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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
最終楽章 奏で継がれるもの
114/120

17-2 心の欠片

 タクトはその楽譜を読む。


「……レガート」

(タンギングはやさしく、かつ(ブレス)は常に一定に)


「音を貯めて、ゆるやかに上昇」

(スライドアクションはトロンボーンの命。焦らず、大胆に)


 楽譜に書かれた記号を目にするたび、タクトは声が聞こえてきた。

 かつての師が、演奏に際し注意した言葉だ。


(大丈夫。あなたが焦りを見せずに楽しく演奏することが、聴衆を楽しませるコツなのですから)


 楽譜を通して、レイヤーの顔が浮かんできた。


「レイヤーが…… いる」

「は?」


 突拍子もないタクトの声にリコードはつい声をかけた。


「なにを、言ってる?」

「あ、いや。 ……練習曲で、いやっていうほど聞いてたレイヤーの注意が、記号を見るだけで思い出して」

「ああ、わかる。基礎練習での記憶が本番の自分を安心させる。彼もそれはよく語っていたな」


 ガリオもかつて船の上で語った話を思い出していた。


「彼は、それは熱く基礎練習の大切さを語っていた。本番では練習の半分も実力が出せない。だからこそ練習は厳しく、辛く、大変なのだと。本番の失敗こそ、奏者の一番の恥なのだと。だが、本当の失敗は……」

「自分が楽しく演奏できなかったことや!」


 ネンディが会話に首を突っ込む。


「……みんな」

「せやけどな、もらいたての楽譜が一番難儀やわ。いくらウチらが歴代の『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)』を演奏できる言うても、もう後があらへん状態やねんで?」

「……いや、できるさ」


 ガリオはリコードに目配せしながら自信たっぷりに言う。


「どの歴史にも、その戦争で奏でられた『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)』の編曲は、戦争後に行われている。本来なら決着がつく前に作曲が終わり、広く知られていなければならないのに、だ」


 リコードは、ガリオが話す内容に沿って両手で一から七までの数字を示す。それらは過去の『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)』を表しているようだ。

「長年、だれがいつ作曲したのかを考えていた。でもレイヤーさんの存在を考えればおのずと理解したよ。あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」


「え、と…… どういうことですか?」


 会話が見えないシェリドが答えを急ぐ。それにガリオは笑顔を添えて続けて語った。


「彼は常々『失われた『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)』を聞きたい』と言っていた。なんなら演奏したいとも。もしかしたら、彼は度重なる戦争の折に省略された楽曲をもう一度聞きたかったんじゃあないかな?」


 タクトは強く頷く。

 そう、タクト自身もその答えに近いものは既に浮かんでいた。しかし、ここにきてガリオの言葉を持ってさらに確信に近いものを感じていた。


 彼は、皆と一緒に歌いたいのだ。自らが奏でる『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)』を。

 舞台は整っている。楽曲もまとめられた。あとは……


「タクト」


 ゼフォンより声がかかる。


「真っ先に届けるのは貴様の音だ」


「はい」


 楽譜上、一番最初の音はトロンボーンの音になっている。

 ただそれだけなのだが、タクトはどこかそれを誇らしく思っていた。


「もう少しくらいは、現役天奏楽士団の演奏が続くはず。できる限り練習をしておくぞ」




 クラリネットの楽機ニックは、コーディスルが音に還る時の僅かな振動を感じ取ってはそれらを蓄える。


「くそ、何人かは現役を退いたとはいえ、大半は正の天奏楽士だぞ!」


 タギングは楽機の力で無理やり音を打ち鳴らしつつメンバーのサポートを行うも、五十人以上いた楽士の半分近くが既に音へと還っていた。


『へっ、楽機の数も人数も、経験すらこっちが断然多いのに、タクトたちが演奏していた時より苦戦してるってのは、どういうことだ!?』


 トーベンは悪態をつくが、その顔にはむしろ笑顔が張り付いている。自分たちの実力が彼らに追いついていないことを、音をもって気づかされたからだ。


『……だからって、ここで踏ん張らないのは違うよなぁ!』


 窮地に立ってますます冴えるピッコロの高音は、苦々しくもコーディルスに読まれては落とされる。


『主旋律は落とされる、それは定石だ。だからこそ低音が伸びるんだぜ?』


 自身の音の処理を済ませたトーベンは、そのまま中低音のメロディへと受け渡すと肩で息をしている自分に気が付いた。


「くそ、連続三曲目で息が上がるたぁ、年を取ったぜ」


 あたりを見渡すと、タクトたちのとこへたどり着いたときよりは周囲が見えるようになっていた。

 眩しかった光は徐々に薄まり、まだ自分たちがコダのはるか上空にいることを再確認した。


 しかし重力と言うことわりからは解き放たれ、世界の状況も様変わりしている。多くの命は音へと還り、大地は荒み、風は止んで、海は徐々に静かになっていくままになっていた。


 世界が、生きる音を失いつつある。


「レイヤー、か」


 正直トーベンはレイヤーと深く話をしたことはない。かつての楽士団員であるカノンを託した男であることには間違いないが、そのわずかな間しか彼を知る時間はなかった。

 しかし、世界を置いてなお彼を追う団員がいることも事実だ。


「……ま、近いうちに会えるだろうよ」


 トーベンは今一度深く息を吸い込んだ。

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