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「ゴブリンがいるならそう言ってよ!」
装備を急いで身に纏い家を飛び出す前に母親にそんな言葉を叩きつけたマルチナは、しかし母親ではなく自分への怒りと羞恥で一杯だった。
(何が実家の周りは大丈夫、よ!)
実家に帰ってきて気が抜けた等とは言いたくはないのだが、否定はできない現実にマルチナは顔が赤くなる思いだった。少しでも周りの情報を得ようとしていれば気が付いたかもしれない、という冒険者としての当たり前の事ができていなかったことには後悔しかないのがマルチナだった。
だがそんな後悔も、ジェイクの先導で村を出て少し進んだ先に、木々の間のゴブリン達の姿を見れば頭から消える。ソルケ茸をとりに行く山とはややズレた道の方から、4匹のゴブリンがゆっくりと歩いてきているが、まだこちらに対しての警戒心を抱いていないのがマルチナにも分かった。
4匹、という数字は数日前に危機に陥った時より多いということだ。だがそれでも問題ないとでもいうように、エドが力強く呟く。
「任せろ。今度は油断しない」
「個体差があって、力が強いかもしれないから気を付けて」
「おう」
答えを返しながらシャラリと剣を抜くエドの様子は、多少に気負いはあれど油断も緊張もしていないようにマルチナには見えた。
四人は何も言わずともいつものフォーメーションを取る。すなわち敵を引き付けるタンクのジョディが戦闘に立ち、そのやや後ろにアタッカーの剣士であるエド、そしてやや後ろに戦闘では弓矢を扱うジェイクと、最後方に遠距離から支援する魔法使いであるマルチナが立つのである。
典型的な初期パーティのようだ、と教官に言われたのをふとマルチナは思い出した。教官が口にしたのは揶揄ではなく、昔から続く王道であり、故に最も信頼がおける構成だと評価されたのだ。
もちろん、まだ四人は初心者たるFランクであるため、各々の戦いの型も連携も完璧に決まっているとは言い難い。それ故に、教本通りに従って動けば及第点が取れる組み合わせは信頼がおけるのだとマルチナは考えていた。
四匹のゴブリンの内、二匹がこちらに気づいて駆け出す。少し大きい子供程度の矮躯だが、やや細い手足がねじれ、額に短い角らしきものが見えるゴブリンが、手にまた白い棍棒らしきものを掲げながらマルチナ達の方に向かって走ってくる。
「わざわざ分かれてくれちゃってさっ!」
こちらも先頭を歩く二人のうち、ジョディがわずかに先に歩を進めると、手にしたラウンドシールドを一匹の鼻さきに叩きつけた。パーティのタンクを担うジョディの盾はゴブリンの身体を覆う程の大きさをしており、その重量も結構なものだ。それをぶつけられた一匹のゴブリンが、後ろにひっくり返る。
それを見たもう一匹のゴブリンがジョディの方に体を向ける。と、その反対方向に剣を振りかざしたエドが走りこんだ。その気配にゴブリンが気づくも、
「そのままよそ見しとけっ!」
気合と共に振り下ろされた剣が、ゴブリンの身体を首元から骨ごと切り裂き真っ二つにしていた。
冒険者であれば前衛後衛問わず身に着けることが必須とされる身体強化の魔法だが、前衛であるエドが身に着けているそれは練度もレベルも、後衛であるマルチナが身に着けているものとはほど遠い。その前衛の膂力により可能とした一刀両断だった。
ジョディの盾の一撃で倒れていたゴブリンがここでようやく立ち上がって来ようとするが、その喉に矢が突き刺さる。ジョディの後ろから弓を構えていたジェイクである。それ程練度は高くなく、牽制程度にしか使えないと本人は言っていたが、それでも動かない対象に充てるくらいはできたのだ。
その頃にようやく、残った二匹が駆け込んできた。連携する知恵を見せる事もなく先ほどと同じように飛び込んでくるゴブリン達に、ジョディもまた同じような行動で返す。
