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オリヴィアが大切にするヒュノムの友人のために、ニイトもできることがないかと模索した。夜のうちにドニャーフ娘に虫素材の道具を量産してもらうように頼んで、その一部を贈与することにした。
竹を使った道具作りを始めたウンナイは使い勝手の良いナイフを大変喜んでくれた。
ニイトが見る限り、この集落の竹道具はどうもつくりが雑な部分があった。それは石器に近い道具を使っているからであり、道具が向上すればそれだけ製品の完成度も上がると考えた。
そこで試しに彼らに品質の良い異世界の道具を持たせて、どの程度製品を向上させられるか見てみようというのがニイトの辿り着いた答えの一つである。
あわよくば商売のチャンスになるかもしれない。評判が良ければ定期的に虫製の道具を売りに来る予定だ。
そしてもう一つニイトが思いついたことがある。
それは巨蟲世界や野菜世界にも共通することだが、これまでにニイトは炭を売っているところを見たことがなかった。
どの世界でも料理のさいは生木を燃やして煙と悪戦苦闘していた。キューブのみノアの空調管理システムで煙の問題はさほど気にならなかったが、できれば良質な炭を作って美味しい炭火焼き料理を食べたいものだ。
そしてこの世界には腐るほど木や竹がある。これを活用しない手はない。
「よし、みんな集まったな」
ニイト、マーシャ、オリヴィア、それにウンナイとツキナイの五人は水辺に近い集落の外れにやって来た。
「ニイトよ、我らを集めていったい何をするつもりだ?」
「これからウンナイとツキナイに仕事をしてもらおうと思って」
「俺たちに仕事だと?」
「ああ、二人には炭を作ってもらいたいんだ」
「炭って、木が燃え残った黒いカスだよな?」
「そうそう、それ。灰になる前の黒い状態のものだ。できたら俺があるだけ買い取るよ」
二人は怪訝そうに顔を見合わせる。
「そんなものを一体何に使うんだ?」
「料理に使ったり、畑に撒いたりが主な使い方だな。他にも脱臭や除湿、水のろ過や浄化など利用法は多岐に渡る」
「ほう、そんなに利用価値があるとは初耳だな。しかしわざわざ一度焼いて炭にしなくても、料理にはそのまま薪を燃やせばいいんじゃないか?」
最もな疑問だった。村の人たちが積極的に墨を利用しなかったのは面倒で扱いにくいと感じていたからである。炭は生木と違ってすぐに着火ないし、炎も見えずらいので感覚的に扱いにくい。木を燃やしてほっとけばそのうち炭っぽくもなるし、わざわざ長い時間をかけて墨だけを作るのはバカらしいと思われていた。
「炭は薪と違って炎が立たないし煙も出ないから、強すぎる火力で食材が焼き焦げてしまって食べられなくなるようなリスクが減る。煙の匂いが食材に付着することもなくなるから味も良くなる。さらに一度着火すると消えないうえに火力も安定するから、火力の調整が必要な料理にはうってつけなんだよ。そして薪より燃焼時間が長いから経済的だ」
「そう聞くとやってみる価値があるように感じるな。いいだろう、作ってみよう」
「そうこなくっちゃ。オリヴィアも手伝ってくれるか?」
「二人のためになるのなら是非もない」
まずはニイトが実際に炭を作って見せる必要があるだろう。大雑把で原始的な作り方は昨晩のうちにノアに教えてもらったので、あとはそれを実践するだけである。
まずは地面を整地し、焼く場所を整地する。そしてそのすぐ傍に土と水を練った泥を大量に作り置きしておく。
つぎに炭となる木材や竹を密集させて垂直に立てかける。山型になるように中央に高い木材を立てて、その周囲は徐々に低くなるように隙間なく組み上げる。そして全体を枯れ葉などで覆い、その上から用意しておいた泥を塗り固めて大きな泥山を完成させる。
「ニイト、ずいぶん手の込んだことをしているな。ただ木を燃やすだけじゃダメなのか?」
何気に複雑な工程にオリヴィアが怪訝な顔をする。
「野焼きにするだけでも一応炭はできるんだけど、質の悪いものしかできないんだ。後で大量に必要になったらその方法も教えるけど、まずは良い炭ができるところを見て欲しい」
