが最善なのか考えておられました」
「そうですか・・・他にできることがあるとすれば、我が領内の獣人奴隷を開放することでしょうか」
「それが可能だと思いますか?」
「はい、借金奴隷であれば伯爵家で購入し、獣人たちを解放します。犯罪奴隷については解放しません。刑期が終わるまで勤めさせます。そして、領内で強制奴隷となっている者がいれば、即時解放させます。皇国は犯罪奴隷と借金奴隷以外認めていません。領兵が救出しても問題無いと考えます」
「獣人が望んで借金奴隷となった場合もあります。この先、獣人たち自らが借金奴隷を申し出ることもあるでしょう。解放は止めて下さい。ですが、強制奴隷の取り締まり強化は皇国でも始めなければなりません。そこは足並みを揃え進めることとしましょう」
「分りました。獣人たちの怪我に応じて保証金を準備します。手足を失った者には大金貨十枚、領内まで攫われた者には金貨五枚、村を荒らした保障として大金貨五十枚でいかがでしょうか」
「それだけ払えるのですか」
「備蓄の食料を売ってでも用意します」
「そうですか。では、その金額を陛下に伝えておきます。交渉はいかがしますか?」
「今、村に行っている冒険者たちが戻ってきたら、彼等に護衛依頼を出して案内してもらいます。交渉にはクルムードを向かわせます。異世界人とも面識はあるようなので、適任と考えています」
「なるほど、悪く無いですね。陛下に合わせて報告しておきます」
二人の話は終わり、フォランドは退室した。ツルブームは隣室に繋がる扉を開け
「陛下、このような結果となりました。よろしいですね」
「ああ、構わない。しかし、フォランドの考えは悪くないな。強制奴隷の救出、これを行えば皇国内で獣人を襲う馬鹿な奴らも居なくなるだろう。まずは全貴族に通達を出せ。一か月以内に開放するよう通達だ」
「はい、陛下。フォランドの救出作戦は驚きました。陛下と話していたことそのままでした。これで伯爵領内は安心して任せられます。父親と同じような考えだったら、早々に退いてもらうつもりでしたが、無用な心配でした」
「そうだな。息子のクルムードも自分の祖父を突き出した。この先、歪んだ正義とならなければ、伯爵家は安泰だ。俺の娘を嫁に出すのも悪く無いな」
「第四王女、オリベッタ様ですか?年も近いですし、悪くないですね。今回のことが落ち着いたら、そのように進めます」
「頼んだ。他のことも良きにたのんだぞ」
ミルナンデスは笑いながら部屋を出ていった。先ほどの話合いも同室を頼んだのに、断られた。だが、気になるようで隣室で盗み聞き。全くと内心呟き、ツルブームも自身の執務室へと向かったのだった。