「あらよっと」
再度振り回された盾に、今度はゴブリンが二匹とも巻き込まれて体勢を崩した。そこにエドが飛び込んでいき、剣を突き出す。過たず一匹のゴブリンの喉をエドの剣が貫くが、エドはそのまま体を近づけると、その勢いのまま足を突き出してけ飛ばす。その勢いで剣がゴブリンの喉を抜け、ゴブリンの身体はもう一匹のゴブリンにぶつかっていく。
「ギャッ!?」
「そのまま寝とけ」
体勢を崩して倒れこんでしまったゴブリンに近づいたエドは、油断なくその胸を剣で貫いた。断末魔の叫びをゴブリンが上げる。それに負けないようにジェイクが新たな矢をつがえながら叫ぶ。
「新手が二匹来てるぞ」
「わかってるよ!」
ジェイクの注意に怒鳴って答えるエドの奥から来る二匹の新手のゴブリンを見つつ、マルチナが杖を構えて呪文の詠唱を開始する。
魔法とは、魔力を用いて作り発動させる限定法則の事を指す。そして当然だが、魔力はいくら手足を振り回したところで触れる事はできない。魔力を用いるためには、人間は同次元のものすなわち自らの霊体を用いる必要がある。
だが神経が通い筋肉を動かす事ができる生体と違い、人間が霊体を意志のまま自由に動かすことは困難である。技術がいるのだ。そう、魔法を使うための技術のことを魔術という。
そして魔術には舞、手印、札など色々な種類があるが、その中でもマルチナが選んだのが呪文詠唱である。
呪文詠唱はその名の通り呪文と呼ばれるものを口ずさむ事で成り立つ。前衛ではそんな悠長なことはできないが、後衛であるマルチナには汎用性とレパートリーを広く持てることこそが魅力だった。
マルチナの呪文詠唱に伴い、構えた杖の先で魔法が少しずつ顕現していく。
現代の魔法学では、何に干渉するかを示す六元すなわち精神、霊体、理力、物質、生体、情報と、どのような効果影響を及ぼすかを示す六法すなわち強化、弱体、変化、操作、具現、付与を掛け合わせた36系統で魔法を分類している。
マルチナが唱えた魔法は理力具現系攻撃魔法<炎の矢>。
「いけっ」
マルチナの意志にしたがい、矢の形に具現化された炎が一直線にゴブリンに向かって飛んでいき、顔に直撃する。その頭を貫き穿つような貫通力は持たない。しかしその代わり、<炎の矢>の直撃を受けたゴブリンの頭は燃え上がった。
「ガアッ」
苦悶の叫びを上げる仲間と突如立ち上った炎に、もう一匹のゴブリンが驚いて立ち止まる。そこにエドが走りこみ、勢いのまま剣を振り下ろす。炎に気を取られていたゴブリンはそれをよける事もできずに、首を斬り飛ばされることになった。
追いついたジョディが燃え上がる頭をかかえてのたうちまわるゴブリンを足で踏みつぶして動きを止める。
「森に火がついちまうだろうが」
言いながら手にした剣をゴブリンの喉に突き刺した。
ふう、と遠目にゴブリン達にとどめを刺したジョディ達をみて、マルチナは安堵の息をついた。前回たった二匹にピンチに追い込まれた事が不安材料ではあったが、今回は6匹を相手に危うげなく立ち回ってみせることができたのだ。
(前回のあれは、本当にただの油断だったのかも)
元々教官からも、Fランクのうちは連携して敵を倒す術を身に着けろ、実践しろと言われてきたのだ。それができなかったのが前回と言えるのかもしれない、とマルチナは失いかけていた自信を取り戻しかけていた。
そして、このマルチナの思いは彼女だけのものではなかった。同じ後衛のジェイクのみならず、エド、ジョディといった前衛すらも一息ついてしまった。
それは、油断以外の何物でもなかった。
ガッ。
「ああっ!?」
エドに後ろから拳大の石が投げつけられ、その痛みにエドが叫び声を上げた。何事か、と視線を森の奥に転じた一行が見たのは、更に湧き出てくるゴブリンの群れだった。その数、10以上。しかもニヤニヤとした笑みを浮かべつつ近づいてくるようだった。
(まずいっ!)
