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生活費にも僅かばかりの余裕ができたので、オリヴィアは友人を訪ねることにした。魔力の少ないエルフと行動を共にしてくれた数少ない変わり者たちである。
先日の一件以来顔を見ていないので、安否を確認したかったのだ。ニイトとマーシャも付き添って、彼らの住居に向かう。
「ウンナイ、ツキナイ! 我は生きて戻ったぞ!」
「「オリヴィア様!?」」
そこにいた二人にニイトは見覚えがあった。であった当初にオリヴィアと一緒にいた男たちだ。
「そんな……、まさか生きていたなんて!? 幽霊ではないですよね?」
「みなに同じことを言われる。だが我は正真正銘本物だ」
男たちはオリヴィアの無事に喜んだ。がしかし、オリヴィアはそれとは正反対の反応で二人を見つめた。
「お、おい、ウンナイ……、その足はどうした? ツキナイ、お前は指が……」
二人の男たちは重傷を負った手足に血の滲んだ粗布を巻いていた。
ウンナイは足の親指付近が欠損しており、ツキナイは左手の小指と薬指がなかった。ニイトが最初に会ったときには二人とも五体満足だった。よって、二人の傷はここ数日のあいだの出来事だとわかる。
「すまねぇ、オリヴィア様……。俺たちはどうしてもあなたの死が受け入れられなくて、二人だけで森に入ったんです。そうしたら、案の定、ヤツらにやられちましました」
「バカヤロウ! エルフを連れずに森に入るなんて…………」
オリヴィア勢いよく怒鳴り始めた声をしぼませる。こうなったのは自分が毒を受けたせいだと自覚して言い淀んだのだ。
「俺たちは、オリヴィア様以外のエルフと組む気にはなれないんです」
「ばか……やろう」
ついには二の句が告げなくなってしまった。
三人の間には奇妙な繋がりがあったのだ。
「エルフ嫌いの俺たちとうまくやっていけたのはオリヴィア様だけですから。あの日、あなたに助けられてから、俺たちはあなたを守ると心に決めたんです」
集落ではエルフ優位の関係が成り立っていた。魔法が使えて、結界を維持できて、人よりも圧倒的に長命で知識のあるエルフが地位を高めるのは当然だった。
またこの地はかねてよりエルフの隠れ里の一つで、大災厄を引き起こした人族の生き残りが土地を割譲してもらい住まわせてもらっている経緯がある以上、どこまでいっても人はエルフに頭が上がらなかった。
だが時が進めば人の歴史に対する負い目は薄れて、優遇されるエルフに不満を持つ者も増えてくる。
ウンナイとツキナイはそんな人族の中でも特に反発心の強い者たちだった。
だがある日、森の中で命の危険に晒されていた二人をオリヴィアが助けたことで彼らの感情に変化が訪れた。魔力が弱いためにエルフの中でもはじかれ者だったオリヴィアと、二人は意気投合した。
それから長いこと三人でコンビを組んでいた。
森には多種多様な植物が生えていて、その毒性の有無や危険性の度合いを判断する知識を持った者が必要だった。
通常それらは寿命の長いエルフが担う役割だ。森の情報は膨大ゆえに。短命なヒュノムよりも適任だったからだ。
たとえ魔法が使えなくとも、オリヴィアにも積み重ねた膨大な知識があるので、サポートメンバーとして重要な役割を担っていた。
だが二人の傷が重傷であることを見取ってオリヴィアは悟った。
もうかつてのように一緒に森を駆けることは不可能だろうと。
「すまない……。我が未熟だったゆえに」
「謝らないでください。もともと俺があの毒を避けちまったのが原因です。オリヴィア様が生きていてくれて良かった。そういや、どうやって助かったんです? 致死性の毒だったはずですが」
「ああ、それは彼らに助けられたのだよ。どうやら秘術を使ったらしく、我も詳しいことは教えてもらえないのだ」
オリヴィアがニイトたちに向き直ると男たちも続いた。
「そうか、あんたがオリヴィア様を助けてくれたのか。ありがとう。心から礼を言わせてくれ」
「いや、たまたま居合わせただけだから、気にするな。それともし良かったらお前たちの傷も見てみようか。欠損した部位が戻ることはないかもしれないが、痛みくらいは引かせることができるかもしれない」
「そいつはありがてぇ」
ニイトが指示するとマーシャが【治癒】の魔法をかける。
「痛みが、引いたっ!? 信じられねぇ、さっきまで頭の奥までズキズキしっぱなしだったのに、嘘みてぇに楽になった」
「一瞬にして傷が治りやがった! こんなことって――ッ!?」
しかし、やはりというべきか欠損部分は治らなかった。皮膚が覆いかぶさって傷は塞いだものの、失った指は戻らない。
「どうやら、これが限界のようです」
マーシャが告げるとニイトは落胆した。
「そうか、やはり欠損までは治癒できないようだ。すまない」
「いや、痛みがなくなっただけで十分だ。傷も綺麗に塞いでもらった。感謝する」
「そうだぞニイト。我の知識によれば裂傷から皮膚が腐ってしまうこともあるようだ。そうなればもっと根元から切り落とさねばならなくなるところだった。そうなる前に犠牲を最低限に食い止めてくれたのだ。我からも深く礼を言う」
人体の一部を失うような大怪我を負ったというのに、二人は取り乱したりせずにとても落ち着いていた。
並大抵の精神力ではない。これが危険と隣り合わせの世界で生きている人たちの常識感覚なのだろうかと、ニイトは彼らの精神力を計りかねていた。
「それと、このことは内密に頼むよ。大きな騒ぎを起こしたくないからな。秘術は使える回数に制限があるんだ」
「わかった。貴重な術を俺たちなんかのために使ってくれて恩にきる。あんたほどの力があればオリヴィア様を助けられたのにも納得がいく。ずうずうしことだとは十分に承知しているが、これからは俺たちの代わりにオリヴィア様を支えてやってはくれないだろうか?」
「…………可能な範囲でよければ支えよう」
「感謝する」
静かな沈黙が室内を支配した。
オリヴィアは俯いたまま、辛い現実を受け入れるように喉元に詰まった物を飲み込んだ。
「それで、お前たちはこれからどうするのだ?」
気持ちを切り替えるようにオリヴィアが聞いた。
「そうですね、俺は足をやっちまいましたから、移動の多い仕事は難しいです。屋内の仕事を探します。ツキナイは逆に細かい仕事よりも大雑把な仕事の方がいいでしょう」
「そうか。なら我はお前たちに合った仕事がないかギルドに掛け合ってみる」
既に三人は明日を生きるために前向きな姿勢を取り戻していた。
強いなと、ニイトは思った。何年も引きニートをやっていた後ろ向きな自分には逆立ちしても到達し得ない境地だった。
「そうそう、それと約束を果たさないといけねぇな」
「約束?」
「最後のとき、オリヴィア様が言ったじゃないですか。子を成せと」
「――あっ」
男たちはニヤリと笑う。
「これから嫁を探します。何年かしたらせがれが生まれるでしょうから、そのときは俺たちの想いを継いでオリヴィア様と一緒に森のお供をさせてください」
「そのときを楽しみに待っていよう」
まだ見ぬ未来の光景を共有して、三人は笑いあった。
未来を見続ける心意気さえ失わなければ、人はどんな状況でも生きていけることをニイトは教えられた気がした。




