エピローグ
「そら、これだ」
「うぉぉぉぉぉ!」
数日後のギルドのメビア支部のビル。そこでアルカはダニエルから、新しく発行された自分のギルドカードを受け取って歓声を上げた。そこに記載されていたのは、自分がFランクから昇格したことを示すEの文字が燦然と輝いているようにアルカには見えた。
「なんだよおいー、Dランクとかにしてくれても良かったんだぞ?」
「馬鹿を言うな。登録時の実力査定時ならともかく、Fランクから始める奴にそんなのあるか」
「全くノリ悪いなー」
ダニエルに冷たい目で見られても、アルカは上機嫌でニコニコしたまま、ギルドカードを角度を変えては眺め続けていた。一緒に来ていたダヤンもそれをニコニコとしてみている。
「おめでとうございます、アルカさん。昇格まで早かったですよね、本当に」
「いやー、まーな」
まだニヤニヤしているアルカに処置なしと判断してか、ダニエルが小さくため息をついて去っていった。
――事件から数日が経っていた。
回復のためにベッドにいた頃に、事件に細かい事も一応ナナセからは聞いていた。なんとラペルが黒幕だったと聞いた時には「最初から怪しいと思ってたんだ」としたり顔をしてナナセから白けた目で見られたりもした。
が、ハーディについてどうなったかを聞いた時にはさすがに緊張もした。
「あいつはセイワーズに強制送還されたよ。あっちで裁判を受けるそうだ」
「こっちで色々やったのに?」
「竜骸自体が国家機密みたいなもんだからな。盛大な横槍を入れたらしいぞ。……この国は未だにザルバディカに対しては負い目を感じている部分があるからな。それでらしい」
「ふーん?」
過去の歴史的なあれこれがあるらしいが、細かい事はアルカにはどうでも良かった。
セイワーズでの裁判であればある程度の事は考慮してもらえるのでは、と思ってしまうのは未だに彼をハーディ兄として慕ってしまう自分がいるからなのは自覚していた。それに今回の事件はアルカの尽力もあり、想定よりも大分被害が少なかった事もそうした横車が通った要因ではあるのだろう。
そう考えればアルカは今回の事は無駄では無かったなと少しは思えるのだった。
今回の事件の対応として色々と収入があった為、しばらく仕事は休もうとしていたのだが、そこへ今回の事件でのアルカの働きも評価され、アルカがFランクから昇格するという連絡をギルドから受けたのだ。
アルカは喜び勇んでギルド本部へ足を運び、そのまま上機嫌でいる。しまったと思えばまたギルドカードを取り出しては見て、ニヨニヨしている。
と、そこへ一人の女性が通りかかった。
「アルカさん!」
マルチナだった。ソルケ村で一緒に戦った彼女だった。どうやら彼女も村での仕事が一段落して、メビアに戻ってきたところらしい。
マルチナが目ざとくアルカのもったカードに気づく。
「え、E? アルカさん昇格したんですか?」
「いやー、そうなんだよ。今回の事件での働きが評価されたとかでさ」
「そう言えばスタンピードの他にこちらでも大変だったって聞きました。そこでも活躍するなんて、さすがアルカさん! 七骸の名は伊達じゃ――」
言いかけてマルチナは思い出してハッと口をつぐむ。かつてアルカが七骸と呼んでくれるなと言った事を思い出したのだろう。もしくは言われてちょっとピキッと反応したアルカを見たのかもしれない。
しかしそこからアルカは怒りだすことなく、静かに息を吐いてからマルチナの方をみた。
「あのな。七骸は、まあ、禁止と言ったが一応それは撤回する」
「はい?」
「が、その、慣れてなくてな。お手柔らかに、頼む」
「???」
要領を得ないアルカの言葉にマルチナは戸惑う一方だった。苦笑してダヤンが後ろから少しフォローしてくるのを聞き流しながら、アルカは自分が七骸という字名をまだ消化しきれてないのだなと自覚した。
