エルマーの案件 エピソード1 (全4回)
エルマー 人間 アラフォー(39歳)
ボリス ドラゴン 若いドラゴン
魔王 6500歳
「魔王さんって、人間ですか?動物ですか?」
「しいていえば、宇宙人かな」
魔王と呼ばれた人物は、
エルマーの質問に間髪を入れず答えた。
清潔感のただよう広いログハウス。
日光が柔らかく射し込む窓の近く。
上半身が少し起きる角度に調整されたベッド。
そこに、魔王は横たわっていた。
「え? 宇宙人なの!?」
ボリスは飲みかけのオレンジティーを
口からボタボタとこぼした。
ボリスは『りゅう』である。
長い首に、丸い鼻先。
恐竜をずいぶん人なつっこくしたような顔だが、
『ドラゴン』である。
ただ、一般的に想像される
荒々しく恐ろしいドラゴンとは根本的に違う。
体には黄色と青のしま模様。赤い角と目。
そして、金色の翼。派手だがかわいい。
パラメーターに『親しみやすい』という
項目があれば、そこに
全振りしたような若いドラゴン。
それがボリスだ。
「あらあらあら。拭きますね」
魔王の妻ラセツが
白い木綿タオルを何枚か持ってきた。
まずボリスの口を拭き、そのあと床を拭いていく。
いくら丸っこい顔をしたドラゴンとはいえ、
口は大きく、こぼした量も多い。
「ごめんなさい」
ボリスはすぐに謝った。
ボリスの前には
昔の洗濯で使われそうな丸い木桶。
みかんの皮から作ったオレンジティーが
たっぷり入っている。
それを美味しそうに飲むドラゴン。
こぼしたら、素直に謝るドラゴン。
もし神がこの生物をつくりたもうたのなら、
あまりにも『親しみやすさ』と『萌え』に
パラメーターを振りすぎではないだろうか?
「ははは。宇宙人に驚いたのか。
ボリスくんは知っていると思ったんだが」
魔王は優しく笑った。
魔王の外見は、ほぼ人間である。
エルマーが王都で見たことのある
騎士団団長のような雰囲気だ。
たくましいアゴ。
自信に満ちた目と眉。
厚みのある肉体。
向かい合うだけで、どこか威光を
感じさせるほどガッシリしている。
ただし、人間と決定的に違うのは
こめかみのあたりから、
水牛のような大きなツノが生えている。
皮膚は海のような青。髪や体毛はグレーだ。
魔王の妻も、同じようなツノをもち、
青い皮膚とグレーの髪をしている。
だが………美しい。
小さな顔。
整った目鼻立ち。
少しタレた目には妖艶さがあり、
長いグレーの髪がよく似合っている。
細く長い手足で床を拭いている姿にさえ、
妙な気品がある。
「いや、その……本当にごめんなさい」
魔王の妻は、気にしないで。という微笑を
ボリスにむけ、拭き終わったあとは木桶に
オレンジティーを補充した。
ボリスは申し訳なさそうに
その様子を見ている。
魔王に「知っていると思ったんだが?」
と聞かれているのに、そちらが
気になってうまく答えられない。
そういう、優しくて素直な
『りゅう』だったからこそ、
30年も友達でいられたのだろう。
そう、エルマーは思った。
9歳のときに「どうぶつ島」からボリスを
救った。その時から、ずっと一緒にいる
親友だ。
「ははは。こぼしたことは気にしないでくれ、
ボリスくん」
魔王はそう言ったあと
視線をエルマーへ向けた。
「ところでエルマーくん。
今日、呼ばれた理由は聞いた?」
「はい!ボリスから聞きました。
『そらいろ高原』の結界についてですよね?」
「その通り。一応、私からも
そらいろ高原の結界について説明しておこう」
エルマーはここへ来る途中、
ボリスの背中である程度の話を聞いていた。
だが、魔王本人から聞いた話には、
驚くことばかりが詰まっていた。
『そらいろ高原』
そこにはボリスを含め、
十六匹のドラゴンが暮らしている。
場所は『ごびごび砂漠』の中心部。
とんがり山脈を越え、ごびごび砂漠を
渡り、ようやくたどり着けるのが
そらいろ高原だ。
