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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
最終楽章 奏で継がれるもの
113/120

17-1 小さな手の中に

 息を吸う。

 呼吸を楽器に込める。


 音を奏でる。

 聴衆に届ける。


 自分にも、同じ楽士団のメンバーにも。

 ……遥か遠くの誰かへも。


 そう、伝わるはずなのだ。

 音楽は、人を超えて、空を超えて、どこまでも伝わっていくのだから。


 すべてを超えて伝わる『(ことば)』なのだから。


「そうだ! その調子だタクト(トロンボーン)!」


 あらゆる楽器の中でトロンボーンは異質の存在である。スライドと呼ばれる自由自在に音程を変化させる器用さは、すべての楽器の音を繋ぐことができる唯一の楽器なのだ。


 そして音にこもった思いは、その響きと共にメンバーへも伝播する。

 知らず知らずのうちに楽曲の完成度は歴代の天奏楽士の演奏を遥かに超えるものへと昇華していった。


「バカな…… うっ!」


 再び音がコーディルスを穿つ。飛び散る音の破片をニックがついばみ、飲み込んでいく。

 その姿は、心なしか大きくなっていった。


「……つけあがるなよ、小僧ども!」


 君主もまた、やられてばかりではない。こちらの音をかいくぐっては的確に音を歪ませる。


『クラリネット! つられておるぞ!』


 三本あるがゆえに音のゆらぎが多いクラリネットパートが音怪の歪みに捕らえられた。優雅な和音がガリガリと剥がされ、奏者に影響し始める。


『くそ、楽機が制御できない!』

『アンク! ブレスを深く取れ!』


 しかし、一瞬ブレスがズレたのをコーディルスは見逃さない。サポートに入ろうとしたトロワスごと音怪は音の歪みに飲み込んでいく。


『兄さん、兄さんっ!!』


 空気が爆ぜる乾いた音と共に、二つの楽機ごと奏者が音へと還る。


『そんな、アンク! トロワスっ!』


 タクトも意識がそちらに向く。が、僅かなタイミングでそれら(彼ら)の音を巨大な手が包み込んだ。


「心配はいらぬ! 存分に奏でよ! 此方らの音は妾が預かる!」


『……え? ケルピア!?』


「音を操るのは彼奴きゃつだけの技ではないわ! 楽機化マテリアライズしておれば、音に還ったとしても妾が要る限りなんとかなる! それより」


「そう、それより演奏に集中せよ!!」


 ゼフォンの怒号が響く。

 そうこうしている間にもコーディルスの演奏こうげきは続いているのだ。ギリギリ耐えてはいるがパーカッションもテンポ取りがたどたどしくなってきていて危ない状況が続いている。


 懸命に音を繋ぐタクトたちだが、相手も災厄の元締め。そう簡単に堕ちてはくれない。


(苦しい。息が続かない。音が飛ぶ。周りが見えなくなる。けど……)


 タクトは、こんな状況でもわずかに楽しんでいる自分が誇らしくもあり、しかし不謹慎であると自身を諫めた。


 と同時に、今だレイヤーを助けるための突破口が見えないことに焦りを感じずにはいられない。いかに楽し気な曲を奏でようにも自分たちの演奏ではコーディルスの力を削る程度の効果しか奏でられず、彼の奥底に眠る楽機を引き離すことの難しさに、土壇場でくじけそうになってしまっていた。


 どちらにせよ、もう後には引けない。

 できる限りの演奏を。できる限りの感情きもちを。

 しかしその一瞬、僅かな隙間に再び君主の魔の音が伸びる。


『っあ!』


 曲がもうすぐ終わるという緊張の隙間にディフロントがスティックを滑らせ、ドラムの縁にけたたましく落としてしまった。

 その瞬間ケルピアが彼を覆い隠した。音に還る直前だったので大事には至らないだろうが、そろそろ全員に疲れが見え始めているのは確かだ。

 そして、楽曲スコアが終わりを迎えた。


「残念だが、もうそちらの手は尽くしたようだな」


 コーディルスがこちらの持ち曲が終わるのを聞き、さらなる楽曲を準備する。


「……くそ、もうこっちには手が」

『えええい、下がれっ!』


 突然、眼下から声が響いた。


「と、トーベン団長!?」

『やっとここまで来れたぜ……』

『無事!? タクト!』

『母さん!?』

『できるかできないか、やってみるもんだな、なあリコード!』

『タギングさん!』


 地上に残っていたはずのイズルエやコダ楽士団の顔ぶれ、それにタクトも知らない楽士が次々に舞台へ登場してくる。


『ちょっと息を整えてろ。なぁに。現役天奏楽士の俺たちだって足止め位できらぁ』

『ケイスさん……』


 レイヤーコードの面々はニックに照らされた舞台の足場を頼りに奥へ引っ込むと、そこには光の膜に包まれたアンクらと共にケルピアが待っていた。


「ちょうどいいタイミングじゃ。お前たちに渡しておくものがある」


 そう言って彼女はたった今書き終わったらしい楽譜フルスコアを全員に回す。


「え!? これって……」


「『神が愛した旋律(サレインズスコア)』!? でも、見たことない旋律だけど……」

「なるほど、こうやって後世に伝えられるのですね。かつての歴史的楽譜は」


 ケルピアがにやりと笑う。


「人が残るか、音が残るか。あの木偶の坊がかき鳴らした音律を整えて聞かせるのが戦争の最終局面じゃからのう。今回くらい、直接聞かせてやるのもいい薬よ」

「そうか!」


 突然ガリオが声を荒げる。


「おかしいと思っていた。何故『神が愛した旋律(サレインズスコア)』が戦争後に編曲されるのかを…… コーディルス自身が演奏しているのか!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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