少し前までならばただの蔑称としか認識できなかった。だが今は、七骸故の自分を認める気にはなっている。すぐに怒りださない事だけでも、それを成長したのだと自認するくらいは許してほしい、とアルカは思った。
だがまだまだ慣れておらず、少し怒りのスイッチが入ってしまうのはまだ如何ともしがたいのもまた事実だった。
「ま、これは少しずつだな――」
「え? 何か言いましたか?」
ダヤンとマルチナが不思議そうにこちらを見たところで、アルカは彼女らの肩に手を回した。
「なあ、マルチナはこれから暇か?」
「ヒャッ!? ええ、まあ時間はありますが」
「ならなんか美味いもんでも食いに行こうぜ。奢ってやる。行こうぜ」
「え、ええっ!?」
軽い昇格祝いだと、戸惑うマルチナを引きずりながらギルドの出口へ進むアルカ。その後ろを苦笑しながらついて来るダヤンがいる。
――まだまだ、七骸という言葉を呪いとして捉えてしまっている自分はいる。
しかしそれでも、現在の自分を肯定できている分、少しはマシな自分にはなれているよな、とアルカは思った。
そして、その歩む足は、確かに、かつての憧憬の先にあったのだった。
***
アルメリア大陸の東海岸の三大都市の一つ、商業都市ローンゼラス。アルメリア大陸でも有数の、つまりは世界でも有数の近代都市である。
背の高いビルが乱立し、完璧に計画された道路が縦横無尽に走っている中に、一際目立つビルが存在した。世界的大企業ディアニス・エンタープライズの本社ビルである。
その高層階の一室に、質の良いスーツに身を包んだ数人がエグゼクティブテーブルを囲んでいた。
「ではメビアの件だが、ラペルと言ったか? 彼から情報が漏洩することは無いと考えて良いのですよね?」
「はい。彼は数日中に、失意の自殺をする予定です」
「なら良い」
ラペルの獄中死を当然のように語る彼らの言葉に温度は無かった。ただ数字だけを見て判断する者特有の、冷徹ですらない冷静さがそこにはあった。
「では成果としては?」
「まず骸装具ですか、あれについてはこれ以上資金は使わない方が良いでしょう。確かに一定の効果はありましたが、作れる人材が少なすぎて集められず、コストに見合わない」
「ま、それは想定通りかな。では本命の方は?」
「そちらは一定の成功が認められた、と言えるでしょう」
ここで初めて男の声に熱がのった。情熱というよりも、興味という意味合いの強い色が。
「現代技術ではまだ未解明だった、妖魔の生まれる仕組み――、それを先方が知っているのだという証明の為に送ってきた二つですが、確かに先方の仰るように片方はスタンピードを、もう片方がキング級を生み出した事が確認できました」
「ほう。素晴らしいじゃないか。なかなか眉唾だと思っていたのだがな」
「そうですね。ですがこれで――先方が確かにビジネスパートナーになりうるという事は証明してもらえたという事になります」
「名前が怪しすぎたからな。……次のボールはこちらが持つべきか」
「そうですね。大きな山に繋がる可能性があるため、先方との関係は進めるべきと考えます」
話していた男達の視線が、一人の男に集まる。ここにいた男達の中でもトップの権限を持つ男に。
「いいだろう。では次の打ち合わせをセッティングしておいてくれ。先方との――妖魔王との打ち合わせを、な」
***
カタカタカタカタ。部屋の中にキーボードを打つ音が響く。
「う~~ん」
切りの良いところまで作業を進める事ができたナナセは、端末のキーボードから手を離して、伸びをした。
――メビアのトドロト事務所の一室。そこでナナセは一人、事務作業を進めていた。
今回の事件の後処理もそうだが、アルカ達とは違って次の仕事をどうするかも考えなくてはならない。おまけに細々とした雑務も全てナナセが担っているため、どうしても一人忙しくなってしまうのだ。眉間を揉んだナナセは、しかし今回はアルカ達も大変だったからと仕事を振れないでいる自分も良くないな、とは思っていた。
