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目的の杖を手に入れて、一同は広場へやって来た。
「どうしよう……完全に計算外だわ。王都の物価がここまで高かったなんて……」
「ローラは出稼ぎに来たのか?」
「えぇ、実家の家計がちょっと厳しいから、王都で稼いで少しでも仕送りができればと思ったのだけれど、この調子だと自分一人の生活で手一杯になりそうね」
「大変なんだな……」
どこの世界も不景気とは辛いものである。
「落ち込んでも仕方ないわね。まずは役目を果たすわ」
気持ちを入れなおして授業が始まる。
「まずは魔力を感じ取れるようにならないとダメね。私が弱い魔力を当てるから、何かを感じたら教えてちょうだい」
ローラは杖先を四人に向けて魔力を放出。
「何だか、湿った風が当たっているような感じがします」
「我も風が肌を撫でるような感じがする」
マーシャとオリヴィアがすぐに反応した。
「俺は何にも感じないな」
「うちも」
ニイトとアンナに変化はない。
「へぇ~、こんな弱い魔力でも感じるのね。あなたたち二人はかなり魔力感受性が強いみたいね。それじゃ、少し強くするわ」
すると今度はニイトとアンナも圧迫感を感じた。
「光を当てられているような感じがする」
「うちは暖かい風みたいに感じるな」
「どうやら全員魔力は感じられるみたいね。今私が行ったのは、弱い魔力を当ててあなたたちの魔力器官を刺激したの。少し邪念を込めたから、あなたたちのからだは危機感を覚えて魔力を生み出して守ろうとした。その感覚を感じ取ってもらったの」
「なるほど、そうだったのか。感想が一致しなかったのは?」
「魔法の感覚って個人差が強いから感じ方も人それぞれよ。自分の経験だけが頼りだから、今の感覚を忘れないようにしてね。人から言われた感覚的なことは基本的に当てにならないわ」
人の性格が一人一人違うように、魔法の性質にも個性があるのだった。
「次は、今感じたものと同じ魔力が自分の中にあるから、それを引き出してもらうわ」
「どうするんだ?」
「こればっかりは教えようがないわ。たとえば腕に力を込めてって言ったらみんなできるけど、どうやって力を込めたかを説明してって言われたら困るでしょ? 何となくグッ! ってやったとしか言えないわ。それと同じで魔法も非常に曖昧で感覚的なことなの。自力でその感覚を掴んでもらうしかないわ」
なかなかに難しい話だ。
「一応さっきと同じように弱い魔力を当てて手助けはしてあげる」
ローラが魔力を放出すると、ニイトは再び光を照射されているような感覚を覚えた。
この光は当てられているのではなく、自分から発散されているものらしい。
ならば自分の体内から光を発している部分がある。どこだ? 細胞からか? いや、肉体の中にあるような気はしない。
こういう問いはある意味、心や魂や霊魂はどこに存在するのかというよう問いと似ている。実際にあると証明されたわけではないが、魔力だって同じだ。存在するのかハッキリしない曖昧なものだが、あるものとしてコントロールを試みる。
こうは考えられないだろうか。
物質という存在が人の形になった器がある。そこに心という存在が人の形になって肉体の器に入っている。ならば霊や魂や魔力とやらも人の形になって重なり合うように器に入っているとしたら、それを一時的に引き出すことはできないだろうか。
――ッん!?
今、何か、扉のようなものが開いた感覚がした。
今まで気付かなかったけど、確かに自分に重なり合うようにして存在していたものが一瞬姿をのぞかせた。
僅かに開いた扉から中を覗き込む。
何があるんだ? 光だ! 色のない、透明で明るい光だ。目では見えないけど、確かにある。
「ニイトさま! わたし、何となくですが、感覚を掴めそうです」
「マーシャもか。俺も見えてきた」
「じつは、我はここまでは元々できていたのだ。だが、ここから先に進めない」
「えっ!? ちょっと、みんな早よない!? うちはまださっぱりなんやけどっ!?」
一同の反応を見て、ローラが言う。
「その魔法の感覚を杖に集めるように意識してみて」
ニイトはからだに重なる光が、杖のほうに流れていくようにイメージする。ゆっくりだが、光が集まっていく。
「そうしたら、杖先から集めた魔力を飛ばして、私に当ててみて」
「いいのか? 危なくない?」
「初心者の〔魔力放出〕くらいじゃ怪我なんてしないわ」
なら、遠慮なく。
三人の杖先から、魔法の光が飛び出した。
「きゃん! 結構強いわね。思ったより痛かったわ」
「大丈夫か? てか、何か光が出たんだけど!?」
「私は平気よ。それで今のが放出された魔力。たくさん集まって密度が濃くなると、光のように見えるようになったでしょ?」
「ああ、はっきりと見えたよ」
「ならマーシャとニイトは合格。今のをもっと素早くできるように繰り返し練習してみて。オリヴィアは弱いけど確かに魔力は出ていたわ」
「ほ、本当か!? 我には何も見えなかったが?」
「ええ。私には見えたわ。実力が上がれば弱い魔力光でも見えるようになるの。オリヴィアの杖先からも、薄い魔力放出が確認できたわ」
「そ、そうか! 我も魔法が使えたのだなっ!」
よほど嬉しいのか、オリヴィアは子供のように無邪気にはしゃいだ。
「ただしあなたは魔力量が少なそうね。苦しくない範囲で反復練習をすること。辛くなったら無理をせずに休むのよ。あまり無理をしすぎると悪影響が出てくるわ」
「心得た。それと、魔力量を増やすことはできないのだろうか?」
「急には無理じゃない? 毎日ちゃんとご飯を食べて、普通に生きていれば徐々に増えていくと思うけど」
「うっ……、あの食事を毎日するのか……」
喜びから一転、オリヴィアは顔を青くした。
「あのう……、うちはまだなんやけど」
「焦る必要はないわ。普通は何日かかかるものよ。ここが一番手こずるところだから、コツを掴むまでは個人差があるのよ」
しかし予想に反してアンナはそれから数刻の後に〔魔力放出〕を身に付けた。
「あなたたち、意外と覚えが早いわね。こんなに手がかからなかったのは初めてよ」
「まあ、多少の心得はあったからな」
「こんなに大きな生徒を教えたのも初めてだけどね」
「うっ……、それは言わないでくれ。いろいろわけ有りなんだよ。このことは内密に頼むよ。あ、そうそう。これは僅かばかりだが心づけだ」
ニイトはローラの手を取ると、そっと銀貨を握らせる。
「えっ? いいの?」
「ああ、こちらの都合で面倒をかけてしまったからね。お詫びも含めて受け取ってくれ」
「そ、そういうことなら、ありがたく受け取ってあげるわ」
「明日もまた講師を頼めるだろうか?」
「もちろん、良いわよ!」
ローラは満足そうに手を振りながら帰っていった。
何にせよ、全員が魔法の基礎を習得できたので、幸先の良いスタートを切れた。