「わかった。見届けよう」
次はいよいよ火入れだ。
泥山の下部に空気の通り道となる穴を幾つも空ける。そして天辺に開けた穴から火種を注いで着火させる。
火は徐々に下のほうへ燃え移っていき、隙間ができてきたらどんどん薪を投入して火力を上げる。
熱によって泥山にひび割れと熱漏れが起こるので、こまめに泥を塗って補修。
そうして最下部に開けた空気穴から内部の火が確認できるくらいに十分熱が回ったところで、空気穴を全て塞いでいく。
あとはこの山が冷えたら崩して、完成した炭を取り出すだけだ。
泥の壁が炉の役割を果たしてくれるので、ちゃんとした炭焼き窯がなくてもそれなりの品質の炭が得られる。最も原始的な炭作りだ。
一晩冷却して翌日に山を崩す。
黒々とした炭が大量にできている。
「できたぞ。手にとって見てくれ」
手に取ったオリヴィアたちが不思議そうに眺める。
「これは我の知っている炭とはだいぶ違うな。以前見たものよりもずっと軽い」
「しっかり形も残っている。強く握ると崩れるが、内側も完全に真っ黒になっているぞ」
「炭って中心部にしけった生木が残ってるものじゃなかったか?」
どうやらオリヴィアたちが炭だと思っていたのは生焼けで表面が炭化した炭もどきのようだった。それでは炭が持つ本当の良さがわかるはずもない。
出来栄えを確認してもらったところで、用意しておいたかまどにさっそく炭をくべる。
「実際に炭と薪で同じパンを焼いて、使い心地と味を比べてみようじゃないか」
料理は集落で最も一般的な、すり潰した豆を混ぜたパンに決まった。二つのかまどに炭と薪を同時に着火して、同じパン生地を二つに割ってそれぞれ焼く。
そして焼けたものを食べ比べる。
「美味しい! たしかに炭で焼いたほうが味に深みがある」
「ああ、薪のほうは焼き加減にムラがあるし、ところどころこげた。それに比べて炭は全体がムラなく均一に焼けている」
「匂いも全然違うな。今まで食べていたパンがいかに煙臭かったがわかったよ。炭の方はパン本来の香りが出ている。今までは煙に邪魔されてこの香りに気付かなかったんだな」
全員がその違いを実感したようだ。
「味の違いは理解してもらえたと思う。次は燃焼時間だ。見てくれ、薪はもう燃え終わったが、炭の方はまだまだ本調子だ」
ニイトは薪を継ぎ足して二回目のパン焼きを開始する。
二度目の薪が燃え終えても、炭はまだ熱量を保っていた。
「すごいな。これだけ安定した火力を長時間維持できるのか。こんな炭は見たことがない」
「これ、売れるんじゃね?」
二人はやる気になったようだ。
「とりあえず何度か練習してみてコツを掴んでくれ。それとこの方法は一番原始的な方法で、もっと良質な炭を作る難易度の高い方法もある。いろいろ工夫をしてより良い方法を探ってくれると助かる」
「ああ、さっそくやってみるぜ!」
怪我によって冒険者を引退することになった二人に、新しいやりがいのある仕事になればと思って炭作りを紹介したニイトだったが、予想以上に二人がやる気になったので思わず笑みがこぼれる。
「やはりニイトさまは優しい方ですね。怪我で将来に不安を抱える人に、このような技術を惜しみなく与えてくださったのですから」
一連の流れをずっと見守っていたマーシャが傍で優しく囁いた。
「別に彼らが怪我人だったからじゃないぞ。たまたまタイミングが良かっただけさ。それにこれからキューブに戻ってドニャーフ族にも教えるつもりだ。きっと彼女たちならすぐにより優秀な製作法を編み出すだろうさ」
「はいっ」
数日後、炭と薪の違いがわかるように中央区の一画で実演を兼ねた宣伝を行うと、多くの人が興味を持った。特に主婦と外食産業の関係者から高い評価を得られた。
作れば作った分だけ売れそうな勢いで、売れ残りを買おうと思っていたニイトは嬉しい悲鳴をあげた。がしかし、すぐにまねをする人が出てきて供給量も落ち着いてくるだろうから、まとめ買いをするのはしばしの辛抱だ。
オリヴィアの友人二人の食い扶持が確保できたので、当初の目的は完遂された。




