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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
最終楽章 奏で継がれるもの
119/120

17-7 空へ届く未来の歌

 世界は平穏を取り戻した。


 楽機がこの世界から消え、最初は色々と戸惑ったが、それも時間が過ぎるごとにみんなが馴染み、徐々にその存在が忘れられつつあった。

 それが原因か、音楽を奏でても今までのような不思議な現象が起こらなくなった。つまり、音を奏でるという行為はただの娯楽となってしまったのだ。


 音楽に力が宿らなくなったことで、楽器を演奏する際、今まで注意してきた音怪の発生もなくなった。これにより組合もその存在理由が薄まって戦争が終わってから間があった後に自然と解散したが、まだわずかに世界に残る音怪を鎮めるべく小さな編成隊だけ組織され、彼らは世界を巡った。


 その隊のリーダーはアンクが務めた。最後の最後で役に立たなかった自分を恥じてか、あるいはレイヤーが遺した世界のためか。彼は多くを語らなかった。

 タクトも最初は同行したがコダの街にまで戻ったタイミングで、トーベンらの引退を期に組合の事務所の管理を買って出た。


 何故なら、かつて辺境だったコダの街が『歌の聖地』となり、多くの人が訪れるようになったからだ。


 神によって失われていた『歌』の持つ力は、瞬く間に世界中に広まった。それらは楽器が持てずとも奏でることができ、また共に歌うことで人々のつながりが深まり、増えていった。

 そんな歌が開放された場所…… コダは、そういった音楽好きが集う街に変わっていった。


 組合がなくなったとはいえコダの特産物は変わらず楽器の生産が主な収入となり続けた。これは歌の始まりの地といえど、変わらず楽器の音を求める人が減らず、むしろ音怪の恐怖に震えることなく曲を奏でられるようになったことが大きかった。


 つまるところ、元事務所兼練習会場は歌や楽器の練習場として開放し、休みの日にはちょっとしたコンサートや憩いの場として提供する形になった。


 特に目玉となったのはイズルエが直接行う歌の指導である。これは世界でもここだけでしか受けることができないため、数年先まで予約が埋まってしまった。だが、彼女の指導を身に着けた弟子たちが、今後世界中に広がって歌うことの楽しさを伝えていけば、自然とそれも減っていくだろう。ちなみに、最初の生徒はノイゼルだった。


 タクト自身もそこで楽器の吹き方を教える指導員として働きつつ、たまに帰ってきた楽士たちとちょっとした演奏会を披露する毎日を送ることになった。最初は都会に未練があったが、カノンとの間に子供が生まれるといっそう仕事に打ち込んだ。




 数年も経ってそれらの変化は当たり前の日常となった。いつしか世間は楽機や音怪の存在は無かったこととなり、あちこちで歌が歌われるようになった。


 かつてコーディルスとの演奏たたかいで用いられた『神が愛した旋律(サレインズスコア)』の改ざんされた部分の修復も終わり、当時の歌をそのまま再現した楽曲の公開が行われたりと、ますます世界中に音楽が、歌が広がっていった。誰もが音を奏で、音を楽しみ、音をもって語る事が当たり前な日常がやってきたのだ。


「……ここから、始まったんだな」


 タクトはかつてダルンカート劇場の舞台があった場所に立っていた。

 当時パイプオルガンの発掘後、天井を大きく削り取られて空が見えるようになってしまった。今は星が見えるその舞台は、もうコンサート等で使われることはないが今でも練習場としてたまに使われる。


 すう、と息を吸ってトロンボーンに息を吹き込む。

 基準音は透き通った夜空に吸い込まれるように飛び込み、消えていく。


「なんだ、そこにいたのかぁ」

「!? ……リコード!」


 劇場の外周から人影が下りてきた。懐かしい声にタクトは一瞬名前を告げる言葉を失った。


「探しに来てたんだ。君の娘さんに言われてねぇ」

「あ、パパ! やっぱりここにいた!」


 今年で七歳になる娘、リズが数人の楽士を引き連れてやってきた。


「なーんかあるとここに来るよね、『あなた』」

「へえ、そうなのか」

「アンクだってよく遺跡に行ったりするでしょ? それと同じよ」

「ここも変わらず大きな劇場だな」

「ほーん、ここがもともとティファがおった遺跡なんや」

「上層部が無くなってるのは残念だが、まだ舞台周辺の発掘には問題なさそうだな」


 カノン、アンク、シェリド、トロワス、ネンディ、ノイゼル……

 あの日、共に演奏したメンバーたちだ。


「なんなら、ここで始めてもいいぞ。ここはここで、お前にとって思い出深い場所なんだろ」


 毎年この日、集まれる人間がコダに来てある曲を演奏する。

 それは、最後の『神が愛した旋律(サレインズスコア)』が生まれた日。

 友を、送った日。

 今年はバスファンクス夫妻は来ないと連絡を受けている。それでも今年は多いほうだ。


「リズ知ってる! 『親友』って歌でしょう? リズ、歌えるよ!」

「お、すごいなリズちゃんは。じゃあ、おじさんたちと一緒に歌うかい?」

「うん!」

「おいおい、パーカッションもなしに始める気か?」


 声のする方を全員が見上げると、四人の人影が月明かりに照らされながら降りてくる。


「えっと、誰? リズ知らない人」

「あの服、帝国の人が着る服じゃないの?」

「え、帝国の人!?」


 リズは初めて見る別組織の服装に、怖がりながらもじっと見つめていた。


「お久しぶりッス!」

「最近忙しくって、時間合わせるの大変だったんだから」


 その人影はタクトが良く知る人物だった。ディフロント、ビオナ、マーサ。そして……


「指揮者もなしに演奏するとは、誰かが走っても止められぬぞ」

「ぜ、ゼフォン閣下……」


 隻腕の指揮者は、相も変わらず豪快な笑みを向ける。


「久しぶりに顔を見に来れば、毎年このような催しをしていると言うではないか。水くさい」


 彼をよく見ると、儀典用のゴテゴテした服装で駆けつけたようだ。普段から新たな世界の調律に奔走しているという噂を聞いていたタクトたちは、あながち嘘ではないと認識を改めた。


「ありがとう、みんな。去年よりメンバーが潤沢で俺も嬉しい」


 各人が配置に着く。


「では、音合わせをしていこう。まずはチューバからだ」


 静かな夜の帳の中、基準音が低音からかけられて音合わせが始まった。


(レイヤー……)


 タクトは、遠く離れた友の名前を思い出した。


(今日も、届きますように)


 ほどなく音合わせが終わり、一瞬の沈黙が音を断った。


「練習はいいな」


 ゼフォンは指揮棒を振り上げ、視線をリズへ向けて合図を送る。

 リズはゆっくりと息を吸い込むと、意を決して喉を震るわせる。


 夜空に、少女の歌声が舞った。

 あの日タクトが奏でたものと同じ旋律が、空へ向かって放たれていく。

 そしてそれを押し上げるかのように、レイヤーコードたちの演奏が後を追った。


 もう、楽機はない。歌も音楽も、その音を楽しむ以外の効果はないはずだ。

 しかしタクトたちにはこの演奏がどこまでも、どこまでも遠くへ響き渡る気がした。

 きっとそれは音楽が、歌が元から持つ不思議な力なのだと、信じずにはいられなかった。




       完

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