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数日後、再びアンナと打ち合わせをする。
「どや! 改良に改良を重ねたコロッケの味は」
「ふわふわ感ともちもち感がアップして更に良くなったな。これなら十分に看板商品になれる」
「ニイトはんにもらった小麦粉っちゅうのを混ぜたらこうなったんよ。タネに粘り気が出て若干膨らむんやね。団子状に丸めるのも楽になったし、良いこと尽くめや」
アンナ風コロッケはこれで完成したと見て良いだろう。
「店舗のほうはどうなった?」
「ええところを見繕ったで。立地も悪ないし、広い部屋と軒先の露店が繋がったところやから、食材の移動にも時間がかからんで済む。ただ、そのぶん家賃は高めやな」
実物を見てみないことには判断が下せないので、ニイトは現場に向かった。
飲食通りの隅のほうにさり気なく構える店舗は確かに悪くない立地だ。ぎりぎり1.5等地、実質2等地くらいの印象を受ける。激戦区から漏れ出た客がふらっと立ち寄るのにちょうど良い塩梅だ。
「ここの大家さんがちょっぴし変わった人でな、最初に二年分の家賃をまとめて払わなあかんのよ。ただしその代わり家賃は毎月標準の半額でええと」
「てことは……四年目で帳尻が合って五年目からは家賃が半額になるってこと?」
「せや」
長期契約をするならお得。短期なら大損か。
「とりあえず他の候補地も見てからだな」
ニイトはいくつかの空き店舗を見学した。立地が悪いが家賃は激安な物件。人通りは多いが食品加工を行う場所との距離が離れている物件。最高の立地だが激戦区で家賃は激高な物件。
「うーん、やっぱり最初のところが総合的に一番良さそうだな。資金は足りてるか?」
「それが、人を雇ったりするとニイトはんにしてもらった融資では足りひん」
「たしかにこの額じゃしかたないな。よし、ならば俺に考えがある」
ニイトはニヤリと口元を吊り上げた。
やってきたのは人通りの多い広場。
「さあ、みなさん! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しい野菜でございますよー!」
「とても瑞々しくて美味しいお野菜ですよー!」
「一口食べたらとりこになること間違いなしやで! みんな見ていってやー!」
山積みにした野菜の前で三人は威勢のいい声をあげる。
「なんだなんだ? 珍しい木の実か?」
「見たことのない色をしているな」
「少し寄ってみるか」
集まってきた人々に野菜のお試しセットを配る。器にしたレタスにミニトマト、キュウリ、ニンジン、茹でたカブやダイコン、焼きナスと焼きピーマンなど数種類の野菜を一口サイズに盛り合わせたものだ。
「ほぅ、これは全く新しい味だ!」
「柔らかく、ほんのりと甘い。そして驚くほどに瑞々しい」
「舌の上でとろけるようだ」
反応はかなり良い。だが、中には難色を示すものもいる。
「なあ、このどぎつい色の実は本当に食べて大丈夫なのか? こんなに黒々としたものは見たことがないぞ」
初めてナスを見る人はそういう反応を示す人も少なくない。
「大丈夫だ。これを見てくれ」
ニイトが手に取ったのは虫食いのナスだった。大きな穴の中で青虫が現在進行形でモリモリと果肉を食べている。
「おぉ、虫が食べるなら安心だな!」
別の世界では虫食いの野菜は忌避されるが、この世界ではむしろ食品の安全性を証明するのに役立つ。場合によっては虫入りのほうがおまけ付きとして高値になるくらいだ。
「気に入ってくれたら買ってくれ。早い者勝ちだよ」
「この赤いのと緑のをくれ!」
「おれはこの白いヤツを貰おう」
銅殻や銀殻が舞い、飛ぶように売れる。
「みんな、野菜をふんだんに使った料理屋が今度新しく開店するから、よかったら来てくれやー!」
そして一番の目的がコレ。店開きの宣伝だ。
虫食いの野菜を高値で売りさばきつつ、店の宣伝も行う。一石二鳥の妙案だった。
そしてついにやってきた開店初日。
「よっしゃー! ここからうちの野望は始まるんや! みんな、最後までついて来てくれや!」
「「「おぉー!」」」
新規に雇い入れた従業員と共に円陣を組んで、気合十分のアンナは高らかに宣言した。
この日ばかりは客足の状況も全く未知数なので、ニイトとマーシャもサポートすることにしたのだが、既に屋台の前には耳の早い住人たちが僅かばかり行列を作っているところを見るに、手伝って正解だったようだ。
「では、開店!!」
「「「いらっしゃいませー!」」」
勢いよくなだれ込んできた客に焼きたての長い串を手渡していく。
お値段は1本で甲殻(穴あき軟殻)7枚。日本円にしておよそ700円ほど。徹底したコストパフォーマンスで庶民の財布にも優しい価格を実現した。
やや横長に広い屋台にはオーダーメイドで作ってもらった油鍋と鉄板が並び、熱せられた湯気がもくもくと立ち昇っている。どちらもドニャーフ娘に作ってもらった特注品で、幅を広くとった銅鋼虫製の油鍋は一度に沢山の一口コロッケを揚げることができ、鉄板も巨大だ。
ジュージューと野菜が焼ける音や油の弾ける音が響き、香ばしい香りが乗った湯気が周囲に広がって匂いに釣られた客を呼び込む。
スタートダッシュは成功したといっていい。
調理器具のほとんどがドニャーフ製だ。ヘラ、トング、穴あきおたま、竹串から、奥の食材加工場にある石臼やすり機に至るまで品質の良いものが揃っている。
こうしてみると誰かの仕事を支える物作りっていいなと思う。この光景を猫娘たちにも見せてあげたい。
朝、昼の混雑時を乗り切り、夕方前に一息つけた。
だが、夜になって予想以上に客が詰め掛けてきたことに驚いた。
「あれ、アンナ。ちょっと客が多すぎじゃない?」
「ほんまやな、大盛況や!」
「食材足りるのか?」
「――――ハッ!?」
絶句するアンナ。
どうやら日中に来たお客の口コミが広がったようで、仲間連れで再び来店したようだ。
商売人としては嬉しい悲鳴が上がるところだが、食材が足りないせいでせっかく来てくれたお客さんを怒らせることは避けたい。
「しかたない。コロッケを一つに減らして代わりに野菜をもう一品増やそう。それで値段を軟殻5枚に下げて凌ぐぞ」
それでも客足は増え続けて、ついにはコロッケが品切れになってしまう。
ついには野菜のみになってしまい、軟殻3枚で売り続けてどうにか初日の営業時間を乗り切った。
「「「ぜぇー、ぜぇー、まいどありがとう、ございましたぁ~」」」
嵐のような激務を乗り越えて、一同はぺたりと座り込む。
まさかこんなに繁盛するとは思わなかった。完全に予測を見誤った結果がこれだ。
「アンナ、人員の増員を求む」
「せや。すぐに手配するわ。それと、明日のコロッケ分のペーストを増産せんと」
「うわー、明日何時に起きたらいいんだよ!」
「少なくとも日の出前には作り始めんと間に合わん」
「「「ひぃー!」」」
何人か白目を剥いて倒れた。
商売は繁盛しなければ大変だが、繁盛しすぎても大変だということをニイトは知った。
幕間1 アンナの料理店 完




