5-3
社会に根ざす最短の近道は、経済活動を行うことである。
ニイトが発見した異世界生活の極意その一だった。
そこで一同は仕事斡旋所らしき場所のギルドを訪れたのだが、そこで紹介されている仕事はどれも魔法の専門知識や技術を要するようなものばかりだった。
一例を挙げれば、火石の製作補助。魔法薬の調合。杖のメンテナンス。魔法繊維を精製。
どれも今のニイトらにはさっぱり理解できないものばかりである。
できることと言えば輸送くらいだが、せっかく王都までやってきたばかりなのにまた地方へ移動するのには抵抗があった。
そこで仕事の件はひとまず保留して、街を練り歩くことにした。
いつしか虫世界の商人にビジネスチャンスは自分の足で探せと教わったことを思い出し、注意深く観察しながら観光としゃれこむ。
効率を考えて、クジを引いて二組に分かれる。
今度はニイトとアンナがペアになった。
「うち、嬉しいわぁ。だって二人っきりでデートやもん」
「浮かれるのはいいけど、ちゃんと調査もしろよ」
「わかってるって」
二人になるとさっそくアンナはガバッとニイトの腕を両腕でかかえる。
意外とある膨らみを感じてニイトは頬をかいた。そのまましばらくアンナと街を練り歩く。
「にしても綺麗な街並みやな。隅々まで綺麗に掃除されとって、ゴミ一つ落ちとらん」
「だな。道幅も人通りに応じて細かく調整されているし、計画的に都市設計されたのがわかるよ」
「ただ、何かが足りひん気がする」
「アンナもか? 俺も同じことを思った」
「いやんっ♪ うちら一心同体やん」
「茶化すなって」
照れくささを隠すように、ニイトは花壇に植えられた花に触った。
「あれ? 何だこれ? 本物じゃないぞ」
花壇に咲いている花は全て模造品だった。水気が全くなく、ザラザラした紙粘土のような感触。
「ホンマや。全部偽物やん」
一定の間隔で腰掛と一緒にある花壇は全て造花だった。
「あっ、うち、わかったわ」
「何が?」
「何かが足りひんと思ったら、匂いがないねん」
「……あー、確かに」
視界から入ってくる情報量に対して、嗅覚からの情報が異様に少ない。それが違和感の正体だったようだ。
「なんで本物の花を育てないんやろ?」
「育てられないのかもしれないぞ。水中では植物の生育も難しいのかもしれない」
「なるほどなぁ。そう言えば、虫もおらんな。今まで虫を見ない日がなかったから、いないと逆に落ち着かんわ」
二人は談笑しながら歩みを再開した。
「で、ニイトはんは何を探してるん?」
「そうだな……」
ニイトが探しているのは店舗や出店からでてくる余り物。いわゆるゴミだ。最強のゴミ処理業者であるニイトが最も実力を発揮できる分野である。
しかし何件かに声をかけてみたが、目ぼしいものは見当たらない。それどころか、ここの住民たちはゴミというものを知らないのではと思えるくらいに、資源を何度も再利用している。
火石一つをとっても、始めは火力を必要とする鍛冶場で使用されて、弱くなった物は一般家庭の炊事などに利用され、更に弱くなったら砕いて粉末にしてホッカイロのような防寒具にして使い潰した後、熱を失った粉は再び業者に買い集められて新たな火石の原料になるといった具合だ。
一連の流れに捨てるという工程は一度も出てこなかった。
他の物資や資源についても同様で、最終的にはニイトと同じく廃材回収業者が持っていってしまう。言うなればリサイクル率100%に近い超エコ社会だったのである。
「なんちゅーか、えらいケチくさい街やな」
「無駄のない効率的な社会とも言えるな。隙がなさ過ぎて逆に怖いけど」
資源を大切にする姿勢は見習うべきところなのだが、いかんせんこれでは新規参入を目指すニイトの入り込む余地がない。
どうしたものかと困っていると、ふらっと立ち寄った店で面白いものを見つけた。
素人が日曜大工で作ったような手作り感満載の木製家具が、高級そうなショーウィンドウに並べられている。あきらかに場にそぐわない光景だが、この店の看板には『こうきゅう かぐ』とある。
「いらっしゃい、お客さん。どうです? いい品でしょう? 脚の部分は合成木材ですが、テーブルの部分は天然の木版を使ってるんですよ! これだけ天然モノをふんだんに使った家具なんて、王都でもうちくらいじゃなきゃ出せませんぜ! ま、その分お値段は張りますけどね、はっはっは」
職人も自信に漲った様子だ。
正直素人作品にしか思えないが、これがこの世界では高級な家具。そしてセールストークから拾った情報によれば合成木材は安いが天然木材は高い。
これはビジネスチャンス到来の予感。
「確かにいい品ですね。天然素材だけでもかなりの値段がしそうです。きっと良い品を使っているのでしょう」
「そりゃあもう! うちは上級貴族のグリーンウッド家からも直接仕入れているくらいですからな! それも直径10センチ以上に育った大木しか使ってないですよ。素材だけで金貨7枚の価値はありますな!」
たしか銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨とそれぞれ10枚で位が上がるはずだから、銅貨1枚を10円くらいとして、70万円くらいの価値か……。
――70万っ!? 高っか!?
こんな表面に貼り付けたスライスされた木片が金貨7枚……。どんだけ木材は高級品なんだよ。それに直径10センチの木が大木だと言っていた。そのことから換算すると……。
「じつはちょっと見てもらいたい木材があるのですが……」
「ほう、どのようなものでしょう?」
ニイトは例のごとく一旦店を出てから時間を置いて再度訪れる。
「先ほど話していた木なんですが」
アンナと二人で直径10センチほどの丸太を抱えて店に押し入ると、店員も客も度肝を抜かれた。
「これは……立派な木材ですなぁ……」
職人は声を震わせながら、丸太の迫力に飲まれている。
「手違いで買い手がいなくなっちゃったんですけど、良かったら買います?」
「こ、これほどの木材を売って頂けるとっ!?」
「ええ。相場よりお安くしますよ。どうぞ実際に触って感触を確かめてみてください」
「で、では、拝見させて頂きます」
職人は樹皮を触り、断面を見つめ、匂いを嗅いで検分する。
「素晴らしい……。この複雑な手触り、豊かな自然の香り。まさしく天然モノです」
そして腰から杖を抜いて何かのスペルを唱える。
「魔力の痕跡もゼロ。間違いなく本物ですな」
「いくらの値を付けます?」
「これほどのものなら、金貨32枚! いや、34枚は出しましょう!」
丸太一本が340万円で売れたよ。ボロ過ぎる。
「まいどっ!」
大金貨3枚と金貨4枚を受け取って、ニイトたちは満面の笑みで店を出た。
「いやー、ボロい商売やったな。ただの木がこんな値段で売れるなんて、仰天しすぎてそっくり返りそうや」
「ああ、笑いが止まらない。けど、あまり目立つのは良くない。次からはもう少しさり気なくやろう」
ニイトの異世界生活の極意その二は、なるべく目立たないことだ。