その思いはパーティ全員の心の中を駆け巡った。勿論主戦力たるエドの負傷も大きいが、ゴブリン10匹がぞろぞろと連れ立って来た、という事が最悪の状況だった。
先ほどパーティは6匹のゴブリンを退ける事には成功した。が、実際には戦術で2匹との闘いを三回繰り返すという形にもっていったのだ。それ自体は問題ない。しかし今回は、こちらの準備が整っていないところに10匹が一度に迫ってきたのだ。状況は最悪だった。
後から振り返れば、反省すべき点はいくつもあった。まず目に見えた敵を倒したことで油断し、索敵を怠ってしまったこと。前衛が突出しすぎて、索敵任務を担うジェイクやサポートするマルチナと距離が開いてしまった事。しかしそれらよりも、動揺しパニックに陥ってしまったことが何よりもまずかった。
「早く体勢を立て直せ!」
右肩を抑えるエドと迫りくるゴブリンの間に、盾をもったジョディが割り込む。ガキン、とゴブリンが手にした白い棍棒らしきものが盾にぶつかり、思いのほか重い音を立てる。が、それで崩れるジョディではない。むしろ押し返してみせたジョディだったが、彼女にも余裕があるわけではない。
単純に自分の命を守るだけであるならばどうとでなる。しかし、パーティの攻撃を一身に受けるタンクの役目をこなす必要があるという点では、致命的な行動をしているとも言えた。
なんとか片手で剣を構えなおして攻撃に耐えるエドを横目に、数匹のゴブリンが二人の横を抜けて進んでしまった。ジョディとエドは別のやつの獲物と決め込んだのか、後衛の二人に気づいたゴブリンがマルチナとジェイクの方に殺到したのだ。
「ヒッ」
つい前日の事を思い出し背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、マルチナは距離があるうちにと手にした杖を迫りくるゴブリンに向けた。こちらに向かってくるゴブリンは5匹。その先頭を走るゴブリンに向けて魔法を唱える。
しかし、
「――っ」
とちった。呪文を唱えそこなったのだ。杖の前に集まりかけていた魔力が雲散霧消していく。
呪文詠唱は汎用性もバリエーションも高く、呪文を唱えるだけで魔法行使ができるハードルの低さも特徴ではあるが、ハードルが低いとはいえ、正確な語句、発音が必要であり体に叩き込む必要がある。勿論マルチナも通常であれば間違う愚など犯さない。しかし今は、動揺しパニックに襲われているマルチナの身体は、呪文詠唱を失敗させる程度には影響を与えていた。そして呪文詠唱の失敗がそれに拍車をかける。
「下がれ、マルチナ!」
中衛の位置にいたジェイクが弓矢で自身に迫るゴブリンを牽制しながら叫ぶ。ただし彼とて近接戦闘能力が高いとは言えず、自分の事で精一杯だ。
残ったゴブリンが自分に向かってくる恐怖にマルチナは後ずさりする。が、何かに躓いて倒れてしまう。
(あ……?)
先日経験した死の予感が再度マルチナを襲う。今度迫りくるゴブリンは四匹。そしてマルチナとゴブリンの間に、隔てるものはない。確実に近づいてくる、暴力。
顔に喜色すら浮かべてマルチナを狙うゴブリン達。それをただ見ていることしかできないマルチナの耳に――突如、バイクの音が飛び込んできた。
割り込んできたのは一台のバイク。バイクはゴブリンの前で急停止すると勢いのまま後輪を持ち上げ、勢いのままに振り回してゴブリンを跳ね飛ばす。
「グギャッ!?」
バイクにはねられた一匹と、それに巻き込まれた一匹が地面を遠くに転がっていく。
そんな先を見る事もなく、バイクのドライバーは降り立った。
「悪い、遅れたっ!」
そうマルチナに声をかけてくれたのは、先日あったアルカであった。