コンコン、とノックと共に扉が開いた。開けたというよりも、鍵がしっかりしまっておらず開いてしまったという方が正しいようだ。顔をのぞかせて入ってきたのはセーリッシュだった。その手にはコーヒーが入ったカップがあった。
「ご苦労様です。少しは休まないと体に悪いですよ」
「あー、サンキュ」
軽い礼を言ってコーヒーを受け取って啜る。ナナセはコーヒーの苦さが気に入っていたが、どうにもこの男の入れるコーヒーは上品すぎてパンチが足りないな、とナナセは勝手な感想を抱いた。
身元はしっかりしているしこちらに害をなす事もないので、戦力としてはありがたいとして受け入れたのだが、やはりどうしてもうさん臭さは拭えないというのがナナセのセーリッシュ評だった。
「思い出した。あの指輪はなんなんだよ」
ナナセが思い出してセーリッシュに聞いたのは、彼がアルカに”ナナセからだ”といって渡した骸装具の指輪だった。問題なく使いこなせたようだし、実際それで助かった面もあるというのでそこに文句はないのだが。
「あたしからって何だよ。あたしはあんなの知らないぞ」
「ナナセさんからだって言った方が受け取ってくれるかと思いまして」
そう。彼が渡した指輪はナナセが関知していないものだった。それを渡すための方便として名前を使って悪びれもしないセーリッシュも良い根性しているとナナセは思う。
「それに――ちゃんと骸装具じゃないかあれ。セイワーズに問い合わせてみたけど――なんだよあれ、あんなのどこで製造されたか記録に残って無かったぞ」
「へえ、調べたんですか。まあそれは……企業秘密ってことで」
一瞬セーリッシュの目に冷たさが宿って見えた事は気のせいだっただろうか? あれほどの骸装具を作る技術が漏洩しているというのは考えにくいので、ナナセが調べられないということは、よっぽど特殊なルートという事だ。まあ、悪さをするものではないことは分かっているのでこれ以上追求はしないが、やはり怪しい奴だという想いは更に強くなってしまった。
「そう言えば先日は素晴らしかったですね」
「何の事だ?」
「ゴブリンロードの所在を突き止めた件ですよ。多分あの短期間であんなことができたのはナナセさんだけです。……でも同時に感じたんじゃないですか? 端末の性能の限界を」
それは確かにそうだった。ナナセがディアニス・エンタープライズにいた頃は、ほぼほぼ最新に近い端末ばかりを使っていた。会社を辞めてからはそれほどスペックが必要な作業をしてこなかったのだが、先日の調査で久しぶりに全力で調査をしようとして――端末の遅さに苛立ちを持ってしまった。
ナナセも個人で持てるスペックとしてはそれなりの性能のデスクトップを持っているつもりだった。が、やはり比較対象がディアニス・エンタープライズの最新モデルであれば、数年経ったところでどうしたって型落ち感は出てしまう。一回性能を体験しているが故に。
それにナナセがラペルにまでは踏み込めても、ディアニス・エンタープライズそのものについて罪を確定させることはできなかったのもそこに起因する部分はあるとナナセも自覚していた。
「だから改めて来たんですよ。アルカさんへのコンタクトとは別に、僕のもう一つの大きな目的の為に。つまり――スカウトです」
更なる笑顔を見せるセーリッシュに、胡散臭い、という感想を抱きそれが顔に出てしまうナナセ。その顔がアルカのそれとそっくりなのは姉妹の血がなせることだろう。
「こちらからのお誘いに乗っていただければ最新の、いえ、それ以上のマシンが使えるようになることはお約束しますよ?」
「……聖典騎士団、だっけ?」
「いえ、私が属しているのはそうですが、スカウトについては別です。それについては私は単にメッセンジャーに過ぎません」
そういってセーリッシュは礼儀正しく一礼してみせた。
「聖神教が抱える三大騎士団の一つ。かつての大魔王との戦いの折に失われた聖神器、聖杯を探索する任を帯びた騎士団――――聖杯騎士団からの、ね」