砂漠は激しい砂嵐が起こるため、
人間は簡単には近づけない。
かつて、偶然、砂嵐が止んだとき、
人間が高原へ近づき、
ドラゴンが捕獲されそうになったことがある。
そのときは、エルマーとボリスが協力して
人間たちを追い払った。
それから4年後。
空から魔王が降ってきた。
正確には、魔王の家族と仲間たち。
全部で8人。
彼らが降り立つ予定だったのは、
ごびごび砂漠と、
とんがり山脈の境目だった。
普通に着陸できていれば、ボリスたちと
出会うことはなかったかもしれない。
だが、普通とは程遠いことが起きた。
着陸予定地点には、人間たちが
大量に待ち構えていたのである。
魔王たちは、わずか8人。
それに対して…
武装した人間11万人。
なぜそんなことになったのか。
原因は、人間界最高の大預言者と
呼ばれていた男にあった。
その名も…
『リストラダムス』。
彼はこう予言した。
『今年の七の月の初日、
恐怖の大王がやってきて、
人類に大きな変化が現れるであろう!』
実際、この予言は、当たっていた。
『大きな変化』とは、魔王たちの魔術や科学が人類に活用され、文明が大きく進歩することだった。
そして『恐怖の大王』とは、人類を滅ぼす存在ではなかった。魔王が農業や産業を発展させ、
富を公平に分配することで、既得権益をむさぼっていた者たちにとっての『恐怖の大王』となることだった。
リストラダムスは「恐怖の大王」と
インパクト重視で予言を公表した。
実は、彼が見ることのできる予言は、
抽象画のようなものだった。
詳細までは見えていない。
ただし、なにかしらの戦争が起こる。
災害が起こる。
そうした大きな出来事の日付は
不思議なほど当てた。
そのため、彼は大預言者と
呼ばれるようになった。
その結果…
『恐怖の大王?』
『7月1日に降りてくる?』
『よし、降りてきた瞬間に殺そう』
そして集められたのが、
11万人の大軍だったのである。
_______予言の7月1日_______
ボリスと仲間のドラゴンたちは、
朝から妙な胸騒ぎを覚えた。
そらいろ高原と砂漠の境界までは、
五十キロも離れている。
それでも、人間たちの殺気や昂りは
ドラゴンたちの心をザワザワさせた。
気分転換でもしよう。
そう考えたドラゴンたちは、
いつもより高く空へ上がった。
そこで見つけた。
黒い直方体。
ゆっくりと空から降りてくる。
大きさは、ボリスの三十倍ほどもある。
その直方体から突然、音ではない『声』が、
ドラゴンたちの頭へ直接響いた。
思念波だった。
『やぁ!聞こえますか?!
はじめまして!』
『この星におじゃまします!』
『マオ・アヴァロン・
インキュベーター族です!』
ややこしい名前は、
ボリスにはよくわからなかった。
だが…
こんなにも明るく、
こんなにも礼儀正しく、
こんなにも温かい挨拶をする生き物が…
あの殺気立った人間たちの真ん中へ
着陸する。…ダメだろ?
ボリスたちはそう考えた。
そして仲間のドラゴンと力を合わせ、
黒い直方体を『そらいろ高原』へ
案内したのである。
一方…
11万人もの大軍を動かしたあげく、
収穫ゼロとなったリストラダムスは、
各方面から、今まで受けたことの
ない強烈な叱咤と
侮蔑を浴びた。
そして心労が重なると、
ほどなく亡くなってしまった。
マオ・アヴァロン・インキュベーター族。
ドラゴンたちは遠くから来た人間に似ている
動物だと認識した。
それにしても、名前が長い。覚えにくい。
そこで、ドラゴンたちは彼らを
『マオ族』と呼んでいたが、
見た目がなんとなく魔王っぽいので、
魔王。
と呼ぶことにした。
マオ族の寿命は、人間のおよそ二百倍。
目の前にいる魔王は――
御年6500歳。
ちなみに、ドラゴンの平均寿命は
およそ500年らしい。
ところで、なぜ魔王の思念波は、初対面の
ドラゴンたちへ簡単に届いたのか?
