3-13
幕間 アンナの料理店。
ところ変わってここは巨蟲世界。
野菜を入手したニイトはアンナにもおすそ分けするために、再び虫世界へやって来た。異世界ゲート設置数が増えたおかげで、こういうときにとても便利だ。
「アンナ久しぶり」
「ニイトはん! ちょうどええところに。ささっ、これを食べてみてや」
開口一番にアンナは試作した料理をニイトの口に放り込んだ。
「んんっ!? 熱っつ! はふっ、ん、お? 美味い!」
口に入れられた瞬間は油で揚げて間もないようで熱かったが、外はサックリとした食感、中はふんわりジューシーで旨味が閉じ込められていた。食べ始めこそ木のような香りだったが、噛むごとに徐々に甘い香りへと変化して旨味が増していく。
「どうや? うちの自信作や! これならイケると思わへん?」
「いける! これ、この料理街で食べた中で一番好みだ」
「よっしゃー!」
アンナは両拳を天に突き上げた。しかしすぐさま掲げた拳を下ろして、片手は口元に、もう片手は下腹部に添えながらもじもじしだした。
「もぅ、照れるでニイトはん。うちのことが一番好みやなんて」
「料理のことだぞ」
「あれから寂しかったで。うちの処女を食べた後にすぐいなくなってしまったんやもん。うち、捨てられたかと思ったやないか」
「処女作の料理の味見な。変なところを省略すると別の意味になるから気を付けような」
事情を知らない人が聞いたらどえらい誤解を受けそうだ。
「せやで、うちは本気なんや。遊び感覚でうちの処女を味見だけして逃げたらあかんで。ちゃんと責任を取ってもらわんと」
「どんどん齟齬が深まる!?」
「だって本当のことやん。ニイトはんが全財産をうちの元に置いていったってことは、『俺の全財産をくれてやるから俺の女になれ!』ってことか、『お前じゃ満足できないからこれは手切れ金だ、あばよ!』かのどちらかしかないやん。ねぇ、どっち? ニイトはんの本当の気持ちはどっちやの?」
「何の話だっ!」
そういえばニイトはこの世界の貨幣がゴキ○リの翅だったことにショックを受けて、アンナに全額を渡してキューブへ戻ったことを思い出した。
新しく開店するアンナの屋台の開店資金にでもしてくれればいいと思っていたのだが、当の本人は全く別の意味に捉えたようだった。
「あれは融資だよ。料理研究とか具材の調達費とか店舗の運営費とか、いろいろ物入りになるだろ? 商売が軌道に乗ったらちゃんと返してもらうぞ」
「やっぱりうちのこと本気やったんやね! 二人で一緒にお店を経営しようって、もうそれプロポーズやん! 嬉しい。ニイトはんの気持ち、ちゃんと伝わったで」
「真意が伝わらずに残念です」
アンナはマーシャのほうに向き直り、
「大丈夫、わかってるで。うちは二番で構わへん。二人で一緒に旦那様を支えていこうな」
するとマーシャは珍しくピキッと額をゆがめる。
「アンナさん。お話があります」
そうだ、ビシッと言ってやれビシッと、とニイトは心の中で応援する。が、
「二番の座は譲れません! アンナさんは三番以降でお願いします」
「…………せやったな。そういやマーシャはんも側室やったね。正室やと勘違いしとったわ。ほな、うちは三番に立候補しとくわ」
分かり合えた二人は笑顔で握手を交わす。
いや、わかり合うなよ! それでいいのかよっ! せめて一番を争えよと、ニイトはその様子を乾いた瞳で見つめていた。つっこみの速度が足りない。
無駄に長い漫才で再開を喜んだ後、いよいよ本題に入る。
「で、さっきの料理だけど、マジでイケると思うんだ。店を出してみようよ」
「それなんやけどな、いくつか問題があるんよ」
アンナの話によれば第一に手間がかかりすぎるらしい。そして第二にそのせいで量産するとなると人件費が高くついて、売り出すときにはかなりの額になってしまうそうだ。
「赤字にならない価格ってどのくらい?」
「銅殻1枚くらい」
日本円に直せば1000円くらいになるだろう。バッタ一匹が20~30円くらいで買える経済環境でこの値段じゃさすがに庶民は手が出せない。
