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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
最終楽章 奏で継がれるもの
116/120

17-4 その背を超えて

 静まり返る、天空の舞台。

 天奏楽士たちも、音怪の君主も、レイヤーも、誰もが楽器から口を離し、佇んでいた。

 眩しく光り輝くまやかしも薄れ、今タクトたちはコダ到着時よりも遥か空高い場所にいることに気がついた。


 静かに流れる補助演奏だけが自分たちを包み込み、重力や世界から隔絶された場所に彼らは立っているというのに不思議と恐怖はなく、むしろどこか楽しむものもいた。


「地上の光が薄くなっておる。もう、想像もできぬほどの高さなのだな。崩れた大陸がよく見える」


 ノイゼルは舞台袖の縁から地上を見下ろす。ベークレフ大陸『だった』大地の形状を改めて見下ろすと、不謹慎にも美しいと思ってしまった。


「世界の形が変わるほどの破壊行動は、過去の戦争でも滅多にありません」


 しかしかつての教え子であるリコードは、そんな師の行動をいさめた。

 だが、彼すらその顔には笑顔が浮かんでいる。


「ここからが本番、正念場ですよ。皆さん」


 依然途切れ途切れの風切り音だけが支配する舞台に、レイヤーコード(タクトたち)がなだれ込む。もちろん、タクトの目には懐かしい背が飛び込んできた。


【今は本番中。演奏を成功させることに集中しなさい】


 彼の背はそう語っていた。

 まるで初めて出会ったときのように好奇心がむき出しの背中。

 自信に満ち溢れ、全ての音楽を愛し、楽しみ、共に奏でたいと豪語していた時と、何ら変わらない姿。

 レイヤーらしい。タクトはそう思った。そして、そうあってくれて心からうれしく思った。

 彼が、吹奏楽バカでいてくれて。


「……ティファ」

『なに?』

「行こう」


 先行の楽士には、ケルピアによって光の楽譜を届けられた。これで、舞台の奏者全員に最後の旋律が行きわたった。もちろん、レイヤーにも。

 きっと彼は感じている。新しい楽譜を手にした子供のように。眼の前の君主きょういなんかお構いなしだ。

 そしてそう思っている奏者は、彼だけではない。

 それだけで、タクトは心が踊った。

 タクトは周囲の様子を確認すると目をつぶり、そっと楽機に口を添えた。




〝何故、曲を演奏する?〟


――そんなの、決まってる。楽しいからだ。


〝何故、練習を積む?〟


――きれいな音で奏でるためだ。


〝何故、他のものに聞かせる?〟


――聞いた人が笑顔になるからだ。


〝何故、それをお前がするのだ〟


――俺も、楽しいからだ。


 何処からともなく響く声は、屈託なく答えるタクトの声に嘘偽りがないことを察すると、優しく言葉を添えた。


〝それでいい〟


 タクトは目を開く。何もないはずの正面に、世界へと散る(なにか)を感じた。


〝それが音楽を奏でるものの、唯一の望みであるならば〟


 その声は、タクトのみならずその場の全ての楽士に聞こえていた。


ハット(構えよ)!」


 ゼフォンが掛け声をかける。


(レイヤー……)


 その背は何も語らない。


(俺、めちゃくちゃ練習した)


(また会えてうれしい)


(演奏できる音域、ちょっと増えたんだ)


(ティファと離れ離れになったことだって)


(世界中を渡り歩いた)


(全部、レイヤーに会うために)


(レイヤーに聞いてほしくて)


(笑って欲しくて)


(また…… 同じ舞台で演奏したくて)


『タクト』


 タクトはティファの声で我に返った。


『大丈夫。ちゃんとやれるから。私は、タクトが今までどんなにたくさんの努力をしてきたか、知ってるから』


 楽機から温もりが溢れる。まるで、楽機の全てが体の一部になったかのように。

 ふとタクトは視線を舞台に沿って這わせる。誰もが、トロンボーン(じぶん)の演奏を待っている。そして、その演奏することに信頼を持っていることを。


『一緒に、いきましょう』

「……ああ」


 なにより、タクト自身も自分の演奏に一切の迷いがない事を。


『――奏者マスター権限を格上げ(アップグレード)自動オート演奏モードから想送マニュアル演奏モードへ切り替え。認証システム、オールクリア。――発動します』


 タクトの全身が仄かに輝く。緩やかに溶けゆく光は楽機とタクトから発せられ、息を吸うような速度で再び奏者へと還っていく。


――父さん、俺も一緒に行きたい!

――だめだ。お前はまだ幼い。大きくなって、楽器が演奏できるようになりなさい。


 父の顔が浮かぶ。厳しく諫める父はいつもタクトを遠ざけていた。


――母さん、俺も連れてってよ!

――だーめ。良い子でお留守番しててね。


 母もまた、息子を演奏たたかいの舞台へ乗せることを先送りしていた。


――興味本位ですけどね。私の副楽士パートナーになりませんか?

――いいの?


 何気ない、流れの楽士がかけた言葉。


(もう、あの頃の自分じゃない)


『「天楽機化(エーテライズ)全霊オーバー開始ドライブ」』


 静かに、ティファは光とともに楽機へと溶け込んでいく。自身と同じ奇跡(たかまり)を感じたゼフォンは一連の流れを見届けると、タクトに視線を合わせた。


「さあ、聞かせてもらおう。その名に違わぬ先陣を駆る音(アフタクト)を!」


 もう彼に迷いはない。

 相対する相手に。


 世界に。


 空に。


 友に。


 今、自分の想いを音に乗せて。

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