もしかすると、大昔にマオ族の祖先が
この星へ来て、ドラゴンを創造
したのではないか。
魔王はそんな仮説をたてたらしい。
が、その研究の優先度は低い。
まずは『そらいろ高原のために尽くす』
これが最優先だと思った。
なぜなら、自分たちが人間に殺されずに済んだのは、ボリスたちのおかげだということを
知ったからだった。
最初に取り組んだのは、食料。
ドラゴンたちがみんな大好き
スカンクキャベツ。
効率的な栽培方法により増産した。
鍵は窒素。農業に窒素は欠かせない。
そして驚いたことに、魔法にも
似た仕組みがあった。
魔法のもととなる『魔素』は、
この星でいう窒素と近い性質を
持っていたのである。
いろいろと周辺調査をしていくうちに人間が、
もっている『魔王』という存在のイメージ
もわかってきた。
これは、大昔にマオ族の祖先が
この星へやってきて、相当好き勝手に
振る舞った可能性が高いと思われた。
おそらく、人間に伝わる『魔王』の伝説は、
そこから始まったのだろう。
迷惑な話だと魔王はため息をついた。
一方そのころの
ごびごび砂漠の境界…
リストラダムス亡きあとも、
弟子たちは諦めず、師匠の正当性を
探していた。
彼らは遠くを見る魔術、『魔法視野』を使い、そらいろ高原を監視していた。
そして…見つけた!
ツノ。青い肌。
どう見ても人間ではない!
『やはり恐怖の大王はいたのだ!
みんな!見たか!リストラ師匠は
嘘つきではない!』
今すぐにでも王都に帰り、
街の真ん中でそう叫びたかった。
だが…様子がおかしい。
振る舞いが、まるで大王っぽくない。
見た目は…魔王っぽいのだが…
住んでいるのは魔王城ではなく、
丸太で作ったログハウス。
ドラゴンに野菜を食べさせている。
弟子たちは、とりあえず様子を
見ることにした。
そして、魔法視野で魔王たちの栽培方法を
観察し、それを真似した。
ごびごび砂漠で、少しずつ野菜や
植物を育て始めた。
緑が増えはじめ、2年もたたず
砂漠の環境そのものが変わり始めた。
激しい砂嵐の発生も徐々に減っていく。
すると…
人間が増え、村までできた。
しかも村人たちは、
空を飛ぶドラゴンを見つけると…
キラキラした目で手を振る。
これはまずい。
今は友好的でも、そのうちドラゴンを
捕まえようとする人間が現れる。
争いを好まない魔王は考え、そして開発した。
結界術。
魔王の結界は、かなり強力だった。
そらいろ高原へ向かおうとすると、
途中から方向感覚そのものが狂う。
北が南に。西が東に。
本人は高原へ進んでいるつもりなのに、
気づけば出発点に戻っている。
さらに、そらいろ高原へ入るもの。
そこから出るもの。
その存在に対する認識そのものが
薄くなる効果もつけた。
たとえば、空をドラゴンが飛んでいても、
『絶対にドラゴンを見続ける!』
そう強く意識して見ないかぎり、見えない。
見えているのに、意識へ入ってこない。
コーヒーを飲んでいるときに流れている
店内BGMのようなもの。
そんな結界がとんがり山脈まで
大きく広がっている。
魔王の寿命は非常に長い。
命の恩人であるドラゴンたちを守る
強力な結界は、これで安泰。
…のはずだった。
魔王はある日、新しく栽培を始めた
キノコを食べた。
そして…お腹をこわした。
「ポンポンイターイ、ポンポンヤバーイ」
回復魔法の詠唱も効かない、
それもそのはず、ただの腹痛ではなかった。
丹田。
へその下あたりにある、拳法などで気を
練るための重要な場所。
まさか、魔法を使うにも
そこが重要だったとは。
キノコを食べて以来、魔王は丹田で
うまく魔力を練れなくなってきた。
そのせいで、結界術まで不安定になっていた。
エピソード4が1番よく書けたと自負しております
ので、何卒お付き合いくださいませ。
なにとぞー!
※ noteにも掲載されております。




