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翌日。
日の出前に身支度を整えたオリヴィアは北区を出立し、その足で中央区へ向かった。
ニイトとマーシャも付き添う。こうなってしまったのにニイトも少なからず責任を感じていた。
あれから誤解を解こうと長老宅を訪ねたニイトだったが面会は叶わず、結局オリヴィアの裁定が覆ることはなかった。
「これからどうするんだ?」
「とりあえずお爺さまの誤解が解けるまでは、自分で自分の身を立てるしかあるまい。まずは中央区で寝床を確保してから仕事を探す」
中央区は北区のエルフと南区のヒュノムが交易を行うことで発展した地区だった。人とエルフが入り乱れて、街並みも雑多な印象を受ける。
人と駆け落ちしたエルフが住まう地でもあるので、エルフの中にはあまりよく思わない者も多い場所だった。
僅かな資金で借りられるのは老朽化の進んだ安宿くらいのものだが、オリヴィアは眉を顰めることなく即決した。
「ずいぶん古い宿だな。こんな所に女が一人で大丈夫なのか?」
「贅沢は言ってられないさ。我は野宿の経験も多いし、雨風がしのげるだけで十分だよ。それに我に夜這いをかけるヒュノムなどいないさ。いたとしても返り討ちにできる自信はある。だてに森で戦闘経験を積んでないさ」
そう言うのなら大丈夫なのだろう。
早々と住居を決めたオリヴィアはその足で仕事の斡旋場へ向かう。
中央区には一番大きなギルドがあり、南北それぞれで解決できなかった依頼や、ヒュノムとエルフの協力が必要になる依頼などが集まってくる。
「ところでニイトたちはどうして着いてくるのだ?」
「いや、オリヴィアがこうなったのは俺にも責任がありそうだし、少なくとも生活ができるようになるまではできることを協力しようかと」
「ニイトが責任を感じる必要はないぞ。お爺さまの頭が固いのは昔からなのだ。まあでも、手伝ってくれるならありがたい。お前には不思議な力があるからな」
依頼は受付に話しかけると目ぼしいものを紹介してもらえる。ちらっとのぞいたところ竹簡に依頼の一覧が書かれて管理されていた。
オリヴィアは元々ギルドに登録していたので、ニイトとマーシャが新しく登録する。
「手持ちが心許ないから、短期間で稼げる依頼が欲しい」
「外へ出られるのでしたら、竹の伐採をお勧めします。現在は竹の在庫が少ないので買い取り価格も高めです」
竹は集落の生活必需品だった。
道具、食器、水筒、建材、燃料、竹簡、武器、舟の材料と、その用途は多岐に渡る。
常にストックが必要なため、ギルドでは竹の伐採依頼は常時出されている。竹の在庫量に応じて買い取りレートが変動するのである。
オリヴィアはすぐにその依頼を受けた。
「竹の調達は常時依頼ですので、依頼書簡は発行しません。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
一行は中州を挟んで西側の地へ向かった。
こちらの方面は竹が大繁殖していて常に伐採依頼が出されている。
「よし、またやるか」
オリヴィアは竹林を前にして柔軟体操を始めた。
「経験があるのか?」
「もちろんだ。竹の伐採は最も基本的なギルド依頼だからな。子供の頃から手伝っていたよ」
オリヴィアは柄の長い棒で地面を叩きながら、ゆっくりゆっくりと竹に近づいていく。
何をしているのかとニイトが首をひねったとき、オリヴィアが向かう前方の地面から突如として竹槍が勢いよく突き出してきた。
「ほいっ!」
オリヴィアはひらりと身をひねって避ける。竹槍は深緑の髪をかすめて空振りした。すぐさま地面から生えた竹槍を棒でぶっ叩いてへし折る。
「よし、これでこの竹は大丈夫だ」
異世界の竹は地面から槍を突き出して自衛する珍しい性質を持っていたようだ。
「一つの竹からは一度しか攻撃されないのか?」
「そもそも攻撃されない場合もあるが、基本的に一回だけだ」
危険がなくなった竹に近づいたオリヴィアは、ニイトがあげた虫刃で竹の根元を切っていく。
「それにしてもこのナイフというものは本当に切れ味がいいな。石斧で切るより何倍も早く切れるぞ」
「ならこれも使ってみる?」
ニイトは【転送】したノコギリを手渡した。
「何だ、このギザギザしたのは?」
「押し当てて引いてみ」
オリヴィアは言われたとおりにすると、あっという間に竹が削れて行く。
「おぉ!! これはすごい、瞬く間に削れるぞ! こんな便利な道具があったのか」
「ノコギリって言うんだ。作業が捗るだろ?」
「ああ、これなら一日に何百本でも伐採できそうだ」
次にオリヴィアは切り倒した竹の頂上部分を探り始めた。
「何をしてるんだ?」
「何って、竹銭を取っているに決まってるだろ?」
竹銭は集落で流通している通貨だった。成長した竹の天辺にだけできる、鉱物を含んだ小さい節のことだ。
価値は、石竹銭<鉄竹銭<銅竹銭<銀竹銭<金竹銭と順に高くなっていき、それぞれの入手確率に比例している。
「おっ!? 運がいいな。いきなり銅竹銭が現れたぞ! これは100本に1本くらいしか出てこないんだ」
竹の伐採が基本の仕事というのは、こうして運次第で大金が得られるからだとか。
世界が違えば使われる通貨が異なるのは当然だ。虫の羽を通貨にしているどこぞの世界よりは受け入れやすいことは事実だった。
勝手がわかったところで、ニイトとマーシャも伐採を始めた。
オリヴィアにならって株元にそっと近づき、竹槍を避けてナイフで切り落とす。
「ニャっ、ニャっ、ニャっ」
「ちょっとマーシャ、そんなに一気に進んで大丈夫なのか?」
一足飛びに距離を詰めてはひらりひらりと華麗に攻撃を避けていくマーシャ。猫のようにしなやかな足腰のバネだった。
「最近とてもからだの調子が良いので……、うずいてしまいました」
ペロっと舌を出して反省するマーシャ。あれか、動くものを見るとウズウズしてしまう猫の習性なのだろうか。
マーシャが次々に竹を無力化してくれるので、ニイトは竹銭集めに集中した。まるで宝くじの番号を一枚ずつ確認するようなもので、これはこれで期待感が刺激されて楽しいものだ。
「そういえばプラテインを見かけないな」
「竹は繁殖力が強いから競争に勝てないのだろう。ヤツらとて太陽の光を浴びなければ生きていけまい」
「じゃあ、成長の遅い原木よりも竹を植林したほうが早いんじゃ?」
「確かに竹は成長も早く水の調達にも役立つから一部では行っている。が、この繁殖力ゆえに他の木々の生育を圧迫してしまうからほどほどしなければならない。山菜や木の実も貴重な食料だからな」
「なるほどね」
地球でもその繁殖力の高さで環境問題になっている竹だ。異世界でもまたその猛威は健在のようだ。
ある程度伐採を終えたら束ねて地面を引きずりながら川辺へ運んでいく。そのままイカダのように水面に浮かべてから舟にくくり付けて集落まで運ぶのだ。
「二人のおかげで作業が捗ったよ。過去に一日で伐採できた最大数を大幅に更新だ」
得意げに鼻を鳴らすオリヴィアは屈託のない笑顔を向けた。