「そりゃ高いな。原料は何を使ってるんだ?」
「カミキリムシの幼虫ペーストを基本に、数種類のペーストを混ぜてみたんや。外側は粉末状に砕いたカミキリムシの成虫を付けて油で揚げる感じやな」
「じゃあ原料自体はそれほど高くないと。やはりペーストや粉末にする人件費が問題なんだな。一度作業工程を見せてもらえるか?」
アンナが調理するのを一通り観察したニイトは、改善できそうな点を探す。
「いやん、ダーリン。そんなに見つめられたら恥ずかしいやん!」
「仕事中はツッコミ入れないんで、よろしく」
「うぅ、冷たい反応。でもそんなメリハリのあるところもステキやで」
「さすがニイトさまです!」
一度集中しだすと、ニイトは周りの雑音を消せる。
「よし、まずはすり鉢を石臼に変えよう。これだけで作業効率が大幅にアップする」
「何や、その石臼って言うんは?」
「石の重さで効率よく挽く道具だよ。今度持って来る。それと今日はアンナにお土産があるんだよ」
ニイトは一度工房を出てから【転送】で野菜の山を取り出した。そしていかにも外に置いていた風を装って工房内に戻ってくる。
「何やこれは!? 見たことのない木の実やな」
「木の実というか、野菜なんだ。そのままだと不味いものもあるけど、それなりに食べられると思う。少し味見をしてみてくれ」
「こないな高価なものを食べてもいいん!?」
「そういえばこの町で野菜って見ないな。高いのか?」
「滅多に出回らんよ。たまにハンターが持ち帰るけど金持ちしか買えん」
やはりそうだったかとニイトは得心する。虫が多い世界だから遠い昔に野生の野菜や果物は食い尽くされてしまい、今は僅かな生き残りが細々と隠れているのだとか。
野菜や果物は高級食材として売れそうだ。ただあまり派手に売りさばいて経済を破壊するのもよろしくないだろうし、少量ずつ不定期に売るくらいに留めるべきだろう。
アンナの調理器具を借りて幾つか調理してみる。
「さあ、味見してくれ」
「ほんまおおきにな。では――――ん? 不思議な味やな。草花の香りがして、ほんのり甘味がある。こっちは酸味があって、苦いのもあるんやな。あっ、これ好きやわ。香ばしくて甘く柔らかい。んっ!? この赤いのはめっちゃ甘いで!」
アンナの素の反応を観察して、どの野菜がこの町に受け入れられるかを見極める。
「どれが良かった?」
「せやな、どれも新鮮な味で美味かったで。しいてあげるなら、この赤い小さいのと、白っぽい丸いのとゴツゴツした茶色いの。あとはこの黒くて長いのも見た目とのギャップがあっておもろかった。緑色のゴツゴツしたのは酸っぱ苦くてちょっと苦手やな」
ミニトマトとタマネギとジャガイモは高評価。ナスはまあまあでピーマンは苦手と。いい情報が手に入った。
「いや~、ほんまありがとう。ええ経験をさせてもらったわ。うち、虫以外の物を食べたんは初めてや。またニイトはんにうちの初めてを奪われてもうたな」
「ははは、それは何より。でさ、じつはこれらの野菜がたくさん手に入るあてがあるんだけど、良かったらアンナが売ってみないか?」
「なん……やて……?」
瞳を大きく開いたアンナは一瞬言い淀む。
「俺はこの町に長く居られないからさ、代わりに販売してくれる人を探してるんだよ。アンナなら適任だと思って」
「ちょ、っちょっと待ってやニイトはん! マジなんか? それマジで言うとるんか? そないなことしたらひと財産築けてまうで!?」
「マジだ。取り分は俺とマーシャがそれぞれ三割ずつ。アンナは一番働いてもらうから四割だ。どうだ? 悪くない話だろ?」
「悪いことがあるか。千載一遇の話やんか」
「じゃあ、引き受けてくれるか? それと今考えたんだけどさ、アンナのオリジナル揚げ料理とこの野菜をセットにして売ったらイケると思わない?」
「――ッ!? いま、ビビッて来た。めっちゃビビッてなった。それ、もう勝ったも同然やん。やる、やったる! やらせてください、ニイトさま」
契約成立。




