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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
最終楽章 奏で継がれるもの
118/120

17-6 創造の果て

 何もない場所に彼は立っていた。

 自分と言う存在が限りなく薄くなり、今にも消えてしまいそうな気さえした。


――消えるのか。


 己の存在が限りなく細かく爆ぜる。小さな音にすら還ることなく、世界へと飛び散っていく。


――聞こえたか? (ちち)よ。


 神獣を取り込んだ時点で力を抑制することは困難だと悟った。

 神の力を抑することなど、一介の音怪では不可能だったのだ。

 かつて神は、自らが生み出した人々と共に、一節の音楽を奏でた。しかし人々はその音をただ聞くのみで、神と共に奏でようとしたものはいなかった。


 神は聞きたかった。自らが生み出した(ヒト)が自分へ奏でる音楽が何なのかを。

 だが、帰ってきたのは耳障りな騒音…… 『音怪』だった。

 美しくない。まともに返せない。


 神は絶望し、新たな人類を演奏(そうぞう)した。

 こう鳴らせ、こう歌え、こう奏でよ。


 神は常に見本を奏でて見せた。

 しかし神が望む美しさになることはなかった。


 神は絶望し、人類自ら乗り越えるべき障害(コーディルス)を作った。そして、自らに残った心のかけらを楽器に託し、共に歌い合えるその日まで眠りについた。

 何度も、何度も、コーディルスと共に生まれ変わりながら……


――お前が聞きたかった曲、だといいな。




 コーディルスには、もう音楽を奏でる(うたう)力は残っていなかった。

 タクトたちが新たな神が愛した旋律(サレインズスコア)を奏で始めた時から、返す旋律を奏でられずにいた。

 それほどまでに、彼らの奏でた旋律を美しいと思ってしまったからだ。


 タクトたちもまた、観客(コーディルス)にだけ届ける演奏ではなくなっていた。

 それは友に。それは両親に。すべての観客に。舞台いっぱいに。建物を超えて。国を、大陸を。

 大空すら超えて。

 最後の一節を吹きおわる頃、辺りは月や星の光であふれていた。


(おわ、ったのか?)


 ゼフォンはその指揮棒をゆっくりと下ろしたのを合図に、楽士たちはようやく楽器を下ろした。

 しんと静まり返った天空の舞台で、一人の男に注目が集まった。

 注目の的になった男…… レイヤーはゆっくりと立ち上がり、その背を翻した。


「皆さん、お疲れ様でした」


 だが、その視線は遥か彼方を臨んでいた。


「素晴らしい…… 本当に素晴らしい演奏でした。そして、その素晴らしい演奏の奏者として、この場に私と共にいてくださったことに感謝します」


 レイヤーの体が微かに光を帯び始めた。――音に、還ろうとしているのだ。


「彼は、造り主たる(サレイン)と共に音となり、世界の一部へと還りました。もう、歴史のような転生は二度と起こりません。明日からはきっと今までと違う世界が始まるはずです」

「レイヤーはどうなるの!?」


 タクトは思わず立ち上がり、一番の疑問を大声で叫んだ。


「もちろん、私も消えます。コーディルスの一部なのですから」


 屈託のない笑顔でレイヤーは答えた。まるで、初めて会った時のように。


「いやだよ!」

「そうよ! なんで? なんで一緒に居れないの!?」


 カノンも加わる。だが、依然レイヤーは虚空に視線を向けたまま笑顔を崩さない。


「きっと私は、あの十五年前に気付いたのでしょう。神が待ち望んでいた素晴らしい演奏を聞けるかもしれない、と。そして、それを聞いたのならば……」


 ぽた、とレイヤーの上着に染みが浮かんだ。


「私の役目は終わる」

「役目ってなんやねん! そんなん関係ないわ! もっと聞いて、もっと吹いたらええやんか!」

「……楽機(ミュージリア)の、寿命か」


 ゼフォンの言葉に一同が自分の楽機を見る。先ほどまで共に演奏していた相棒たちが、何故か随分と重く感じることに気が付いた。


「……ティファ?」


「楽機は、神がいて初めてその存在が確立するのです。例外はありません。私たちは、神と共に『神が愛した旋律』を奏でるためだけに存在するのですから」


 タクトは力の行き場をなくし、再び席に着いた。


「……レイヤー」


 しかし最後の力をふり絞り、しっかりとレイヤーを見て言葉を紡いだ。


「あり、がとう」


 レイヤーは再び満面の笑みを浮かべた。


「一緒に演奏してくれて、一緒に旅をしてくれて、一緒に遊んで、食べて、練習して……」


 言葉と涙があふれ、嗚咽交じりになりつつも、タクトは続けた。


「コダの街から連れ出してくれて、ありがとう!」


 僅かな間を置いて、舞台から、世界から楽機はその存在意義を終え、世界中に溶け込んでいった。


「……タクトよ」


 ゼフォンは今までにないやさしい口調でタクトに声をかけた。その手にはもう指揮棒は握られていない。


「この、最後の『楽譜』、まだタイトルがないそうだ。そなたならなんと名付ける?」


 溢れる雫をぐいと拭い、まっすぐゼフォンを見据えてタクトは答えた。


「『親友』と名付けたいです」


 ゼフォンはにやりと笑い、右腕を振り上げて大声を上げた。


「ここに集いし楽士たちよ! 我らと共に演奏し(たたかっ)た友のために、今一度奏でようではないか! 最後の『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)、親友』を!」


 全員が楽器を構えた。




「ねえ、おかあさん」

「なに?」

「なにか、聞こえない?」

「え、音楽? そういえば」

「うん。なんだか、あったかい音楽が聞こえる……」




「なんだ、この曲は……」

「まさか、歴史に聞く『神の旋律』か?」

「んな馬鹿な。今はコーディスルが攻めてきてるんだろ?」

「でもよ、ふわっと力が湧いてこないか?」

「まあ、言われてみれば、良い曲だよな……」




「このフルート、もしかして」

「……うふっ。どこにいてもこの癖は抜けないみたいね」

「ね、ね! ネンディだよ! すごい!」




 その日世界中で生き残った人々は、暗雲が晴れゆく際にとても美しい旋律を耳にしたという。

 そしてそれが戦争が終わったことを意味するのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。

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